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 しばらく「20世紀書店」が続きます。ほかの世紀にもお邪魔します。

 

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 375. 1950年の『IMAGE:5』(2022年5月4日)
 376. 1980年~1986年のBroken Records(2022年5月14日)
 377. 1963年~1966年の家族写真ネガフィルム(2022年6月16日)
 378. 1988年~1989年の片岡吾庵堂『横目で見た郷土史』附言(2022年7月11日)
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378. 1988年~1989年の片岡吾庵堂『横目で見た郷土史』附言(2022年7月11日)

片岡吾庵堂『横目で見た郷土史』切り抜き帖

 

父・平田信芳が残した資料の整理に、なかなか手が着かないままで、忸怩たるものがあります。

父は、新聞の切りぬきをこまめに取っていた人で、そのなかに、片岡吾庵堂さん(1916~1998)が朝日新聞鹿児島版に、1988年12月3日から1989年12月23日まで48回にわたって連載した「一口ごめんなんせ 横目で見た郷土史」の切りぬき帖もありました。

残念ながら、すべての回の新聞切りぬきは残っておらず、欠けた回もあります。
面白いのは、片岡吾庵堂さんが新聞連載時、それぞれの回に手書きで「附言」を書き加えてA4の紙にコピーしたものを知り合いの方に配っていたようなのですが、その一部も切りぬき帖にはさまっていました。

おかげで、その手書きの附言を読むことができました。
「西郷(さいご)さーもバカな戦(いっ)さをしやったもんじゃなぁ」と、下町(しもまっ)の小商人や農家の人たちの立場で語ることの出来る「鹿児島のおじさん」的存在の声に、懐かしいという気持ちになりました。

片岡吾庵堂さんについては、「第149回 1995年ごろの片岡吾庵堂さん作「翔び鶴」(2015年1月10日)」でも、少し書いています。

 

「一口ごめんなんせ 横目で見た郷土史」付記01

「一口ごめんなんせ 横目で見た郷土史」付記02

▲「一口ごめんなんせ 横目で見た郷土史」附言

朝日新聞連載年月日とタイトル

手書きの附言が追加されたコピーがあるもの

昭和63年(1988)12月3日土曜日 第1回 陰に農民の苦しみが “薩摩藩の名君ぞろい”はホント? 【最初から「附言」なしのコピー】
昭和63年(1988)12月10日土曜日 第2回 天文館の街角からみた新幹線 隼人タイプは直線的思考?
昭和63年(1988)12月17日土曜日 第3回 陛下を思う 55年前、城山に喜びの午砲
昭和63年(1988)12月20日土曜日 第4回 昭和は遠く? 十二月八日は何の日ですか?
昭和64年(1989)1月7日土曜日 第5回 明治元勲の月給(一) 一〇〇〇万円 兼務の役職にも支給
平成元年(1989)1月14日土曜日 第6回 明治元勲の月給(二) お手盛り? 超高給の政府高官
平成元年(1989)1月21日土曜日 第7回 明治元勲の月給(三) 「お雇い外人」より低くては…
平成元年(1989)1月28日土曜日 第8回 明治元勲の月給(四) なぜ「我が家の遺法」なのか  
平成元年(1989)2月4日土曜日 第9回 明治元勲の月給(五) 児孫のために“美田買うべし”
平成元年(1989)2月11日土曜日 第10回 玉砕精神とは? 生き抜くことが現代の手本
平成元年(1989)2月18日土曜日 第11回 明治元勲の暮らし(一) 食器類少なくて交代で食事【新聞切り抜き欠け】
平成元年(1989)2月25日土曜日 第12回 明治元勲の暮らし(二) 男の身勝手? 女性の地位低く【新聞切り抜き欠け】
平成元年(1989)3月11日土曜日 第13回 郷中教育への疑問(一) 今もまかり通る「絶対服従」
平成元年(1989)3月18日土曜日 第14回 郷中教育への疑問(二) 「まけるな」は旧士族の亡霊
平成元年(1989)3月25日土曜日 第15回 郷中教育への疑問(三) いじめの極 奄美の“砂糖地獄”
平成元年(1989)4月8日土曜日 第16回 郷中教育への疑問(四) 「ウソ」の効用 教えてもいい
平成元年(1989)4月15日土曜日 第17回 郷中教育への疑問(五) 笑いこそ健康な批判では…
平成元年(1989)4月22日土曜日 第18回 郷中教育への疑問(六) サムライ精神 もうコリゴリ
平成元年(1989)4月29日土曜日 第19回 昭和天皇の思い出 心温まるサンマ好きのお話
平成元年(1989)5月13日土曜日 第20回 「若き薩摩の群像」に思う(一) 「ヨソモン」として2人除く
平成元年(1989)5月20日土曜日 第21回 「若き薩摩の群像」に思う(二) 銅像のほとんどが武士出身
平成元年(1989)5月27日土曜日 第22回 ケチといわれた東郷元帥 家内が倹約家で頭上がらぬ
平成元年(1989)6月3日土曜日 第23回 「若き薩摩の群像」に思う(三) 栄光に背向けた帰国留学生
平成元年(1989)6月10日土曜日 第24回 「若き薩摩の群像」に思う(四) 「立身出世 はなもひっかけん」 【新聞切り抜き欠け】
平成元年(1989)6月17日土曜日 第25回 「敬天愛人」とは何なのか(一) 権力ない庶民にはナンセンス
平成元年(1989)6月24日土曜日 第26回 「敬天愛人」とは何なのか(二) 奄美の妻から娘も引き離す
平成元年(1989)7月1日土曜日 第27回 「敬天愛人」とは何なのか(三) 飾り? 自己を律する言葉?
平成元年(1989)7月8日土曜日 第28回「敬天愛人」とは何なのか(四) 地方の人々 わき溝で出迎え 【新聞切り抜き欠け】
平成元年(1989)7月22日土曜日 第29回 「西郷神格論」を考える(一) 西南戦争で無益な流血続く
平成元年(1989)8月5日土曜日 第30回 「西郷神格論」を考える(二) 脱却することが今日の課題
平成元年(1989)8月9日 連載「横目で見た郷土史」を読んで【読者からの手紙】
平成元年(1989)8月12日土曜日 第31回 「傘焼き行事」を考える 武士道の美談とし今も礼賛 【新聞切り抜き欠け】
平成元年(1989)8月19日土曜日 第32回 薩摩隼人はライスカレー ライス族もカレー族も協力を
平成元年(1989)8月26日土曜日 第33回 「島津氏」の名前の由来 都城付近にあった領地の名
平成元年(1989)9月2日土曜日 第34回 西郷家の系図への疑問 高校教師も異論を発表
 記事に登場する「H氏」は平田信芳のことなので、「附言」も送られていたと思うのですが、今のところ見当たりません。

平成元年(1989)9月9日土曜日 第35回 名君や偉人も国外では? 西郷らは韓国では3大悪玉
平成元年(1989)9月23日土曜日 第36回 「翔ぶが如く」はどこへ翔ぶ? “郷土気質”思わす語源だが
平成元年(1989)9月30日土曜日 第37回 木に竹を接いだ「薩摩切子」 江戸文化の華根づかず
平成元年(1989)10月7日土曜日 第38回 殿様芸と「ハダカの王様」 借金のツケ領民に重く
平成元年(1989)10月14日土曜日 第39回 「妙円寺参り」に思うこと 今なぜサムライ精神注入
平成元年(1989)10月21日土曜日 第40回 「妙円寺参り」と忠義心 今の世の中でどうとらえる
平成元年(1989)10月28日土曜日 第41回 「妙円寺参り」と農民の暮らし 領主安泰で領民の酷苦続く
平成元年(1989)11月11日土曜日 第42回 「薩摩義士」を考える 自決の理由は何だったのか
平成元年(1989)11月18日土曜日 第43回 「薩摩義士」を考える② 笑いと遊び禁じ大量自殺者?
平成元年(1989)11月25日土曜日 第44回 「薩摩義士」を考える③ 「宝暦治水工事」なぜ秘密に?
平成元年(1989)12月2日土曜日 第45回 西郷さんの心中事件 疑問残る月照上人との合意
平成元年(1989)12月9日土曜日 第46回 西郷どんのホンネの征韓論 一方的な論理「藤太聞き書」に
平成元年(1989)12月16日土曜日 第47回 西郷さんの知友の西郷論 度量は大きいといえず偏狭
平成元年(1989)12月23日土曜日 第48回 郷土の村興し一言 120年前の「御旗」はコッケイ
 連載最終回をむかえたことが、全国版の「天声人語」でもとりあげられて、「附言」にはそのコピーも貼られています。


手書きの附言が追加されたコピーがあるものでは、今のところ、28~34回の【附言】が見当たりません。
新聞の切り抜きでは、11・12・24・28・31回が欠けています。

父の書庫のどこかに,欠けているものが残っていればよいのですが……。
声が聞こえてくるようなテキストなので、全部読んでみたいです。

 

「一口ごめんなんせ 横目で見た郷土史」付記のスタイル

▲「一口ごめんなんせ 横目で見た郷土史」附言コピーのスタイル
昭和64年1月7日土曜日掲載の第5回。
昭和最後の日。

片岡吾庵堂さんは、新聞連載時、このスタイルのもののコピーを知り合いに送られていたようです。

 

『横目で見た郷土史』(1996年、高城書房)カバー

▲『横目で見た郷土史』(1996年、高城書房)カバー

新聞連載終了後7年して、単行本化されています。
連載48回分もすべて収録されていますが、削ったり加筆修正されています。
新聞連載版の文章のほうが、生き生きとしているように感じます。

 

『横目で見た郷土史』(1996年、高城書房)奥付

▲『横目で見た郷土史』(1996年、高城書房)奥付

 

 拾い読み・抜き書き

古本を立ち読みしていて、『櫻島の見える窓』という本を手にしたら、内田百閒のことが書いてあったので購入。

 

川崎清『櫻島の見える窓 或る鉄道局長の生活と意見』(1956年7月25日発行、近藤書店)表紙

▲川崎清『櫻島の見える窓 或る鉄道局長の生活と意見』(1956年7月25日発行、近藤書店)

1955年ごろ、鹿児島の鉄道局長だった川崎清の随筆集。
序文は亀井勝一郎。

「二組の客」というエッセイに、阿房列車の旅の内田百閒が登場。
二組の客というのは、百閒先生とアメリカのクローニン中佐夫妻。

百間先生の部分を引用してみます。

     

 僕は、最近、公舎に二組の客を迎えた。一組は、阿房列車の内田百閒先生と、先生のいわゆる山系君で、今一組はアメリカの九州輸送司令官クローニン中佐と、ミセス・クローニンである。

 百閒先生はなかなかの変人で、とくに格式ばったことが嫌いな人だと聞いていたから、「鹿児島で約二時間の休憩をお気が向きましたら私の公舎でなさいませんか。」
 と案内はしたものの、実のところ、お寄りになることをあまり期待はしていなかつた。だから、
 「何ももてなしをされないことを条件としておうかがいしたい。」
 という連絡に接したときは大変有難かった。
 というよりは、むしろ心配であつた。何しろ、全国の隅々を気ままな旅行をして、庭にせよ書画にせよ、目がこえているのだから、何をお見せしても感心されないだろうし、それに食べ物は、夕食の酒をうまくするという至上目的のために、朝食も、昼食も喰わないという徹底振りだから、よしんば山海の珍味を並べたところで無意味であろう。
 こういう人に対しては、何も構わずに、つつじの庭でも眺めながら、独りでぼんやりして貰うのが、一番のサービスだと思うのだが、家人にしてみれば、折角足を運んで下さるのだから、せめて、手製のジュース位はということになる。酒は昼はのまないと聞いているが、どう変るかもしれないからと、特に吟味して用意だけはしていたようだ。

(中略)

 百閒先生とクローニン中佐、この二人のお客を並べて書いては、どちらにも失礼になるような気もするが、一方は漱石門下のいわば古い日本の代表的な人物だし、他方は近代文化の生粋のアメリカ人だし、両極端のいい対照だから、いろいろの思惑をすてて書いてみる事とした次第である。

 

