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 しばらく「20世紀書店」が続きます。ほかの世紀にもお邪魔します。

 

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 360. 1940年以降のデント社版ロバート・ギビングス本 その1(2021年10月24日)
 361. 1940年以降のデント社版ロバート・ギビングス本 その2(2021年10月25日)
 362. 1940年以降のデント社版ロバート・ギビングス本 その3(2021年11月7日)
 363. 本棚の動物園(2021年11月25日)
 364. 1952年の『南日本文學』(2021年12月20日)
 365. 1928年の『水甕』五月號・岩谷莫哀追悼號(2021年12月21日)
 366. 1979年の平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(2021年12月25日)
 367. 2022年の桜島(2022年1月1日)
 368. 1972年の『鹿児島詩人選集 1972』(2022年1月22日)
 369. 1978年の『現代詩アンソロジー 鹿児島 1978』(2022年1月23日)
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369. 1978年の『現代詩アンソロジー 鹿児島 1978』(2022年1月23日)

『現代詩アンソロジー 鹿児島 1978』表紙

1972年の鹿児島県詩人集団『鹿児島県詩人選集 1972』を最後に、途絶えていた鹿児島の詩人選集ですが、『現代詩アンソロジー 鹿児島』とタイトルを改めて、1978年に再開し、1988年まで6冊が刊行されています。

手もとには、そのうち3冊があります。ほかの3冊も古本屋さんに出ないかと気にかけているのですが、なかなか出てきません。

124ページ。縦210×横155×幅8ミリ。

 

『現代詩アンソロジー 鹿児島 1978』目次01

『現代詩アンソロジー 鹿児島 1978』目次02

▲『現代詩アンソロジー 鹿児島 1978』(1978年4月25日、鹿児島県現代詩アンソロジー発行委員会、かわさき・ゴゴ) 目次

 

『現代詩アンソロジー 鹿児島 1978』奥付

▲『現代詩アンソロジー 鹿児島 1978』奥付
発行委員は、高木秀吉、井上岩夫、福石忍、かわさき・ゴゴの4名。
印刷は、井上岩夫のやじろべ工房。

 

『現代詩アンソロジー 鹿児島 1978』本文ページから

▲ 『現代詩アンソロジー 鹿児島 1978』本文ページから

 

『現代詩アンソロジー 鹿児島 1978』あとがき

▲ 『現代詩アンソロジー 鹿児島 1978』あとがき
「あとがき」執筆は、福石忍。

 

「現代詩・アンソロジー鹿児島・1978 発行委員会報告」

▲ 『現代詩アンソロジー 鹿児島 1978』にはさまれていた「現代詩・アンソロジー鹿児島・1978 発行委員会報告」(1978年4月30日)
制作日程が分かります。

 

続けて、次の3冊が刊行されていますが、手もとにはありません。
鹿児島県立図書館に行けば、そろっています。鹿児島市の本館は禁帯出、奄美の分