 百閒先生は宮崎に泊られて、今朝十時に西鹿児島駅につくという。しかし考えてみると、十時につくためには宮崎を早朝五時に出発しなければならない筈だし、夜更し朝寝の先生にはちょっと無理な行程である。おそらく一汽車位は遅れるだろうと、ゆつくりかまえていたら、時任君と倉地君が局長室に来て、もうお着きになる時間ですと言う。予定が変つて、九時五十分に鹿児島駅で下車されるというので、あわてて局を飛び出した。
 かねて、僕は東京のタクシーのように殺人的に走る車は大嫌いだから、局の自動車にも絶体に飛ばさないことにして貰っている。運転手の福崎君はその道の練達者だから、この僕の趣味にはどうも不服らしく、小型のタクシーや、時にはトラックにまで追い抜かれるときは、実に残念そうに腕をこねまいている。しかし今日だけは思い切って飛ばしてくれという註文に、大海に放たれた魚の如く走りに走った。しかし、ついに彼の技をもってしても物理学の原則に勝つべくもなく、我々が駅に馳せつけたときは、既に列車はホームについて、お客はあらかたおりてしまったあとだった。山系君がきょろきょろ探している。その山系君との挨拶もそこそこに、僕は、二等車のところに待っているという百閒先生のところへ急いだ。
 紹介されるまでもなく、一目で先生と判った。ホームに置いた大きな風呂敷包みと、カバンの番をして、目のギョロッとした大柄な老人が、杖をついて立っている。その目に僕は一瞬、不安そうなまなざしを感じてはっとした。ずっと昔、まだ自分の父が存命の頃、はるばる僕のところを尋ねてくれた父に淋しい思いをさせたことがあったような、ふとそんな気がしたのであった。
 「おそくなって失礼しました。さあ、どうぞ。」
 といって、その風呂敷包をもって僕は先に立った。先生は黙って何も言わないが、ギョロッとしたその目には、漸く安堵の色がうかがわれた。主席助役の松元君が走って来て、荷物を受取ってくれたので、これで、僕も子供の感慨から開放されて、堂々と局長の貫禄を取り戻すこととなった。
 自動車の中で、僕が山系君といろいろ話をしているうちに、
 「今日は生憎、春霞で桜島が見えません。こういう霞の日は珍らしくて、すくなくとも私が鹿児島に来てからの一月の間では初めてですよ。」
 といったら、突然先生が
 「いや、汽車の中からはよく見えましたよ。すばらしい山肌でした。」
 と口をはさんだ。これが話の緒口になつて、それからは無遠慮な僕の饒舌に、先生の重い口も存外ほどけて来た。
 「今朝は大変だったでしょう。」
 「いや、もう閉口しました。昨夜宿の女中さんに眼覚まし時計を借りてやすんだのですが、五時に起きなければならないと思うだけで、眠られないのです。結局三時から起きてしまいました。私は、八時に起きるのでも、八時に起きなければならぬと、決められると、それを考えただけでもう眠れないのです。だから汽車の寝台でも、普通の寝台では駄目で、必ずコンパートにねることにしています。」
 公舎につくと、庭の見える縁側に籐椅子を持出して、先生と山系君にくつろいで貰った。そして私たちは、先生をなるべく気楽にしてあげようと思って、座敷の方で、勝手に雑談をしていた。しかし、話題も自然阿房列車のことや先生に因んだ話になるものだから、間もなく先生も、
 「私もそちらに参りましょうか。」
 と、われわれの方に出てきた。どうせ局長公舎に来た以上は、この位の拘束は致し方あるまいと、既に覚悟のほぞを固めていたのであろう。
 僕の家内が、
 「私のところの子供は独り子で、つい甘えっ子にしてしまうのですが、先生の本を拝見しますと、先生は甘やかされて育たれて、隨分我儘でいらしたようですけれど、大きくなられて、あんな玲瓏な文章が生れる事を思いますと、一体子供の我儘は強いて直さねばならぬものか、どうか迷うのでございますよ。」といったら、
 「いや、私は祖母に育てられたせいか本当に我儘で、いまでも祖母をうらみたい時もありますよ。いつだったか北野の天満宮で売っている牛のおもちゃの、小さいのをくれた人がありましてね。私は、小さい時から、玩具なども、大きいのと、小さいのと二つ揃えなきゃあ気がすまなかったものですから、例によつて、大きいのも欲しい、欲しいと、よほど駄々をこねたんでしょう。方々を尋ね廻ったらしいのですが、とうとう、作男が、本物の真黒い牛を引張って来ましてね。」
 先生は固苦しいことや、とくに時間にしばられることが嫌いで、
 「今日の午後は何か予定がありますか。」
などと聞こうものなら
 「何も予定をつくらないことが、私の予定なのです。」
とやられてしまう。
 一般人からいえば随分我儘なように聞えるが、しかし誰にだってそういう気持はある。今の僕の生活のように、朝起きて夜寝るまで、殆んど一分も自分の時間がない生活を披露したら、先生はどんなに驚くだろう。この原稿を書いている今夜も、会合で十時に帰宅して、それから晩食をたべて、風呂に入って、漸く机に向ったのは真夜の十二時である。二時まで書くとして明朝はもう九時から、ガッチリつまった日程の通り行動するスケジュールが組まれている。ヘップバーンの「ローマの休日」という映画は、王女様が、ある日宮殿を抜け出して、スケジュールのない一日を楽しくローマで過す、という筋だが、ゆきずりの知合になった新聞記者から「今日の午後のスケジュールは?」と聞かれて、急に顔をくもらすシーンがある。誰だってそくばくのない自由な生活が欲しい。だが現代人は、生きるため、みんな縛られた生活にあくせくしている。機関士は明日の出勤時間を気にしながら寝なければならないし、学校の先生は、少々の風邪はおしても、受持の講義に出なければならない。百閒先生の我儘は、誰の心にもある自然の欲求に過ぎないのだが、ただわれわれの場合は、その欲求に従っていたので仕事にならないし、先生の場合にはその欲求通りに動くことが文筆の仕事をよりスムースにすすませるという違いなのである。
 それにしてもうらやましい仕事ではある。若し僕の文章が、先生のそれの十分の一にでも売れるならば、僕は今から直ぐにでも局長をやめて、
 「予定がないことが僕の予定です。」
 という生活に入りたいものだと思う。
 尤も、世の中には、全然違う人種もあることはある。年がら年中忙しく働いて飽くことを知らぬ実業家と、何にでも引張り出されないと気がすまない政治家、この二種類の人種だけは、どうもわれわれとは本質的に異るようである。
 それから、本の話に一しきり花が咲いて、食べ物の話になつた。
 「朝食は牛乳一本にジュース少々、ひるは殆んど食べないのですが、御飯粒のものを見るとどうも懐しいですな。」
 と、桜餅を楊子で切りながらいう。そういう人だから、せめてお茶だけはよいのをあげようと、家内は昨日から街を歩き廻って極上のまっ茶を用意していたのだが、かなしい哉土地不案内のためか、折角のお茶も試飲してみると、通人に差上げられるお茶ではない。結局、得意のおてまえはやめにして、普通のせん茶ということにした。
 雑談に興じている内にもう十一時を廻った。
 「あ、そうそう、東京を発つ時に主治医が、どこかで体重をはかって知らせなさいといっていたね。山系君、これから泊るところにどこかはかりのある風呂があるかしら。」
 と先生が尋ねた。山系君は、
 「さあ、――」
 と気のない返事をして、別に考えている風でもないので僕がそれをうけて、
 「それならば、駅の荷物をはかるはかりに乗っかれば、簡単にはかれますよ。」
 「ああ、そうですね。ご迷惑でなかったらそうさせて貰いましょう。」
ということになった。それをしおに、少し早いが出迎えのときの失敗もあるから出かけようということになって一同立上った。
 立ちぎわに先生は、
 「では、ちょっと、お庭を拝見させて戴きましょう。」
 と、はき難い庭下駄をつっかけて庭に下りた。遠い山々を背景として、庭全体が見わたせる中心に出て観賞するのが、庭を見る礼儀ででもあるのだろうか、僕のような不粋な人間には判らないが、そういうところにも、先生の主人に対する細かい心づかいがうかがわれて、有難く思った。我儘どころか、とてもわれわれには及びもつかない気をつかう人だと、それだけに先生の自由を欲する気持も察し得て感激したのであった。
 玄関で靴をはくとき、例の深ゴムの靴である。その靴を見て僕はまた子供の感傷に戻った。私の父も生存中ずっとこの型の靴を愛用していて、この靴をはいて杖をもった先生の立姿は、父の面影そのままのなつかしさである。

 鹿児島駅で荷物のはかりに乗ったら、先生の体重は七〇キロあった。
 「先生いけませんよ。十八貫をこしていますよ。」
 と僕がいったら、先生は笑って
 「大丈夫ですよ、風袋があるから。それに私だって少しは成長しますよ。」
 と、ひどくご機嫌だった。先生を見送って帰りの自動車に乗るやいなや、僕は樗木君から宣告された。
 「局長の午後のスケジュールは、社会人野球協会長の資格で各新聞社に挨拶廻り、午後四時からは団体旅行輸送打合会議です。」
 かくて僕のローマの休日は、はかなくも終った。

(略)

 百閒先生のゆかしい表現と、クローニン夫妻のはっきりした表現と、表現の仕方こそ違え、どちらも粗末ながらも心をこめた僕たちの接待の気持を深く汲取ってくれていることが感じられる。誠に心暖まる二組のお客であった。

     

 

川崎清『櫻島の見える窓 或る鉄道局長の生活と意見』(1956年7月25日発行、近藤書店)奥付

▲川崎清『櫻島の見える窓 或る鉄道局長の生活と意見』(1956年7月25日発行、近藤書店)奥付

川崎清氏が鹿児島の鉄道局長だったころ、祖父が川内駅に勤めていたので、この本のページの中に祖父の姿もまぎれこんでいるかもしれないなあと思いました。

本文中、鹿児島の出水(いずみ)という地名に、「でみず」と2カ所でルビを振っていたのには苦笑。

 

     

「二組の客」の内容は、内田百閒『第三阿房列車』収録の「列車寝台の猿 不知火阿房列車」と重なります。

昭和30年(1955)4月9日~16日、小倉・宮崎・青島・鹿児島・八代と九州を鉄道で一周した旅は、阿房列車としてはいちばん終りの旅になります。

「列車寝台の猿 不知火阿房列車」から、鹿児島を急ぎ足でかけ抜けた部分を引用します。手もとにあるのは、1980年の旺文社文庫版です。

 

 九時四十七分、鹿児島に着いた。宮崎を立つてから丁度四時間の行程である。しかしこれで今日の汽車を終つたのではない。
 初めのつもりでは、もう一駅先の西鹿児島まで行き、そこで二時間足らずぼんやりしてゐて十一時四十五分発の上リ急行第三六列車「きりしま」に乗る筈であつたが、さつきの三等車の車中へ途中の駅からことづけがあつて、西鹿児島まで行かずに鹿児島で降りてくれと云つて来た。管理局長の甘木さんが、自分の所の庭を見せたいと云ふのださうである。庭を見るのはひらひではないから、見に行つてもいいけれど、庭をだしにして、もてなされては迷惑する。一切お構い下され間敷、と云ふ事でお邪魔すると云ふ返事をした。おことわり申して見たところで管理局のある局長お膝元の西鹿児島駅に、二時間もぼんやりしてゐては恰好がつかない。
 だからそのつもりで鹿児島駅に降りた。随分長いホームで、この前来た時に降りたホームとは違ふ様である。尤もそれは乗つて来た汽車の方向が違ふから当り前の話であるが、その長いホームの一所に、鞄など地べたに置いてあたりを見廻す。私共に構ふ者はだれもゐない様で、その内に今同じ汽車から降りた人人は向うの改札へ行つてしまつてホームに人影がまばらになり、少しく心細い。
 変ですね、僕が見て来ますから、先生はここのこの場所にゐて下さい、と云つたかと思ふと山系君が走り出した。走つてどこへ行くのだらうと思ふ。
 ここで降りなくてもいいのだとすれば、今降りたばかりのこの汽車へ、もう一度鞄などを入れて一駅先まで乗り継ぎ、もともとそのつもりであつた西鹿児島駅でぼんやりしてゐればいいので、それで事の順序に狂ひはないが、さつきのことづけを受けてゐる手前、さうあつさりと、うしろの汽車の中へ戻つてしまふわけにも行かない。
 自動車が砂煙を立てて、ホームの横つ腹の、改札でも何でもない所へ這入つて来た。いつの間にか山系君がその前に起つてゐる。二三人が急ぎ足でこつちへ近づいて来た。その中の二人は鹿児島の垂逸君と何樫君で、何樫君は昨日の午頃まで宮崎にゐたし、垂逸君とも旧知である。もう一人の生面の紳士が局長の甘木さんで、公務の為に時間がぎりぎりになつたらしい。
 甘木さんの自動車で、鹿児島の町中を走り抜けて官舎に行つた。庭に面したお座敷に落ちつき、先づ一服する。何しろ寝が足りないので、足りないと云ふよりまあ寝てゐない様なもので、何を見るにも目が渋い。お庭はついそこに迫つてゐる自然の山の山裾を取り入れ、大きな池があつて、幽邃の趣をそなへてゐるが、躑躅が多過ぎる。私は躑躅の花も葉の色も少しいらいらする様で、あまり好きではないが、多すぎるから抜いてくれとも云へないので、黙つて拝見して、お茶を戴きお菓子を摘まんだ。
 取りとめもない話しをして時を過ごし、いくらか寝不足の疲れもなほつた様である。話しの間に、東京を立つ前主治医からどこか旅先にかんかんがあつたら、体重を計つて来いと云はれてゐるのを思ひ出し、何の続きだつたか忘れたがその事を云ふと、甘木さんがそれはわけはない、駅のかんかんで計りませうと云つた。
 私なぞは矢張り、時時目方を計らなければいけないらしい。ふとり過ぎると云ふ事を用心しなければならぬ様で、その警戒の為に目方を知る必要がある。主治医の所にはかんかんがあるけれど、滅多に行かないから計つて貰ふ機会がない。銭湯へ行けば大概の所にあるに違ひないが、行かないから私の役には立たない。それで旅先の宿屋の風呂場にでもあつたら計つて来いと云はれたのである。駅のかんかんに掛かつて見ると云ふ事は考へつかなかつた。尤もだれかにさう云つて貰はなければ、私一人の思ひつきでそんな所へ這入つて、かんかんに乗つたりしたら、怒られるばかりだらう。
 門外に待つてゐる先程の自動車で、駅へ引き返した。さうして小荷物扱所のかんかんに乗り、その数字を教はつた。忙しい所へ飛んだ荷物が割り込んですまなかつたが、その時の数字は風袋つきである。何日か後に東京の家に帰つてから、着てゐた洋服と肌着類一式を脱いで一纏めにし、ポケットに這入つてゐた時計、手帖、がま口その他こまこました物を、同じくポケットに入れてあつたハンケチに包み、眼鏡を外して一緒にして、別に靴を紐でぶら下げ、家の台所にある棒秤に掛けて目方を出した。その合計を鹿児島駅の数字から引き去つた残りが、その時の私の体重であつたと云ふ事になり、この計算には間に凡そ千五百粁の距離が挟まつてゐる。

     

 

この文章を読むまで、「かんかん」という言葉を知りませんでした。

鹿児島駅周辺は、現在改修がすすんでいますが、「随分長いホーム」は昔と変わりません。


内田百閒『第三阿房列車』(1980年、旺文社文庫)

▲内田百閒『第三阿房列車』(1980年、旺文社文庫)

田村義也がカバー装幀をしていた、旺文社文庫の内田百閒は、平山三郎の「雑記」を含め文庫本の華という感じがしました。出るのが楽しみな文庫でした。

旺文社文庫版『第三阿房列車』の、ヒマラヤ山系君こと平山三郎の解説《「第三阿房列車」雑記》には、次のようにあります。

はるばる鹿児島まで行って甘木鉄道局長(川崎清さん)の社宅で一服させて貰ったのは有難かったが、ついでに鹿児島駅の小荷物扱所に寄って、カンカン(看貫・秤り)に載って体重を量ったのにはおどろいた。見ていて甘木局長もあきれたに違いない。むろん洋服を脱いだわけではない。風態すべて東京の自家へ帰って量り、その分を差っ引いたのが正身の体重というわけで、まことに阿房列車どころではない賢明な処置である。

「風態」とありますが、「風袋」でないとユーモアになりません。

 

川崎清の「二組の客」 は、平山三郎編『回想 内田百閒』(1975年、津軽書房)に収録されていてもおかしくないなと思いました。

余談になりますが、平山三郎編『回想 内田百閒』には、版画荘の『全輯百閒随筆』(1936・1937年)月報に掲載されていた、秋朱之介「百鬼園先生とその作品」も再録されていて、秋朱之介のことが忘却されていた1970年代にあっては、貴重な姿勢の本でもありました。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

 

Farmers Market『Musikk Fra Hybridene』(1997年、	Kirkelig Kulturverksted)01

Farmers Market『Musikk Fra Hybridene』(1997年、	Kirkelig Kulturverksted)02

▲Farmers Market『Musikk Fra Hybridene』(1997年、 Kirkelig Kulturverksted)
ノルウェーのスティアン・カーステンセン(Stian Carstensen)が率いる多国籍グループの2枚目のアルバム。
ジャケットでは、北欧とブルガリアが隣接し、なぞの「ハイブリッデーン諸島」がバルト海に存在する地図になっています。そんな世界の音楽です。

音楽しりとりの「Lé Mysteres Des Guitares Grand Prix」や「Tails Of The Unexpected」が、極めつけの余興になっていて、うつうつした気分の時に聴きたくなります。
活動を再開してほしいものです。

「Tails of the Unexpected」というタイトルの元ネタは、1980年代に放送されていた『ロアルド・ダール劇場/予期せぬ出来事(Tales of the Unexpected)』(1981~1988)です。

 

Iain Ballamy With Stian Carstensen『The Little Radio』(2004年、	Sound Recordings)

Iain Ballamy With Stian Carstensen『The Little Radio』(2004年、	Sound Recordings)02

▲Iain Ballamy With Stian Carstensen『The Little Radio』(2004年、 Sound Recordings)
アースワークス(EARTHWORKS)のメンバーだったテナーサックス奏者のイアン・バラミーとスティアン・カーステンセンの2人アルバム。
昔ラジオから流れていたような曲を、サックスとアコーディオンで奏でる、かわいらしいアルバムです。

「My Waltz For Newk」という曲で、「Tails」の元ネタになった「Tales of the Unexpected」のメロディーを忍び込ませています。

 

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377. 1963年~1966年の家族写真ネガフィルム(2022年6月16日)

1963年~1966年の家族写真ネガフィルム

 

父が撮った写真のネガが残っています。
ネガフィルムは、1963年以降のものです。それ以前の写真は紙焼きされたものばかりです。1962年以前のネガが出てきたら面白いのですが、今のところ見当たりません。
父が川内高校に勤めていたころのものは、石原写真館で現像されていました。

多くは、遺跡、石碑や田の神像の写真、川内の字絵図(当時はコピー機がないので、1枚1枚写真に撮ったのでしょう)などの歴史資料や川内高校の行事ですが、川内時代の家族写真のネガも残っています。

古い写真を見ていると、いろいろ思い出します。
一方で、間違いなく写真に写っているのに、まったく憶えていないことに愕然とすることもあります。

他人の家族写真は退屈なものですが、写りこんでいるものに時代が出ていると、別の楽しみ方も生まれます。

 

1964年正月ごろの写真01

1964年正月ごろの写真02

▲1964年正月ごろの写真
川内に住んでいたときの借家の前で、凧あげをしている私と弟。
凧の絵柄が鉄腕アトムです。
下の写真の凧は裏返っていますが、アトムの図柄が透けて見えます。
正規のものかバッタもんか分かりませんが、兄弟がねだったものだったのでしょうか。
この凧の記憶はまったくありません。間違いなく兄弟で鉄腕アトムの凧をあげていたようです。
テレビ漫画の『鉄腕アトム』の放送開始は1963年で、うちにテレビが入ったのが1964年ごろのようなので、初回から見ていたわけではないようですが、『鉄腕アトム』は大好きでした。
アトムの子でした。


テレビっ子の兄弟01

テレビっ子の兄弟02

▲テレビっ子の兄弟
テレビが生まれたときから家にあった世代ではありません。たぶん東京オリンピック(1964年10月10日~10月24日)の前ぐらいに家にもテレビが置かれるようになりました。
NECの白黒テレビでした。アンテナをきちんと設置していなかったので、映りは、あまりよくありませんでした。

1960年代の鹿児島の民放テレビ局は、TBS系の南日本放送(MBC)1局でした。日本テレビ系・フジテレビ系・NET(現・テレビ朝日)系の番組もいくつかは見ることができました。

フジテレビ系の手塚治虫作品も、鹿児島でも放送されていました。

鉄腕アトム(1963年1月~1966年12月)フジテレビ系
W3(ワンダースリー)(1965年6月~1966年6月)フジテレビ系
ジャングル大帝(1965年10月~1966年9月)フジテレビ系
マグマ大使(1966年7月~1967年9月)フジテレビ系
新ジャングル大帝 進めレオ!(1966年10月1967年3月)フジテレビ系
悟空の大冒険(1967年1月~9月)フジテレビ系

『ジャングル大帝』や『マグマ大使』『悟空の大冒険』などは、カラー放送でした。うちでは白黒の画面で見ていました。
手塚治虫ものでも『リボンの騎士』(1967年4月~1968年、フジテレビ系)、『バンパイヤ』(1968年10月~1969年3月、フジテレビ系)は見た記憶がありません。
民放が複数ある大都市圏の子どもと民放が1局の地方の子どもの1960年代のテレビ体験は、結構なずれがあったと思います。


現在、YouTubeの手塚プロダクション公式チャンネルで旧作が期間限定で公開されていますが、

『どろろ』(1969年4月~9月)フジテレビ系

これは見たかったのに見られなかったことを思い出しました。

ちょうど1969年に、フジテレビ系の鹿児島の民放KTSが開局して、それはUHFチャンネルで、UHFコンバーターがないと見られなかったのです。
我が家にUHFチャンネルのあるカラーテレビが入ったのが、確か1972年だったから、いきなり日本テレビ系・フジテレビ系・NET(現・テレビ朝日)系でも見ることができるはずの番組を見る機会を奪われたようなものでした。

 

     ◆

ひとつ思い出すと、1960年代に見ていたテレビ番組が次から次に思い出されます。
ほんとうにテレビっ子だったのだと思います。
テレビが繰り出す「物語」を毎日浴びていたのは間違いありません。

チロリン村とくるみの木(1956年4月~1964年4月)NHK
ひょっこりひょうたん島(1964年4月~1969年4月)NHK
ものしり博士(1961年4月~1969年4月)NHK

チロリン村はかすかですが、記憶にあります。ひょっこりひょうたん島は欠かさず見ていました。
宇野誠一郎の音楽の影響は計り知れません。

 

本放送だったのか、再放送だったのかははっきりしませんが、鹿児島でもテレビ漫画を見ていました。

鉄人28号(1963年10月~1965年5月)フジテレビ系
8マン(1963年11月~1964年12月)TBS系
狼少年ケン(1963年11月~1965年8月)NET系
スーパージェッター(1965年1月~1966年1月)TBS系
宇宙少年ソラン(1965年5月~1967年3月)TBS系
魔法使いサリー(1966年12月~1968年12月)NET系
冒険ガボテン島(1967年4月~1967年12月)TBS系

ただ『サイボーグ009』(1968年4月~9月、NET系)、『ひみつのアッコちゃん』(1969年1月~1970年10月、NET系)、『おそ松くん』(1966年2月~1967年3月、毎日放送、NET系)など、まったく記憶にありません。
放送されていたら見ていたと思いますから、鹿児島では放送がなかったのでしょう。
もっとも、当時の新聞のテレビ欄をチェックしないと、はっきりしたことは言えませんが。

 

オバケのQ太郎(1965年8月29日~1967年6月)TBS系
パーマン(1967年4月2日~1968年4月)TBS系
怪物くん(1968年4月21日~1969年3月)TBS系

藤子不二雄原作のテレビ漫画もしっかり見ていましたが、1970年代にはじまった『ドラえもん』とは縁がありませんでした。
実写版の『忍者ハットリくん』(1966年~1968年、NET系)は、しっかり見ていた記憶があります。

ゲゲゲの鬼太郎(1968年1月~1969年3月)フジテレビ系
サスケ(1968年9月~1969年3月)TBS系

次から次に、これも見ていた、あれも見ていた、と思い出してしまいます。

 

吹き替えの海外ものも好きでした。

ヒッチコック劇場の再放送
ディズニーランド(1958年8月~1972年4月)日本テレビ系
 三菱提供の時間で隔週で放送されたプロレスには、魅かれませんでした。
ポパイ(1959年~1965年)TBS系
トムとジェリー(1964年5月~1966年2月)TBS系
サンダーバード(1966年4月~1967年4月)NHK
宇宙家族ロビンソン(1966年~1968年)TBS系(交互に放送された『逃亡者』は見ませんでした)
ザ・モンキーズ(1967年10月~1969年1月)TBS系

テレビ漫画の記憶が強いですが、ふつうのドラマもいくつか記憶に残っています。
NHKの朝ドラや大河ドラマには食いついていませんでした。

ウルトラQ(1966年1月~7月)TBS系
ウルトラマン(1966年7月~1967年4月)TBS系
ウルトラセブン(1967年10月~1968年9月)TBS系
怪奇大作戦(1968年9月~1969年3月)TBS系

『ウルトラQ』から『怪奇大作戦』まで熱心な視聴者でしたが、『キャプテンウルトラ』(1967年4月~9月、TBS系)は、なぜか記憶にありません。
怪獣もの、怪奇ものを渇望していました。
そのころは、スポーツものには関心がなくて、貸してもらった漫画に『巨人の星』があって、どんな怪獣ものかとワクワクして、ページを開いたら、全く読み方の分からない漫画で失望したことを憶えています。


隠密剣士(1962年10月~1965年3月)TBS系
仮面の忍者 赤影(1967年4月~1968年3月)フジテレビ系
赤影・青影とカラー放送を意識した衣裳ですが、白黒テレビで見ていました。
白影役の牧冬吉は頼りになる存在でした。その後の時代劇で牧冬吉が悪役として登場するたびに心が痛みました。
てなもんや三度笠(1962年5月~1968年3月)朝日放送・TBS系
素浪人 月影兵庫(1965年~1968年)NET系
遅い時間だったはずですが、
チャコちゃん(1966年2月~1967年3月)TBS系
泣いてたまるか(1966年4月~1968年3月)TBS系
太陽のあいつ(1967年4月~7月)TBS系
ジャニーズが登場する場面が、なぜか記憶にあります。
頭師佳孝が子役として出ているテレビドラマ
木下恵介アワーの「おやじ太鼓」(1968年1月~10月)おやじ太鼓2(1969年4月~10月)TBS系
コメットさん(1967年7月~1968年12月)TBS系
『ザ・ガードマン』(1965年4月~1971年12月)TBS系
ふだんは見ないのですが、夏の怪談回はなぜか見せてもらえました。
青空にとび出せ!(1969年3月~9月)TBS系

 

ほんとに「テレビっ子」です。
見ていた記憶はあるのですが、どんな内容だったか、それはほとんど抜け落ちています。


新聞の見出しに「巨人 六度目の」

▲新聞の見出しに「巨人 六度目の」とあるので、1963年の西鉄×巨人の日本シリーズでしょうか。
1963年11月5日の写真と推測されます。

このころ、着ていたものは、母の手づくりでした。
型紙の折り込まれた手芸本が何冊もあった記憶があります。

 

野球帽をかぶっていますが、野球にはまだ関心がありませんでした。
祖父は、満鉄や国鉄で野球をやっていたそうです。私が7歳のときに亡くなったので、祖父のことはほとんど記憶にありません。

今はヤクルト・スワローズのファンですが、最初は「アトムの子」だったので、ヤクルト・アトムズから入りました。
私が小学校高学年の頃、ヤクルト・アトムズは、鹿児島の湯之元で春のキャンプをしていました。
ヤクルト・アトムズ時代の若松勉、荒川尭、東条文博のサインも、まだどこかにあるはずです。


「1966年5月5日 新田神社外苑」の遠足

▲「1966年5月5日 新田神社外苑」の遠足

「シェー」のポーズをする兄弟。ピンぼけなのが残念。スライド用のカラーポジ。
当時「おそ松くん」のアニメも漫画も見た記憶がないのですが、それでも、川内の子どもも写真では「シェー」のポーズで写ろうとしています。

 

森永のパレードチョコレート

▲森永のパレードチョコレート

手に持っているのは森永のパレードチョコレート(1962年発売) 。
鹿児島出身の子役・上原ゆかりの明治のマーブルチョコレート(1961年発売) のコマーシャルは記憶にありますが、この森永のパレードチョコレートの記憶は全くありませんでした。

首に巻いているマフラーは父のもので、懐かしいです。

 

1964年ごろの本棚

1965年ごろの本棚

▲1965年ごろの本棚
畳はぼろぼろの家でしたが、歴史教師の家なので、本は結構ありました。
当時の本棚がわかる写真がもっとあって、どんな子どもの本があったか分かれば、 面白かったのですが。

筑摩の世界文学大系が見えます。まだ全巻完結していません。

高校のとき、世界文学大系収録作品中、いちばん長いものも読み通してみようと、82巻・83巻のアレクサンドル ゲルツェン『過去と思索』を読みはじめました。途中で気づいたのですが、それが完訳でなく抄訳でした。文学大系に抄訳を収録するのかと驚きました。
1998年に筑摩書房から3巻本の完訳版が出ています。


1965年の川内市宮内町のバス停

▲1965年の川内市宮内町の「宮内麓」バス停

これは好きな写真です。
お出かけなのに、カメラをかまえた父の方を向いていない、ふてくされた兄弟の様子がなんともいえません。

次のバス停の「焼酎屋」は「焼酎五代」の山元酒造のこと。まだ川内川沿いにあったころです。

以前は、気づいていなかったのですが、バス停の後ろに「地頭館之址」の石碑が見えます。
地頭館跡がある宮内町公民館の裏手に借家がありました。

 

薩摩川内市宮内町の地頭館跡碑

▲薩摩川内市宮内町の「地頭館之址」碑

今はバス停もなく、この道をバスは通っていないようです・

 

 拾い読み・抜き書き

本屋さんの棚をのぞいていると、島田龍編『左川ちか全集』(書肆侃侃堂)という1巻本が福岡の版元から出ていました。
こういう本が、東京ではなく、福岡からでる時代になったのだと思いました。

 

島田龍編『左川ちか全集』01

島田龍編『左川ちか全集』02

▲島田龍編『左川ちか全集』(2022年4月23日第1刷発行、書肆侃侃房)カバーと表紙

 

左川ちかというと、江間章子がその葬儀を回想した文章を思い出します。

 

江間章子『埋もれ詩の焔ら』

▲江間章子『埋もれ詩の焔ら』(1985年、講談社)

江間章子『埋もれ詩の焔ら』(1985年、講談社) 「I 華麗なる回想・左川ちか」から。

     雪の門
                    左川ちか

  その家のまはりには人の古びた思惟がつみあげられてゐる。
  ――もはや墓石のやうにあをざめて。
  夏は涼しく、冬は温い。
  私は一時、花が咲いたと思つた。
  それは年とった雪の一群であつた。

 木枯らしが吹きはじめた日ぐれ、私は胸騒ぎのようなものを感じて、小田急に乗って、祖師谷大蔵で下車した。
 風の音は、川崎家の中に入っても聞えていたが、そこでは、ちかはいっそう痩せて、すでに視線もさだまらない、呼吸しているだけの悲しい病状だった。
 勤務先の第一書房を休んでいるといって、昇
(ちかの兄、川崎昇」)はこのときも家にいて、私は居間へ案内された。
 彼は、私を心待ちに、待っていたようにも思われた。
「愛
(ちかの本名)は、もう、よくわからないようです……。意識がはっきりしたときに、会いたいひとがないかと訊いたのですが、ないと、はっきりいいました……」
 昇は心の中で泣いていたのではなかっただろうか。
 悲しかった。
「あまり長くないと思います……。お宅からは遠いし、このような工合ですから、もう、これ以上来ていただかなくても……」
 苦痛をやわらげるためにだろうか、彼女は上半身を起き上がるようにして寝かされていて、蠟細工となったように、無言のままだった。私は、彼女の枕もとにつき添っている母上に、深く頭をさげて、病室の襖をしめた。
 外は夜になっていた。
 年の暮近い木枯しは、来たときよりも寒く、頬に、肩に、心に沁みた。
 私は暗い道を、どのように歩いたか、ただ夢中で、駅らしい明りを凝視して、歩いたことを憶えている。
 一九三六年一月七日、左川ちかは死んだ。十日の葬儀に、駆けつけるようにして、川崎家に集った詩人たちは衣巻省三、岩佐東一郎、城左門、春山行夫、阪本越郎と私で、親交のあった北園克衛の姿が見えなかったのは、悲しくて出席したくなかったからにちがいない。
 彼女を愛し、親しかった詩人たちに送られる、ひっそりとした葬いの儀式は、詩人らしく、悲しみを超えて、崇高な『美』さえ感じさせた。
 私はこのときの想い出を、一九八一年六月、朝日新聞の俳壇のページに連載したエッセイで、次のように書いた。

 二十歳半ばで、癌で死んだ左川ちかの遺体を納めた柩は、黒いマントをひるがえして駆けつけてきた伊藤整の到着を待っていたように、霊柩車に移された。そして祖師谷大蔵の、当時雑木林つづきだった中で、霊柩車は道に迷った。……

 柩が玄関を出るとき、阪本越郎がいそいで柩に近づいた。彼は左川ちかの年齢を、読みとったのであった。『左川ちか全詩集』の年譜によれば、享年二十四歳十一ヵ月とある。
 逝った左川ちかばかりでなく、みんな若かったのだ。「自分の人生からプラス、マイナスをひいてゼロとなっても、妹だけはプラスとなって残ると考えていた」と嘆いた川崎昇も、シュールレアリズムをふくめて、モダニズムの詩、詩論の輝けるリーダー、首領だった春山行夫も、その他活躍していたすばらしい先輩たちも、大先輩、年長者と思っていたが、いま思うと、だれもが三十歳ぐらいか、その少し上といった若さだったのだと、あらためて思う。
 エッセイに書いたように、火葬場へ向う、左川ちかを乗せた霊柩車は、裸木の、冬の雑木林の中で、道に迷った。迷ったというよりも、道を間違えて、落葉が散りしいた上を、私たち、詩人たちがつめ込むように乗り込んだ二台のタクシーから、バックし、進むべき道を走りなおすといった工合だった。
「霊柩車も、道を間違えることがあるンだなア」
 と、阪本越郎が、感心したようにつぶやいた。だれも、無言だった。
 黒い服装の人は、ひとりもいなかった。私も、地味なふつうの服を着ていたと思う。男の人たちは平服のままだった。私が、それを鮮明に憶えているのは、帰途、新宿駅でおりると、衣巻省三が「このままでは、やり切れなくて、家へ帰れない」と言って、駅のわきのダンスホール階段を登って行ったからである。
「衣巻さんは、お洒落なのよ。ダンディなひとよ」と、私は、その姿から左川ちかの言葉を思い出していた。

 

江間章子『〈夏の思い出〉その想いのゆくえ』

▲江間章子『〈夏の思い出〉その想いのゆくえ』(1987年、宝文館出版)

朝日新聞の俳壇のページに連載したエッセイは、江間章子『〈夏の思い出〉その想いのゆくえ』(1987年、宝文館出版) に収録されています。

  五月雨や径ほそぼそと町に入る

 なんと心を安らかにしれくれる句であろうか。久しく会うこともなかったが、北園克衛も亡くなった。
 『伝記・伊藤整』(詩人の肖像)を書かれるとき、曾根博義氏の訪問を受けた。左川ちかと伊藤整の恋愛について、私が何も気づいていなかったのか、不思議そうであった。私はむしろ、左川ちかと北園克衛のあいだに、美しい友情以上のものを感じていたのだから。
 二十歳半ばで、癌で死んだ左川ちかの遺体は、黒いマントをひるがえして駈けつけてきた伊藤整の到着を待っていたように、霊柩車に移された。そして祖師谷大蔵の、当時雑木林つづきだったその中で、霊柩車は道に迷った。……
 やがて、町の店頭には、林檎のひとつ、蜜柑ひとつ見られなくなる、この前の戦争の時代へと入っていった。

 

左川ちかを乗せた霊柩車が、冬の雑木林の中で道に迷う様子は、象徴的です。
この様子が1936年の映画のように頭の中に映し出されます。

左川ちかの死から1か月ちょっとの1936年2月26日、二二六事件です。

 

江間章子については、次の回でも書いています。

第188回 1936年の『木香通信』6月号(2016年9月26日)
第227回 1990年の江間章子『タンポポの呪咀』(2018年3月16日)
第292回 1994年の江間章子『ハナコ』(2019年11月30日)

 

     

紫陽花01

紫陽花02

▲ガクアジサイ

鹿児島も梅雨入りしました。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

「悼む歌」を聴きたい。
ダグマー・クラウゼ(Dagmar Krause)の歌う、ブレヒト/ワイルの「溺れた少女のバラッド(Ballade vom ertrunkenen Madchen / Ballad of the Drowned Girl)」を聴きたいと思ったのですが、見当たりません。
『ベルリン・レクイエム(The Berlin Requiem)』(1929年)の1曲です。
録音は残されているのでしょうか。

ローザ・ルクセンブルグ(1871~1919、Rosa Luxemburg)を追悼してつくられた歌です。

 

Dagmar Krause『Supply & Demand: Songs by Brecht/ Weill & Eisler』01

Dagmar Krause『Supply & Demand: Songs by Brecht/ Weill & Eisler』02

Dagmar Krause『Supply & Demand: Songs by Brecht/ Weill & Eisler』03

▲Dagmar Krause『Supply & Demand: Songs by Brecht/ Weill & Eisler』(1986年、Hannibal Records)

 

Dagmar Krause『Supply & Demand: Songs by Brecht/ Weill & Eisler』04

▲Dagmar Krause『Supply & Demand: Songs by Brecht/ Weill & Eisler』
日本盤CD、ダグマー・クラウゼ『ワイル、アイスラー&ブレヒト』(1991年、MIDI)

このアルバムに「溺れた少女のバラッド(Ballade vom ertrunkenen Madchen / Ballad of the Drowned Girl)」も収録されていると思い込んでいたのですが、勘違いでした。
『ベルリン・レクイエム(The Berlin Requiem)』(1929年)から、ジョン・ウィレット(John Willett)の英訳で「墓碑銘1919(Epitaph 1919)」(ブレヒト/ワイル)は収録されています。

LPは16曲収録ですが、CDは26曲収録でした。
LPは英訳詩を優先し、CDはドイツ語詩を優先した構成になっていました。

 

もしかしたら、ロビン・アーチャーの英訳詩盤と記憶がまじりあったのかもしれません。

1980年代、ちょっとしたブレヒト・ソングのリヴァイヴァルがあって、ロビン・アーチャーの英訳詩盤は、聴きやすいレコードでよく聴いていました。
このレコードには、『ベルリン・レクイエム(The Berlin Requiem)』から「墓碑銘1919(Epitaph 1919)」と「溺れ死んだ少女について(The Drowned Girl)」の2曲が収録されていました。
英訳詩は、ジョン・ウィレット(John Willett)。

 

Robyn Archer sings Brecht

Robyn Archer sings Brechtラベル01

Robyn Archer sings Brechtラベル02

▲『Robyn Archer sings Brecht』(1981年、「東芝EMI、Angel)
The London Sinfonietta
Conducted by Dominic Muldowney

 

David Bowie『Sound + Vision』

▲David Bowie『Sound + Vision』(2003年、2014年、Parlophone)

1982年BBC制作のテレビ番組『BAAL(バール)』で、デヴィッド・ボウイが歌った「The Drowned Girl」も心に残っています。
そのサントラ盤も持っていたはずなのですが、出てきません。

ベスト盤の 『Sound + Vision』には、『バール』から、「Baal's Hymn」と「The Drowned Girl」の2曲のブレヒト・ソングが収録されています。

ボウイの「The Drowned Girl」も、ジョン・ウィレット(John Willett)の英訳詩によるもの。

 

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376. 1980年~1986年のBroken Records(2022年5月14日)

What Becomes Of The Broken Hearted

 

前回、デイヴ・スチュワート&バーバラ・ガスキン(Dave Stewart & Barbara Gaskin)について少し触れましたが、その翌日、Dave Stewart & Barbara GaskinのささやかなYouTubeチャンネルに「SONG TALK - Episode 1」 という80年代を回想する動画がアップされていて、同時多発的回顧かと驚きました。

「Episode 1」ということで、最初の録音「This is Human Speech」、思いがけずも大ヒットになってしまった「It's My Party」、そのB面曲でDave Stewart作詞作曲の「Waiting In The Wings」 、その後のB面曲「The Emperor's New Guitar」、「Henry And James」などに80年代の楽曲について回想しています。15分ほどの音声主体の動画です。

1980年ごろ、ババーラ・ガスキンが参加していた女性4人のグループ Red Roll On についても言及していて、その時代は「Punky Era」でそのスタイルで歌っていたと語っています。Red Roll On のアルバムがリリースされていたら、また違う人生の道すじになっていたのかもしれません。

このYouTube動画の「Episode」が何回まで続くか分かりませんが、楽しみができました。


1980年の「What Becomes Of The Broken Hearted」にはじまった、A面はカヴァー曲、B面はデイヴ・スチュワートのオリジナル曲というかたちの、Broken Recordsのシングル盤リリースには、わくわくしたものです。

私は、70年代に10代を過ごしたので、音楽を聴くとき、30センチ33回転のLPレコードが最適なメディアと思っていた節があって、シングル盤を尊ぶメンタリティが身につかず、レコード屋さんのシングル盤のコーナーにはあまり興味が向かなかったのですが、80年代はじめのデイヴ・スチュワート&バーバラ・ガスキンのブロークン・レコードやスクリッティ・ポリッティ(Scritti Politti)のシングル盤は、12インチシングルという形式の流行ともあいまって、次に何をやるのか、とても楽しみでした。

 

1980年から1986年にかけてリリースされたデイヴ・スチュワート&バーバラ・ガスキンのシングル盤のレコードラベルを並べてみます。

 

BROKEN 1

1980年
Stiff Records – BROKEN 1

Dave Stewart
A What Becomes Of The Broken Hearted
Written By Dean, Riser, Weatherspoon

Broken Records 最初のシングル盤は、 デイヴ・スチュワート&バーバラ・ガスキンではなく、デイヴ・スチュワートの個人名義。
A面の「What Becomes Of The Broken Hearted(恋に破れて)」は、1967年ジミー・ラフィン(Jimmy Ruffin)のヒット曲。
「Broken Records」という名前もこの曲名から取られています。
ステッィフ・レコード(Stiff Records)傘下ということで、エルヴィス・コステロやニック・ロウとレーベルメイトということにもなります。

歌うのは、ゾンビーズのコリン・ブランストーン(Colin Blunstone)。
デイヴ・スチュワートがキーボード奏者だったBruford『ONE OF THE KIND』(1979年)に、ゾンビーズのキーボード奏者ロッド・アージェント(ROD Argent)が営んでいた楽器店への謝辞もあったので、その辺のつながりもあったのでしょうか。

バッキング・ヴォーカルのアマンダ・パーソンズ(Amanda Parsons)とジャッコ(Jakko)。ジャッコが、その後、キング・クリムゾンのヴォーカリストになるとは思いもしませんでした。


There Is No Reward

B There Is No Reward
Written By Stewart
バッキング・ヴォーカルで Barbara Gaskin が参加しています。


BROKEN 2

1981年
Stiff Records – BROKEN 2

Dave Stewart With Barbara Gaskin

このときは、「&」でなく「WITH」。

 

It's My Party

A It's My Party
Written By Riener, Gluck Jnr, Gold

1963年レスリー・ゴーアLesley Goreのヒット曲「It's My Party(涙のバースデイ・パーティ)」のカヴァー。

キーボード主体ということで「シンセ・ポップ」と分類されることもありました。
バッキング・ヴォーカルにアマンダ・パーソンズ(Amanda Parsons)

まさかのまさかの大ヒットで、英国で4週連続チャート1位。200万枚を超える大ヒットになりました。
何がヒットするのか、分からないものです。
そのおかげで、その後の音楽制作に余裕ができたようです。


Waiting In The Wings

B Waiting In The Wings
Written By Dave Stewart

 

BROKEN 3

1982年
Stiff Records – BROKEN 3

Dave Stewart And Barbara Gaskin

 

Johnny Rocco

A Johnny Rocco
Written By Les Vandyke

1960年マーティ・ワイルド(Marty Wilde)の「ジョニー・ロッコ」のカヴァー。

バッキング・ヴォーカルにアマンダ・パーソンズ(Amanda Parsons)とジャッコ(Jakko)。

 

The Hamburger Song

B The Hamburger Song (We've Survived This Before)
Written By Dave Stewart


BROKEN 4

1983年3月
Broken Records – BROKEN 4

Dave Stewart & Barbara Gaskin

Siamese Cat Song

A Siamese Cat Song
Written By Peggy Lee, Sony Burke

1962年ペギー・リー(Peggy Lee)「The Siamese Cat Song(シャムネコのうた)」のカヴァー。

バッキング・ヴォーカルに、アマンダ・パーソンズ(Amanda Parsons)。

 

The Emperor's New Guitar

B The Emperor's New Guitar
Written-By – Dave Stewart

 

BROKEN 5

1983年8月
Broken Records – BROKEN 5

Dave Stewart And Barbara Gaskin

Busy Doing Nothing

A Busy Doing Nothing
Written-By – Van Heusen/Burke

1949年ビング・クロスビー(Bing Crosby)の「Busy Doing Nothing」 のカヴァー。

 

The World Spins So Slow

B The World Spins So Slow
Written-By – D. Stewart

バッキングヴォーカルとギターに、Jakko。
ピクチャーディスクも存在します。

 

BROKEN 6

1983年
Broken Records – BROKEN 6

Dave Stewart & Barbara Gaskin

Leipzig

A Leipzig
Written By Thomas Dolby

1981年トマス・ドルビー「ライプツィッヒ」のカヴァー。

デザイン(レタリングと地図)はピーター・ブレグヴァド(Peter Blegvad)


Rich For A Day

B Rich For A Day
Written-By – D. Stewart

Bass・Electric Guitar に Rick Biddulph、Drums・Percussion に Pip Pyle、Guitar に Jakko が参加。

このシングルから、7インチ盤だけでなく、12インチ盤も作られるようになりました。

 

BROKEN 7

1984年

手もとにあるのが12インチ盤なので、レコード番号は「BROK IT 7」になっています。
7インチ盤のレコード番号は「BROKEN 7」

Dave Stewart & Barbara Gaskin
Broken Records – BROKEN 7

A I'm In A Different World
Written By Holland-Dozier-Holland
B Henry And James
Written By Dave Stewart

Guitar で Jakkoが参加。


12インチ盤 (Broken Records – BROK IT 7)
Broken Records – BROK IT 7

I'm In A Different World

A I'm In A Different World (Extended Version)

1968年フォートップス(The Four Tops)のカヴァー。

それまで、リリースごとにラベル面のデザインをその盤だけのものにしてきましたが、
この盤から再利用がはじまります。

シングル盤をデザインするという意欲が少し落ちてきたのかもしれません。

ブロークン・レコードのロゴのように使われる、輝く八分音符の図は、ピーター・ブレグヴァドの手になるもののようです。
「Leipzig」のレコードジャケットから登場しています。


Henry And James

B1 A World Of Difference
B2 Henry And James
Bass に Ed Poole、Guitar に Jakko が参加。


BROKEN 8

1986年
Stiff Records – BROKEN 178, Stiff Records – BROKEN 8

7インチ盤のレコード番号が「BROKEN 8」

Dave Stewart & Barbara Gaskin

A The Locomotion
Written By Goffin/King
B Make Me Promises
Written By Dave Stewart

バッキング・ヴォーカルにジャッコ(Jakko)。ジャッコは、8枚中7枚のシングルに参加。

ピクチャーディスクも存在します。


12インチ盤(Broken Records – BROK IT 8)

手もとにあるのが12インチ盤なので、レコード番号は「BROK IT 8」になっています。

The Locomotion

A1 The Locomotion (Extended Version)
Written By Goffin/King
A2 The Locomotion (Derailed Version)
Written By Goffin/King

1962年リトル・エヴァ(Little Eva)「ロコ・モーション」のカヴァー。


Make Me Promises

B Make Me Promises
Written By D. Stewart

 

     

その後にリリースされたアルバムでも、いろんな曲をカヴァーしています。
デイヴ・スチュワート&バーバラ・ガスキンがどんなカヴァーをするのか、おいしい果実の季節がめぐってくるのを楽しみにするように待っていました。
だいぶ時間がかかるようになりましたが。

 

1990年 Dave Stewart & Barbara Gaskin『The Big Idea』

1986年ビリー・ブラッグ「Levi Stubbs' Tears」(Billy Bragg, Holland-Dozier-Holland)
1965年ボブ・ディラン「Subterranean Homesick Blues」(Bob Dylan)
1984年ブルー・ナイル(Blue Nile)「Heatwave」(P. Buchanan, R. Bell)
1964年デイヴ・ベリー(Dave Berry)「The Crying Game」(G. Stephens) 1991年『SPIN』
1964年ルーファス・トーマス(Rufus Thomas)「Walking The Dog」(Rufus Thomas)
1966年バーズ(Byrds)の「8 Miles High」(Crosby, Clark, McGuinn)
1976年ジョニ・ミッチェル「Amelia」(Joni Mitchell)
1962年ヴィンス・ガラルディ「Cast Your Fate To The Wind」(V. Guaraldi)
1957年リチャード・ベリー(Richard Berry)「Louie Louie」(R. Berry)


2001年『The TLG Collection』

1983年ポール・サイモン「René And Georgette Magritte With Their Dog After The War」(P. Simon)
1960年Johnny Kidd & the Pirates「Shaking All Over」(J. Kidd)
1970年Chairmen of the Board「Give Me Just A Little More Time」(E. Wain, R. Dunbar)
「McGroggan」(Traditional)
1979年XTC「Roads Girdle The Globe」(A. Partridge)
1966年the Creation「Painter Man」(E. Phillips, K. Pickett)


2009年 Dave Stewart & Barbara Gaskin『Green And Blue』

1967年ビートルズ「Good Morning Good Morning」(Lennon-McCartney)
「The Sweetwater Sea」は、Peter Blegvadの作詞。


2018年 Dave Stewart & Barbara Gaskin『Star Clocks』

1966年The Lovin Spoonful「Summer In The City」(John Sebastian, Mark Sebastian, Steve Boone)

 

2009年と2018年にリリースされたアルバムでは、それぞれ1曲だけのカヴァー曲収録でメインはオリジナル曲になりましたが、いつの日か、ブロークン・レコードのカヴァー・シングル盤、レコード番号「BROKEN 9」がでるのを待っています。

 

 

 拾い読み・抜き書き

小田切進編『大波小波・匿名批評にみる昭和文学史』第一巻(昭和54年3月5日第1刷発行、東京新聞出版局)を読んでいましたら、 1938年(昭和13年)4月23日に「若子」という匿名氏が書いた「侘し過ぎる――詩は遂に失はれた」という記事がありました。引用します。

 □……この頃永井荷風の古い訳詩集『珊瑚集』が美しい本になったので一読し、詩を愛する心の温まる喜びにうたれた。かう言へば、それが今日の詩であるかないか、と若い詩人たちはすぐ言ふにきまつてゐるが、愚生は今日の詩の熱心な読者の一人である。そしてこの数年間、若い人たちの詩から何ものをも得なかったkと、今日自分の書いてゐる詩に自信の持てる詩人は皆無に近いことを敢て指摘しなければならない。
 □……『四季』の一派でいま最も元気に書いてゐるのは立原道造や阪本越郎などであるが、立原の詩風は叙情に終始してゐるうちに、ただ単なるレトリックに堕し、阪本も空しくその才を妖精の匂のなかに羽搏いてゐる。
 □……三好達治、丸山薫等はすでに歌ふべきものを歌ひつくし、裸かの顔で名士風にジヤーナリズムにとほるといふだけのことである。
 □……『文芸汎論』を中心にして堀口大学系統の詩人、岩佐東一郎、城左門、菱山修三、それに北園克衛などが仕事をしてゐる。その各人に相当の才ありとは言へ、彼等に一貫する詩の脈、あるひは理論的発展は芯のとまつた感があつて、伝統と舶載のエスプリとの間を往復してゐるにすぎない。
 □……更に近藤東、春山行夫の『新領土』といふ雑誌は勉強を理論的にやつてゐるが、若いものにはそれがうまく通じないのだらう。詩壇ジヤーナリズムと喧嘩ばかりしてゐる。その他旧アナキスト系統の菊岡久利や草野心平は、一種の文化批評になつてしまひ、詩苑には徒らに雑草がはびこるばかり。
 □……今日詩を書いてゐるものの右顧左眄して自ら信ずることなきは甚だ悲しいばかりでなく、いつしか詩を読まうと願ふ読者を四散させてしまふにちがいひない。古き詩の復刻に僅に憂をやる詩読者をして術なからしめるものである。

1938年「詩は遂に失はれた」という嘆きですが、ここに一人の女性も言及されていないことも気になります。

ところで、冒頭に言及されている『珊瑚集』は、第一書房が昭和13年3月25日に発行した新版です。
装釘者は秋朱之介(西谷操、1903~1997)です。

この頃永井荷風の古い訳詩集『珊瑚集』が美しい本になった」ということばに秋朱之介だけは喜んだかもしれません。

 

1992年6月のインタビュー録音で、秋朱之介は永井荷風について少し言及しています。
聞き取りにくい個所が多いのですが、おおよそ次のように語っています。

(斎藤昌三と)製本屋同じだから。中村印刷所、中村製本っていってね、そこで僕の本が、ぜんぶそこでつくったから。そうなんです。斎藤さんのはみんなゲテ装の本ばかりだからね、同じ製本屋で近所なんですよ、八丁堀だから。斎藤さんところもそうだし。
ですから、そこから出ているのは、『濹東綺譚』(烏有堂)を最初にだした広瀬千香というのもね、あれは斎藤さんところで仕事してきた人だから。で、永井荷風さんの本をだしてね。
荷風先生、あれ嫌いなんですよ、あの本が。嫌いでね、先生とこ行くと、台所に、台所の座敷にね、ほうりだしてあって、たくさん置いてあるんですよ。1冊もらっときゃあね。今、百万円からするでしょ。これ、たくさん積んであるんですよ。あの、嫌だから。
わたし、永井荷風先生の本だしてるでしょ、『珊瑚集』だしてるんですよ。(偏奇館に)行ったこともあるしね。先生の本、ぼくもだしてますから、詩集をね。そんな関係で行ってもいて。別にそれをほしいとも思わなかったし。

 

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375. 1950年の『IMAGE:5』(2022年5月4日)

1950年の『IMAGE:5』ダストラッパー01

374. 1976年~2006年の藤井令一詩集(2022年4月5日)

1976年~2006年の藤井令一詩集

373. 1976年の藤井令一『詩集 シルエットの島』(2022年3月31日)

1976年の藤井令一『詩集 シルエットの島』カヴァー

372. 1960年の『ジョアン・ハッサルの木版画』(2022年2月27日)

『ジョアン・ハッサルの木版画』(1960年)ダストラッパー01

371. 2020年の『Matrix 36』(2022年1月31日)

2020年の『Matrix 36』カヴァー

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370. 1989年の『Matrix 9』(2022年1月30日)

1989年の『Matrix 9』

369. 1978年の『現代詩アンソロジー 鹿児島 1978』(2022年1月23日)

『現代詩アンソロジー 鹿児島 1978』表紙

368. 1972年の『鹿児島県詩人選集 1972』(2022年1月22日)

鹿児島県詩人集団『鹿児島詩人選集 1972』表紙

367. 2022年の桜島(2022年1月1日)

2022年の桜島01

366. 1979年の平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(2021年12月25日)

1979年の平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』箱と表紙

365. 1928年の『水甕』五月號・岩谷莫哀追悼號(2021年12月21日)

1928年の『水甕』五月號・岩谷莫哀追悼號表紙

364. 1952年の『南日本文學』(2021年12月20日)

1952年の『南日本文學』創刊号表紙

363. 本棚の動物園(2021年11月25日)

本棚の動物園01

362. 1940年以降のデント社版ロバート・ギビングス本 その3(2021年11月8日)

『OVER THE REEFS』(1948年、J.M.DENT & SONS) ダストラッパー

361. 1940年以降のデント社版ロバート・ギビングス本 その2(2021年10月25日)

1953年刊行「川の本」第5作『Coming Down The Seine』(『セーヌ川をくだって』)ジャケット

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360. 1940年以降のデント社版ロバート・ギビングス本 その1(2021年10月24日)

1940年以降のデント社版ロバート・ギビングス本

359. 1980年の「蓮實重彦・山田宏一が選んだ100冊の映画の本」(2021年10月14日)

1980年の「蓮實重彦・山田宏一が選んだ100冊の映画の本」ちらし表

358. 1959年の『ロバート・ギビングスの木版画』(2021年9月29日)

1959年の『ロバート・ギビングスの木版画』表紙

357. 1949年の『パタフィジック万年暦』(2021年9月7日)

1949年の『パタフィジック万年暦』

356. 1982年の Ant On E『THE MOUTH』(2021年8月29日)

1982年の Ant On E の『THE MOUTH』表ジャケット

355. 2003年の佐々木桔梗『日本の肉筆絵入本』(2021年8月16日)

2003年の佐々木桔梗『日本の肉筆絵入本』表紙

354. 2009年~2019年の The Laurence Sterne Trust 企画展箱(2021年8月15日)

354. 2009年~2019年の The Laurence Sterne Trust 企画展箱4つ

353. 1933年の池田さぶろ『財界漫畫遍路』(2021年7月31日)

池田さぶろ『財界漫畫遍路』(1933年9月12日発行、東治書院)表紙

352. 1963年の『さんぎし』10月号(2021年7月25日)

寺師宗一編集兼発行『さんぎし』(1963年10月1日発行、さんぎし発行所)表紙

351. 1985年のデヴィッド・チェンバース編『ジョアン・ハッサル』(2021年6月25日)

1985年のデヴィッド・チェンバース編『ジョアン・ハッサル』

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350. 1955年のアイオナ&ピーター・オピー編『オックスフォード版ナーサリーライムの本』(2021年6月24日)

1955年のアイオナ&ピーター・オピー編『オックスフォード版ナーサリーライムの本』ダストラッパー

349. 1953年のレイノルズ・ストーン編『トマス・ビュイックの木口木版画』(2021年6月1日)

1953年のレイノルズ・ストーン編『トマス・ビュイックの木口木版画』ダストラッパー

348. 1946年の『思索』夏季號(2021年5月27日)

1946年の『思索』夏季號表紙

347. 2019年のBjörn d'Algevey『THE MARVELOUS MOO / MILANO EAGLES』(2021年4月25日)

『THE MARVELOUS MOO』表紙

346. 2014年~2017年の『Uniformagazine』(2021年4月24日)

『Uniformagazine』第1号

345. 2014年の『キュー・ローン(Kew. Rhone.)』の本(2021年4月5日)

『キュー・ローン(Kew. Rhone.)』(2014年、uniformbooks)表紙

344. 2011年のピーター・ブレグヴァド『漂白する流れ(The Bleaching Stream)』(2021年3月28日)

2011年のピーター・ブレグヴァド『漂白する流れ(The Bleaching Stream)』表紙

343. 2006年の『想像のメディアの本(Book of Imaginary Media)』(2021年3月21日)

2006年の『想像のメディアの本(Book of Imaginary Media)』表紙

342. 2006年の『Variantology 2』(2021年3月14日)

2006年の『Variantology 2』表紙

341. 2003年の『幻想博物館(The Phantom Museum)』(2021年3月7日)

2003年の『幻想博物館(The Phntom Museum)』表紙01

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340. 2002年の『The Ganzfeld』(2021年2月28日)

2002年の『The Ganzfeld』表紙022002年の『The Ganzfeld』表紙01

339. 桜島雪景色(2021年2月19日)

桜島雪景色_朝日通

338. 2001年のPeter Blegvad『FILLING TOOTH』(2021年2月18日)

2001年のPeter Blegvad『FILLING TOOTH』表紙

337. 1986年の『Picture Story 2』(2021年2月12日)

1986年の『Picture Story 2』表紙

336. 1985年の『ATLAS ANTHOLOGY III』(2021年2月11日)

1985年の『Atlas Anthology III』

335. 2020年のピーター・ブレグヴァド『Imagine Observe Remember』(2021年2月10日)

2020年のピーター・ブレグヴァド『Imagine Observe Remember』表紙01

334. 1949年の『象ちゃんババアルのおはなし』(2021年1月23日)

1949年の『象ちゃんババアルのおはなし』表紙

333. 2021年の桜島(2021年1月1日)

2021年元旦の桜島

332. 1991年の『ファイル・アンダー・ポピュラー』(2020年12月28日)

1991年の『ファイル・アンダー・ポピュラー』表紙

331. 1992年の『ハマ野毛』(2020年12月27日)

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330. 1913年の『The Imprint』その4(2020年12月12日)

▲『The Imprint』7月号表紙

329. 1913年の『The Imprint』その3(2020年12月12日)

『The Imprint』March 17, 1913 第1巻第3号表紙

328. 1913年の『The Imprint』その2(2020年12月12日)

『The Imprint』2月号表紙

327. 1913年の『The Imprint』その1(2020年12月12日)

『The Imprint』1月号(創刊号)の表紙01

326. 1958年の『佐藤春夫詩集』と『堀口大學詩集』(2020年11月18日)

1958年の『佐藤春夫詩集』と『堀口大學詩集』

325. 2020年のRobert Wyatt & Alfie Benge『Side by Side』(2020年11月3日)

2020年のRobert Wyatt & Alfie Benge『Side by Side』箱表紙

324. 2009年の『Robert Wyatt Anthologie du projet MW』(2020年11月2日)

2009年の『Robert Wyatt Anthologie du projet MW』表紙

323. 1987年の『ROBERT WYATT』(2020年11月2日)

1987年の『ROBERT WYATT』表紙

322. 1931年の『談奇黨(党)』第3号とその異版(2020年10月11日)

1931年の『談奇党』第3号とその異版表紙

321. 1897年の『ペイジェント(The Pageant)』(2020年9月26日)

1897年の『ペイジェント(The Pageant)』表紙

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320. 1896年の『ペイジェント(The Pageant)』(2020年9月20日)

1896年の『ペイジェント』表紙

319. 2020年の台風一過(2020年9月7日)

多賀山椎の実

318. 1937年のモーゼス・スーパー・ファイン(2020年8月21日)

1937年のモーゼス・スーパー・ファイン01

317. 1988~2003年の『青い花』(2020年8月5日)

1988~2003年の『青い花』

316. 1986年のやまぐち・けい『詩文集 白い樹とサモワール』(2020年8月4日)

1986年のやまぐち・けい『詩文集 白い樹とサモワール』

315. 1993年の青山毅『島尾敏雄の本』(2020年7月19日)

1993年の青山毅『島尾敏雄の本』表紙

314. 1934年のアンドレ・ジイド著 淀野隆三訳『モンテエニユ論』(2020年6月21日)

1934年のアンドレ・ジイド著 淀野隆三訳『モンテエニユ論』

313. 1933年の秋朱之介装釘・梶井基次郎『檸檬』(2020年6月10日)

1933年の秋朱之介装釘・梶井基次郎『檸檬』

312. 1973年の『詩稿』24(2020年6月2日)

1973年の『詩稿』24 表紙

311. 1951年の日夏耿之介『明治大正詩史』改訂増補版(2020年5月31日)

1951年の日夏耿之介『明治大正詩史』改訂増補版01 1951年の日夏耿之介『明治大正詩史』改訂増補版02

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310. 1972年のエドワード・ゴーリー『アンフィゴーリー』(2020年5月28日)

エドワード・ゴーリー『アンフィゴーリー』01

309. 2000年の『map』(2020年5月28日)

2000年の『map』

308. 1993年のピート・フレイム『ロック・ファミリー・ツリー完全版』(2020年5月14日)

1993年のピート・フレイム『ロック・ファミリー・ツリー完全版』4冊

307. 1933年の三笠書房の《鹿と果樹》図(2020年4月30日)

1933年の三笠書房の《鹿と果樹》図

306. 1973年の「カンタベリー・ファミリー・ツリー」(2020年4月22日)

1973 THE INCESTUOUS TALES OF CANTERBURY HEADS and sundry country cousins, urban ‘erberts, and Australian nomads

305. 1985年の『星空に迷い込んだ男 - クルト・ワイルの世界』(2020年4月14日)

1985年の『Lost In the Stars - The Music of Kurt Weill』

304. 2010年の『ロンドン・パタフィジック協会会報』第1号(2020年4月4日)

2010年の『ロンドン・パタフィジック協会会報』第1号

303. 1976年の別役実『虫づくし』(2020年3月15日)

1976年の別役実『虫づくし』表紙

302. 1973年の『詩稿 25』と1976年の『詩稿 32』(2020年3月7日)

1973年の『詩稿 25』と1976年の『詩稿 32』

301. 1911年のヘンリー・P・ブイ『日本画の描法』(2020年2月19日)

1911年のヘンリー・P・ブイ『日本画の描法』

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300. 1954年ごろの村 次郎自筆『風の歌』ほか6つの異版(2020年2月15日)

1954年ごろの村 次郎自筆『風の歌』ほか6つの異版

299. 1982年のチャクラ『さてこそ』雑誌広告(2020年1月25日)

1982年のチャクラ『さてこそ』の雑誌広告

298. 2020年1月1日の桜島

2020年1月1日の桜島01

297. 1996年~(未完)の『THE PRINTED HEAD』第4巻(2019年12月31日)

1996年~(未完)の『THE PRINTED HEAD』第4巻

296. 1993年~1996年の『THE PRINTED HEAD』第3巻(2019年12月30日)

1993年~1996年の『THE PRINTED HEAD』第3巻外箱

295. 1992・1993年の『THE PRINTED HEAD』第2巻(2019年12月27日)

1992・1993年の『THE PRINTED HEAD』第2巻

294. 1990・1991年の『THE PRINTED HEAD』第1巻(2019年12月26日)

1990・1991年の『THE PRINTED HEAD』第1巻外箱

293. 1943年の『書物展望』五月號(2019年12月9日)

1943年の『書物展望』五月號・駒村悼追號表紙

292. 1994年の江間章子『ハナコ』(2019年11月30日)

1994の江間章子『ハナコ』表紙カヴァー

291. 1994~1997年の『THE RēR QUARTERLY VOLUME 4』(2019年11月23日)

1994年の『ReR Records Quarterly Vol. 4 No.1』CD01

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290. 1989~1991年の『RēR RECORDS QUARTERLY Vol. 3』(2019年11月23日)

1989年の『RēR Records Quarterly Vol. 3 No.1』表ジャケット

289. 1987~1989年の『Rē RECORDS QUARTERLY Vol. 2』(2019年11月22日)

1987年の『Rē Records Quarterly Vol. 2』Vol1表ジャケ

288. 1989年のアルフレッド・ジャリ『DAYS AND NIGHTS』(2019年11月1日)

1989年の『DAYS AND NIGHTS』表紙

287. 1939年の『東京美術』(2019年10月24日)

1939年の『東京美術』16表紙

286. 1937年の『東京美術』(2019年10月23日)

1937年の『東京美術』12表紙

285. 1994年の渡辺外喜三郎「『カンナ』の流れとともに ―牧祥三先生の手紙―」(2019年10月13日)

渡辺外喜三郎「『カンナ』の流れとともに ―牧祥三先生の手紙」背

284. 1999年の鶴ヶ谷真一『書を読んで羊を失う』(2019年9月27日)

鶴ヶ谷真一の書物エッセイ

283. 2018年の龍星閣『澤田伊四郎 造本一路』と2019年の龍星閣『澤田伊四郎 造本一路 図録編』(2019年9月26日)

2018年の『澤田伊四郎 造本一路』と2019年の『澤田伊四郎 造本一路 図録編』

282. 1949年の鹿児島市清水町の写真(2019年9月23日)

1949年の鹿児島市清水町写真01

現在の清水町

281. 1947年の村松嘉津『プロヷンス隨筆』(2019年9月2日)

1947年の村松嘉津『プロヷンス隨筆』表紙

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280. 1938年のアーサー・ランサム『ツバメの谷(SWALLOWDALE)』(2019年8月31日)

1938年のアーサー・ランサム『ツバメの谷(SWALLOWDALE)』表紙

279. 1978年の天沢退二郎『オレンジ党と黒い釜』(2019年8月30日)

1978年の天沢退二郎『オレンジ党と黒い釜』見返しの地図

278. 1973年の天沢退二郎『光車よ、まわれ!』(2019年7月24日)

1973年の天沢退二郎『光車よ、まわれ!』見返し

277. 1937年のアーサー・ランサム『海へ出るつもりじゃなかった』(2019年6月29日)

1937年のアーサー・ランサム『海へ出るつもりじゃなかった』見返しの地図

276. 1930年のアーサー・ランサム『ツバメ号とアマゾン号』(2019年6月28日)

SWALLOWS & AMAZONS(1932年12月の新装画版第3刷)見返しの地図

275. 1931年のケネス・グレアム『たのしい川べ』E・H・シェパードさし絵版(2019年6月22日)

1931年のケネス・グレアム『たのしい川べ』E・H・シェパードさし絵版見返し

274. 1930年のエリック・ギル旧蔵『THE FLEURON』第7号(2019年6月18日)

1930年のエリック・ギル旧蔵『FLEURON』第7号

273. 2014年の津原泰水『音楽は何も与えてくれない』(2019年5月25日)

2014年の津原泰水『音楽は何も与えてくれない』

272. 1987年の『みなみの手帖』第51号(2019年5月9日)

1987年の『みなみの手帖』第51号~54号

271. 1971年の『みなみの手帖』創刊号(2019年5月9日)

1971年の『みなみの手帖』創刊号~4号

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270. 1913年のラルフ・ホジソン詩集『THE MYSTERY』(2019年5月8日)

1913年のラルフ・ホジソン詩集『THE MYSTERY』表紙

269. 1928年の『ザ・バーリントン・マガジン』4月号(2019年4月7日)

『Burlington Magazine(バーリントン・マガジン)』の1928年4月号

268. 1936年の井上和雄『寶舩考(宝船考)』(2019年3月19日)

1936年の井上和雄『寶舩考』長田神社にて

267. 1939年の井上和雄『書物三見』(2019年3月18日)

1939年の井上和雄『書物三見』長田神社にて

266. 1947年の『詩學』11・12月號(2019年3月7日)

1947年の『詩學』11・12月號

265. 1992年の『児玉達雄詩十二篇』(2019年3月3日)

1992年の『児玉達雄詩十二篇』と1994年『第二収』

264. 1958年の『森の泉 作品集 8』(2019年3月2日)

1958年の『森の泉 作品集 8』表紙

263. 1973年ごろの村 次郎詩集『風の歌』筆写版(2019年3月1日)

1973年ごろの村次郎詩集『風の歌』筆写版表紙

262. 1956年の『対話』(2019年2月27日)

1956年~1959年の『対話』

261. 1971年の『浜田遺太郎詩集』(2019年2月26日)

1971年の『浜田遺太郎詩集』箱表紙

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260. 1971年の福石忍詩集『遠い星』(2019年2月25日)

1971年の福石忍詩集『遠い星』箱表紙

259. 1961年の『詩稿』1号(2019年2月24日)

1961年の『詩稿』1号2号3号

258. 1966年の『詩稿』10号(2019年2月22日)

1966年の『詩稿』10号表紙

257. 1967年の『詩と批評』11月号(2019年2月21日)

1967年の『詩と批評』11月号表紙

256. 1934年の秋朱之介の裳鳥会刊『棟方志功画集』広告(2019年2月7日)

1934年の秋朱之介の裳鳥会刊『棟方志功画集』広告

255. 1934年の有海久門詩集『人生を行く』(2019年2月6日)

1934年の有海久門詩集『人生を行く』箱と表紙

254. 2018年の「言語と美術――平出隆と美術家たち」展のフライヤー・リーフレット(2019年1月21日)

2018年の「言語と美術――平出隆と美術家たち」展のフライヤー・リーフレット

253. 1981年の『浮世絵志』復刻版(2019年1月21日)

大曲駒村編輯の『浮世絵志』復刻版

252. 2019年1月1日の桜島

2019年1月1日桜島早朝a

251. 1942年の昭南書房版・石川淳『山櫻』(2018年12月16日)

1942年の昭南書房版・石川淳『山桜』表紙

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250. 1986年の『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 3』予約購入者へのおまけ(2018年12月5日)

1986年の『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 3』予約購読者へのおまけ

249. 2013年のサジー・ローチェ文/ジゼル・ポター絵『バンドやろうよ?』(2018年11月14日)

Suzzy Roche & Giselle Potter『Want To Be In A Band?』表紙

248. 1984年のNovember Books『The Christmas Magazine』(2018年11月12日)

1985年のNovember Books『Christmas Magazine』(1984年)広告

247. 1934年の倉田白羊『雜草園』(2018年10月24日)

1934年の倉田白羊『雜草園』

246. 1980年の鈴木清順『ツィゴイネルワイゼン』(2018年10月4日)

1980年の鈴木清順『ツィゴイネルワイゼン』マッチ01

245. 1931年~1932年の『古東多万(ことたま)』目次(2018年9月29日)

『古東多万』の第一年第二號目次

244. 1931年『古東多万(ことたま)』第一號(2018年9月20日)

1931年『古東多万(ことたま)』第一號

243. 1931年~1932年の『古東多万』の紙ひも綴じと糸綴じ(2018年8月31日)

1931年『古東多万』第1号

242. 2018年の『PETER BLEGVAD BANDBOX』(2018年8月10日)

2018年の『PETER BLEGVAD BANDBOX』外箱01

241. 1942年の新村出『ちぎれ雲』(2018年7月23日)

1942年の新村出『ちぎれ雲』表紙

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240. 1935年の『The Dolphin』誌第2号(2018年7月23日)

1935年の『The Dolphin』誌第2号

239. 1960年の石邨幹子訳 マリイ・ロオランサン『夜たちの手帖』特製本(2018年7月13日)

1960年のマリイ・ロオランサン『夜たちの手帖』特装本と普通本

238. 1934年の木下杢太郎『雪櫚集』(2018年7月12日)

1934年の木下杢太郎『雪櫚集』

237. 1992年の岡澤貞行『日々是趣味のひと』(2018年6月22日)

1992年の岡澤貞行『日々是趣味のひと』箱表紙

236. 1981年の『清水卓詩抄』(2018年6月21日)

1981年の『清水卓詩抄』表紙

235. 1978年のゲーリー・スナイダー『亀の島』サカキナナオ訳 (2018年5月30日)

1978年のゲーリー・スナイダー『亀の島』サカキナナオ訳表紙

234. 1956年の山中卓郎『坂の上』(2018年5月11日)

1956年の山中卓郎『坂の上』表紙

233. 1936年の柳亮『巴里すうぶにいる』(2018年5月9日)

1936年の柳亮『巴里すうぶにいる』

232. 1956年の『POETLORE(ポエトロア)』第8輯(2018年4月30日)

1956年の『POETLORE(ポエトロア)』第8輯

231. 1960年の石邨幹子訳 マリイ・ロオランサン『夜たちの手帖』(2018年4月5日)

1960年のマリー・ローランサン『夜たちの手帖』

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230. 1983年の高野文子『おともだち』(2018年4月4日)

高野文子『おともだち』表紙とアンドレ・マルティ挿画の『青い鳥』

229. 1936年の堀口大學譯『マリイ・ロオランサン詩畫集』(2018年4月4日)

1936年の堀口大學譯『マリイ・ロオランサン詩畫集』

228. 1936年の東郷青児『手袋』(2018年3月27日)

1936年の東郷青児『手袋』

227. 1990年の江間章子『タンポポの呪咀』(2018年3月16日)

1990年の江間章子『タンポポの呪詛』

川内まごころ文学館「川内の生んだもう一人の出版人」秋朱之介関連新収蔵資料展示

226. 1934年の山口青邨『花のある隨筆』(2018年2月12日)

1934年の山口青邨『花のある隨筆』

225. 1934年の水原秋櫻子『定型俳句陣』(2018年2月12日)

1934年の水原秋櫻子『定型俳句陣』

224. 1934年の山口青邨『雜草園』(2018年2月12日)

1934年の山口青邨『雜草園』

223. 1933年の富安風生『草の花』(2018年2月12日)

1933年の富安風生『草の花』

222. 1943年の昭南書房版『かの子短歌全集 第一巻』(2018年1月28日)

1943年の昭南書房版『かの子短歌全集 第一巻』表紙

221. 2017年のピーター・ブレグヴァド『GO FIGURE』(2018年1月20日)

2017年のピーター・ブレグヴァド『Go Figure』

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220. 1990年のピーター・ブレグヴァド『King Strut』(2018年1月20日)

1990年のピーター・ブレグヴァド『King Strut』

219. 1983年のピーター・ブレグヴァド『The Naked Shakespeare』(2018年1月20日)

ピーター・ブレグヴァド『The Naked Shakespeare』

218. 鶴丸城跡堀のカワセミ(2018年1月1日)

鶴丸城跡堀のカワセミ01

217. 1936年の伸展社版『醉ひどれ船』ちらし(2017年12月30日)

1936年の伸展社版『醉ひどれ船』ちらし

216. 1869年の「稚櫻豊暐姫命塚」(2017年11月18日)

1869年の「綾御衣裏寧姫命塚」

215. 1813年の金剛嶺石碑(2017年11月18日)

1813年の金剛嶺石碑

214. 1667年のタンタドの観音石像(2017年11月18日)

1667年のタンタドの観音石像

213. 1981年のScritti Politti「The "Sweetest Girl"」(2017年11月6日)

1981 C81

212. 1903年の川上瀧彌・森廣『はな』(2017年10月29日)

1903年の川上瀧彌・森廣『はな』

211. 1982年のThe Ravishing Beauties「Futility」(2017年10月17日)

1982年Mighty Reel

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210. 1925年の西谷操「狼は吠える」(2017年10月8日)

1925年の西谷操「狼は吠える」

209. 1992年の『ホテル・ロートレアモン』(2017年9月15日)

1992年の『ホテル・ロートレアモン』

208. 1935年の堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』(2017年8月29日)

1935年の堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』

207. 2016年の『SELECTED SONGS by SLAPP HAPPY』 ILLUSTRATED by PETER BLEGVAD(2017年8月17日)

『SELECTED SONGS by SLAPP HAPPY』

206. 1931年の佐藤春夫『魔女』(2017年7月25日)

1931年の佐藤春夫『魔女』

205. 1985年の『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』の予約購読者へのおまけ(2017年6月27日)

1985年の『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』の予約購読者へのおまけ

204. 1985~1986年の『Rē Records Quarterly Vol. 1』(2017年5月28日)

Rē Records Quarterly Vol. 1 No.1 back

203. 1932年の池田圭『詩集技巧』(2017年4月27日)

1932年の池田圭『詩集技巧』表紙

202. 2011年の『Emblem of My Work』展カタログ(2017年4月3日)

2011年の『Emblem of My Work』展カタログ

201. 1928年の佐佐木信綱・佐佐木雪子『竹柏漫筆』(2017年3月17日)

1928年の佐佐木信綱・佐佐木雪子『竹柏漫筆』背

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200. 千駄木の秋朱之介寓居から小日向の堀口大學の家まで(2017年3月16日)

小日向の鷺坂

199. 2009年の『黒いページ』展カタログ(2017年2月14日)

2009年の『黒いページ』展カタログ

198. 1934年の『西山文雄遺稿集』(2017年1月31日)

1934年の『西山文雄遺稿集』

197. 1967年の『笑いごとじゃない』(2017年1月14日)

1972年の『笑いごとじゃない』

196. 2017年1月1日の桜島

2017年1月1日の桜島01

195. 1978年のキャシー・アッカーの声(2016年12月31日)

2016年Peter Gordon & David van Tieghem「Winter Summer」裏ジャケット

194. 1934年のポオル・ジェラルデイ著・西尾幹子訳『お前と私』(2016年12月19日)

1934年のポオル・ジェラルデイ著・西尾幹子訳『お前と私』

193. 1974年の富岡多恵子『壺中庵異聞』(2016年12月15日)

1974年の富岡多恵子『壺中庵異聞』

192. 1995年の峯村幸造『孤拙優游』(2016年11月30日)

1995年の峯村幸造『孤拙優游』

191. 1980年の今井田勲『雑誌雑書館』(2016年10月27日)

1980年の今井田勲『雑誌雑書館』箱表紙

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190. 1971年の『海』の表紙(2016年10月24日)

1971年の『海』01

189. 1975年の堀口九萬一著・堀口大學訳『長城詩抄』(2016年10月17日)

1975年の堀口九萬一著・堀口大學訳『長城詩抄』

188. 1936年の『木香通信』6月号(2016年9月26日)

1936年の『木香通信』六月号

187. 1936年のモラエス『おヨネと小春』(2016年9月4日)

1936年のモラエス『おヨネと小春』箱と表紙

186. 1927年の『藝術市場』―避暑地ロマンス号(2016年8月19日)

1927年の『藝術市場』

185. 1968年の天沢退二郎『紙の鏡』(2016年8月5日)

1968年の天沢退二郎『紙の鏡』

184. 1970年の天沢退二郎『血と野菜 1965~1969』(2016年8月4日)

1970年の天沢退二郎『血と野菜』

183. 1946年のダーウィン夫妻『イッシイブッシイとトップノット』(2016年7月29日)

1946年のダーウィン夫妻『イッシイブッシイとトップノット』

182. 1990年のジョン・グリーヴス『ローズ・セ・ラ・ヴィ』(2016年7月21日)

1990年のジョン・グリーヴス『ローズ・セ・ラ・ヴィ』

181. 1953年の片山廣子『燈火節』(2016年5月18日)

1953年の片山廣子『燈火節』

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180. 1907年の『シャナヒー』年刊版第2巻(2016年5月17日)

1907年の『シャナヒー』年刊版第2巻

179. 1906年の『シャナヒー』年刊版第1巻(2016年5月16日)

1906年の『シャナヒー』年刊版第1巻

178. 1904年の『アイルランドの丘で狩りをする妖精女王マブ』(2016年5月10日)

1904Queen Maeve

177. 1942年の野村傳四『大隅肝屬郡方言集』(2016年4月28日)

野村傳四『大隅肝屬郡方言集』表紙

176. 1926年ダックワース版のハドソン『緑の館』(2016年4月22日)

1926GreenMansions01

175. 1948年のバーナード・ダーウィン『のんきな物思い』(2016年3月17日)

1948Every Idle Dream

174. 1989年の天沢退二郎詩集『ノマディズム』(2016年2月23日)

1989年の天沢退二郎詩集『ノマディズム』

173. 1946年と1956年の『折々のナーサリーライム』(2016年2月18日)

1946年と1956年の『折々のナーサリーライム』

172. 1935年のダーウィン夫妻『トゥトロ氏と仲間たち』(2016年1月24日)

1935年のダーウィン夫妻『トゥトロ氏と仲間たち』表紙

171. 桜島雪景色(2016年1月24日)

2016年1月24日桜島雪景色

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170. 1927年のダーウィン夫妻『トゥトロ・トゥ』(2016年1月18日)

1927年のダーウィン夫妻『トゥトロ・トゥ』表紙

169. 1966年の天沢退二郎『時間錯誤』(2016年1月17日)

1966年の天沢退二郎『時間錯誤』表紙

168. 1925年のダーウィン夫妻『トゥトロ氏のおはなし』(2016年1月12日)

1925 The Rale Of Mr Tootleoo 表紙

167. 2016年1月1日の桜島

2016年1月1日桜島

166. 1964年のミス・リード編『カントリー・バンチ』(2015年12月31日)

1964 Miss Read Country Bunch

165. 1924年のジェフリー・ケインズ『サー・トマス・ブラウン書誌』(2015年12月12日)

A BIBLIOGRAPHY OF SIR THOMAS BROWNE

164. 1975年のAllen Toussaint 『Southern Nights』(2015年11月16日)

1975 Allen Toussaint Southern Nights

163. 1968年の松下竜一『豆腐屋の四季』(2015年11月11日)

1968松下竜一『豆腐屋の四季』

162. 1963年の天沢退二郎詩集『夜中から朝まで』(2015年11月10日)

天沢退二郎詩集『夜中から朝まで』

161. 1984年の品川力『本豪落第横丁』(2015年10月1日)

1984年の品川力『本豪落第横丁』

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160. 2015年のユニティー・スペンサー『アーチストになれて運がよかった』(2015年9月30日)

Unity Spencer『Lucky to be an Artist』

159. 1961年の天沢退二郎詩集『朝の河』(2015年8月30日)

1961年天沢退二郎詩集『朝の河』表紙

158. 1972年の『天澤退二郎詩集』(2015年8月29日)

1972天澤退二郎詩集外箱

157. 初夏の七郎すもも(2015年7月24日)

七郎すもも01

156. 1979年のPeter Gabriel「Here Comes The Flood」(2015年7月23日)

1979 Peter Gabriel Here Comes the Flood

155. 1940年の松崎明治『ANGLING IN JAPAN (日本ノ釣)』(2015年6月18日)

1940 ANGLING IN JAPAN Cover

154. 2000年のクリンペライ『不思議の国のアリス』ジャケット(2015年4月25日)

2000 Klimperei Alice au Pays des Merveilles

153. 2012年のデヴィッド・アレン『サウンドバイツ 4 ザ レヴェレイション 2012』(2015年3月18日)

soundbites 4 tha reVelation 2012_cover

152. 2012年のダンカン・ヘイニング『トラッドダッズ、ダーティボッパー、そしてフリーフュージョニアーズ』(2015年3月16日)

Trad Dads, Dirty Boppers And Free Fusioneers

151. 1976年のキリル・ボンフィリオリ『Something Nasty In The Woodshed』(2015年1月29日)

1976Bonfiglioli_Something Nasty

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150. 1949年の七高文藝部『啓明』最終刊号(2015年1月18日)

1949年の七高文藝部『啓明』最終刊号

149. 1995年ごろの片岡吾庵堂さん作「翔び鶴」(2015年1月10日)

片岡吾庵堂さんの翔び鶴

148. 1937年のダグラス・コッカレル『製本』(2015年1月5日)

1937Douglas Cockerell_Bookbinding01

147. 2015年1月1日の桜島

2015年1月1日桜島01

146. 1984年のジョージ・オーウェル『1984年』ファクシミリ版(2014年12月30日)

1984Orwell_dustwrapper

145. 1974年の天澤退二郎詩集『譚海』(2014年12月29日)

1974天澤退二郎詩集『譚海』

144. 2001年の岩田宏『渡り歩き』(2014年12月26日)

2001年岩田宏『渡り歩き』

143. 1980年の岩元紀彦監修『追悼文集 伯父 岩元禎』(2014年12月1日)

岩元紀彦監修『追悼文集 伯父 岩元禎』

142. 1985年のエドワード・リア回顧展カタログ(2014年10月7日)

1985Edward Lear01

141. 1977年の辻邦生『夏の海の色』(2014年8月29日)

辻邦生『夏の海の色』

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140. 1974年のロバート・ワイアット『ロック・ボトム』(2014年7月26日)

1974Wyatt_Rock Bottom01

139. 1998年の『河原温 全体と部分 1964-1995』展カタログ(2014年7月16日)

1998河原温_表紙

138. 1913年の半仙子『日當山侏儒戯言』(2014年6月30日)

德田大兵衛のお墓_桃岩宗源居士

137. 1917年の加藤雄吉『尾花集』(2014年6月27日)

1917加藤雄吉_尾花集_表紙

136. 1929年の島津久基『羅生門の鬼』(2014年6月12日)

1929島津久基_羅生門の鬼_箱

135. 1943年の『FLEURON』誌刊行20周年記念に催された食事会のメニュー(2014年4月25日)

1943年『Fleuron』誌20周年昼食会メニュー01

134. 1995年の平田信芳『石の鹿児島』(2014年2月27日)

平田信芳_石の鹿児島

133. 1983年のリチャード・カーライン回顧展カタログ(2014年2月8日)

1983Richard Carline_catalogue

132. 1971年のリチャード・カーライン『ポストのなかの絵』第2版(2014年1月26日)

1971Carline_Post

131. 1994年のウィリー・アイゼンハート『ドナルド・エヴァンスの世界』(2014年1月7日)

1994DonaldEvans_cover

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130. 1978年の雅陶堂ギャラリー「JOSEPH CORNELL展」カタログ(2014年1月5日)

1978Cornell_雅陶堂_cover

129. 2014年1月1日の日の出(2014年1月1日)

2014年1月1日桜島の日の出01

128. 2010年の『クラシック・アルバム・カヴァー』(2013年12月11日)

2010Classic Album Cover_Royal Mail

127. 1934年の『藝術家たちによる説教集』(2013年12月1日)

1934Sermons by Artists_表紙

126. 1926年の南九州山岳會編『楠郷山誌』(2013年11月27日)

1926楠郷山誌_箱表紙

125. 1924年の第七高等学校造士館旅行部『南溟』創刊号(2013年11月26日)

1924南溟_表紙

124. 1974年の講談社文庫版『復興期の精神』(2013年11月17日)

1974年_花田清輝_復興期の精神

123. 1924年の箱入りの志賀直哉『眞鶴』と木村荘八『猫』(2013年11月9日)

1924志賀直哉_真鶴_木村荘八_猫_箱と表紙

122. 1912年ごろのスレイド美術学校のピクニック集合写真(2013年10月17日)

1912 Slade picnic

121. 1929年のアーサー・ウェイリー訳『虫愛づる姫君』(2013年10月8日)

1929Wale_The Lady Who Loved Insects_cover

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120. 2004年の『妄想フルクサス』(2013年9月30日)

2004Mousou Fluxus_cover01

119. 1937年のアーサー・ウェイリー訳『歌の本』(2013年9月22日)

1937_54_Waley Book of Songs

118. 1984年のガイ・ダヴェンポート『「りんごとなし」とその他の短編』(2013年9月12日)

1984Davenport_Apples & Pears

117. 1953年のゴードン・ボトムレイ『詩と劇』(2013年9月10日)

1953GordonBottomley

116. 1905年のゴードン・ボトムレイ『夏至の前夜』(2013年9月9日)

1905MidsummerEve_cover

115. 1985年の『さようなら、ギャングたち』(2013年7月31日)

1985So Long Gangsters

114. 1972年の島尾敏雄『東北と奄美の昔ばなし』(2013年7月14日)

1972東北と奄美の昔ばなし詩稿社

113. 1976年の『ジョセフ・コーネル・ポートフォリオ』(2013年7月4日)

1976Joseph Cornell Portfolio01

112. 1958年のエリナー・ファージョン『想い出のエドワード・トマス』(2013年6月26日)

1958Farjeon_Thomas_Oxford

111. 1887年のローレンス・オリファント『ファッショナブルな哲学』(2013年6月15日)

1887Oliphant_Fashionable Philosophy_cover

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110. 1938年の『聖者の物語』(2013年6月12日)

1938Marty_Histoire Sainte_cover

109. 1975年のハットフィールド・アンド・ザ・ノース『ザ・ロッターズ・クラブ』(2013年6月4日)

1975Hatfield and the North_The Rotters' Club

108. 1982年のアン・テイラー『ローレンス・オリファント 1829-1888』(2013年5月26日)

1982Anne Taylor_Laurence Oliphant

107. 1971年のドナルド・バーセルミ『ちょっとへんてこな消防車』(2013年5月16日)

1971Barthelme_fire engine

106. 1991年のウィリアム・ギブスン&ブルース・スターリング『ディファレンス・エンジン』(2013年5月10日)

1991THE DIFFERENCE ENGINE

105. 1992年の『五代友厚・寺島宗則・森有礼』(2013年5月8日)

1992reimeikan_mori arinori

104. 1957年の木山捷平『耳學問』(2013年4月28日)

1957Kiyama Shouhei Mimigakumon

103. 1924年のエドワード・ゴードン・クレイグ『木版画と覚書』(2013年4月23日)

1924 Gordon Craig Woodcuts cover 01

102. 1957年のエドワード・ゴードン・クレイグ『わが生涯の物語へのインデックス』(2013年4月17日)

1957Index_Gordon Craig

101. 1900年ごろのホフマン『英語版もじゃもじゃペーター』(2013年4月8日)

1900Struwwelpeter_cover

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100. 1959年の『グウェン・ラヴェラの木版画』(2013年3月26日)

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99. 1977年の『レイノルズ・ストーン木版画集』(2013年3月24日)

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98. 1981年の『九百人のお祖母さん』(2013年3月23日)

1981_900grandmothers

97. 1938年の『風車小屋だより』(2013年3月19日)

1938Daudet_Moulin_cover

96. 1935年の『薩藩の文化』(2013年3月13日)

1935Satsuma_bunka_cover

95. 1981年の『土曜日の本・傑作選』(2013年3月12日)

1981SaturdayBook_wrapper

94. 1975年の『土曜日の本』(2013年3月11日)

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93. 1973年の『土曜日の本』(2013年3月10日)

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92. 1972年の『土曜日の本』(2013年3月9日)

1972SaturdayBook_box_wrapper

91. 1971年の『土曜日の本』(2013年3月8日)

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90. 1970年の『土曜日の本』(2013年3月7日)

1970SaturdayBook_wrapper

89. 1969年の『土曜日の本』(2013年3月6日)

1969SaturdayBook_box_wrapper

88. 1968年の『土曜日の本』(2013年3月5日)

1968SaturdayBook_box_wrapper

87. 1967年の『土曜日の本』(2013年3月4日)

1967SaturdayBook_wrapper

86. 1966年の『土曜日の本』(2013年3月3日)

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85. 1965年の『土曜日の本』(2013年3月2日)

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84. 1988年のケヴィン・エアーズのライブ(2013年3月1日)

1978KevinAyers_RainbowTakeaway

83. 1964年の『土曜日の本』(2013年2月28日)

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82. 1963年の『土曜日の本』(2013年2月27日)

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81. 1962年の『土曜日の本』(2013年2月26日)

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80. 1961年の『土曜日の本』(2013年2月25日)

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79. 1960年の『土曜日の本』(2013年2月24日)

1960SaturdayBook_wrapper

78. 1959年の『土曜日の本』(2013年2月23日)

1959SaturdayBook_box_wrapper

77. 1958年の『土曜日の本』(2013年2月22日)

1958SaturdayBook_box_wrapper

76. 1957年の『土曜日の本』(2013年2月21日)

1957SaturdayBook_box_wrapper

75. 1956年の『土曜日の本』(2013年2月20日)

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74. 1955年のオリーヴ・クックとエドウィン・スミス『コレクターズ・アイテム』(2013年2月19日)

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73. 1955年の『土曜日の本』(2013年2月18日)

1955SaturdayBook_box_wrapper

72. 1954年の『土曜日の本』(2013年2月17日)

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71. 1953年の『土曜日の本』(2013年2月16日)

1953SaturdayBook_wrapper

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70. 1952年の『土曜日の本』(2013年2月15日)

1952SaturdayBook_wrapper

69. 1951年の『土曜日の本』(2013年2月14日)

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68. 1951年の『現代の本と作家』(2013年2月13日)

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67. 1950年の『土曜日の本』(2013年2月12日)

1950SaturdayBook_wrapper

66. 1949年の『土曜日の本』(2013年2月11日)

1949SaturdayBook_wrapper

65. 1948年の『土曜日の本』(2013年2月10日)

1948SaturdayBook_wrapper

64. 1947年の『土曜日の本』(2013年2月9日)

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63. 1946年の『土曜日の本』(2013年2月8日)

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62. 1945年の『土曜日の本』(2013年2月7日)

1945SaturdayBook_wrapper

61. 1944年の『土曜日の本』(2013年2月6日)

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60. 1943年の『土曜日の本』(2013年2月5日)

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59. 1942年の『土曜日の本』(2013年2月4日)

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58. 1936年の『パロディ・パーティー』(2013年2月3日)

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57. 1941年の『土曜日の本』(2013年2月2日)

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56. 1953年ごろの『スティーヴンス=ネルソン社の紙見本帖』(2013年1月31日)

1953Specimens_cover

55. 1945年の岸田日出刀『建築學者 伊東忠太』(2013年1月29日)

1945Kishida_Ito Chuta

54. 1912年のチャールズ・T・ジャコビの『本と印刷についての覚書』(2013年1月27日)

1912CTJacobi_Books and Printing

53. 1903年の岡倉覚三『東洋の理想』(2013年1月26日)

1903Okakura_The Ideals Of The East

52. 1895年のウィリアム・モリス『世界のかなたの森』(2013年1月25日)

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51. 1969年ごろの『モノタイプ社印刷活字見本帖』(2013年1月23日)

1969MonotypeSpecimen

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50. 1958年の小沼丹『黒いハンカチ』(2013年1月22日)

1958OnumaTan_BlackHandkerchief

49. 1902年のゴードン・ボトムレイ『夜さけぶもの 一幕劇』(2013年1月21日)

1902Bottomley_Crier_cover

48. 1955年の『詩人と画家 ゴードン・ボトムレイとポール・ナッシュの往復書簡』(2013年1月20日)

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47. 1945年のトム・ジェントルマン『ブラエ農場』(2013年1月19日)

1945BraeFarm_cover01

46. 1957年の岩波書店版『漱石全集 書簡集一~五』(2013年1月18日)

1957Souseki_letters

45. 1980年のノエル・キャリントン『キャリントン 絵・素描・装飾』(2013年1月17日)

1980Noel Carrington

44. 1970年の『キャリントン 手紙と日記抜粋』(2013年1月16日)

1970Carrington

43. 1892年のマードック,バートン,小川『アヤメさん』(2013年1月15日)

1892Ayame-san01

42. 1910年のポンティング『この世の楽園・日本』(2013年1月14日)

1910Ponting_ LOTUS-LAND JAPAN

41. 1987年のデヴィッド・マッキッタリック『カーウェン・パターン紙の新見本帖』(2013年1月13日)

1987_A New Specimen Book of Curwen Pattern Papers

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40. 1969年の『岩下壮一 一巻選集』(2013年1月12日)

1969IwashitaSoichi

39. 1860年のモクソン版『アルフレッド・テニスン詩集』(2013年1月11日)

1860Moxon_Tennyson

38. 1980年のヤング・マーブル・ジャイアンツ『言葉と絵』(2013年1月10日)

1980YMG

37. 1927年の『七高さん』(2013年1月9日)

1927_7kousan

36. 1936年のグウェン・ラヴェラ『逃亡』(2013年1月8日)

1936Runaway_Raverat

35. 1899年のメアリ・フェノロサ『巣立ち』(2013年1月7日)

1899OutOfTheNest

34. 1906年のメアリ・フェノロサ『龍の画家』(2013年1月6日)

1906DragonPainter

33. 1961年のジュニア鹿児島編『ニコニコ郷土史』(2013年1月5日)

1961niconico_history

32. 1940年のジョン・ファーリー『刻まれたイメージ』(2013年1月4日)

1940JohnFarleigh

31. 1939年と1946年の『トワエモワ』(2013年1月3日)

1939ToiEtMoi

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30. 1963年の『シルヴィア・ビーチ 1887-1962』(2013年1月2日)

1963SylviaBeach

29. 謹賀新年(2013年1月1日)

2013HappyNewYear

28. 1984年のカトラー文・ベンジ絵『ニワトリになったハーバートくん』(2012年12月31日)

1984Cutler_Benge

27. 1970年のアーサー・ウェイリー『Madly Singing in the Mountains』(2012年12月30日)

1970ArthurWaley

26. 1925年のウェイリー訳『源氏物語』(2012年12月29日)

1925Genji_Waley

25. 1931年のウィリアム・ローゼンスタイン『人と思い出』(2012年12月28日)

1931WillRothenstein

24. 1949年の梅花艸堂主人『夢』(2012年12月27日)

1949Baikasodo_yume

23. 1947年の加藤一雄『無名の南畫家』(2012年12月26日)

kato_mumeinonangaka1947

22. 1963年の岩本堅一『素白随筆』(2012年12月25日)

sohakuzuihitsu1963

21. 1978年のブライアン・イーノ&ピーター・シュミット『オブリーク・ストラテジーズ』(2012年11月2日)

Oblique Strategies1978

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20. 1982年のロバート・ワイアット『シップビルディング』(2012年10月30日)

Wyatt_Shipbuilding1982

19. 2000年のピーター・ブレグヴァド『リヴァイアサンの書』(2012年10月29日)

Blegvad_leviathan2000

18. 1910年のジェームズ・マードック『日本史・第一巻』(2012年10月27日)

Murdoch_Japan1910

17. 1903年のジェームズ・マードック『日本史』(2012年10月26日)

Murdoch_Japan1903

16. 1861年のエドモンド・エヴァンス『THE ART ALBUM』(2012年10月24日)

Evans1861_Art Album

15. 1898年のカーライル『衣装哲学』(2012年10月23日)

Sartor Resartus

14. 1861年のジョン・ジャクソン『木版論』(2012年10月22日)

Jackson_Chatto_Wood Engraving

13. 1937年のフランシス・ブレット・ヤング『ある村の肖像』(2012年10月21日)

Young_Hassall_Portrait of a Village

12. 1974年の坂上弘『枇杷の季節』(2012年10月20日)

坂上弘_枇杷の季節

11. 1952年のグウェン・ラヴェラ『Period Piece』(2012年10月19日)

Raverat_Period Piece

10. 1919年の『ルパート・ブルック詩集』(2012年10月16日)

Rupert Brooke Raverat

09. 1942年の松崎明治『釣技百科』(2012年10月14日)

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08. 1966年のキース・ロバーツ『パヴァーヌ』(2012年10月11日)

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07. 1983年の島尾ミホ『海嘯』(2012年10月11日)

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06. 1933年の内田百間『百鬼園随筆』 (2012年10月11日)

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05. 1964年のケヴィン・エアーズ最初の詩集(2012年10月10日)

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04. 1936年の「国際シュルレアリスト広報」第4号(2012年10月9日)

1936SurrearistBulletin

03. 1921年のクロード・ローヴァット・フレイザー(2012年10月8日)

The Luck of the Bean-Rows

02. 1899年と1904年の『黄金時代』(2012年9月26日)

1904年の『黄金時代』表紙

01. 1945年の『青い鳥』(2012年9月22日)

青い鳥01


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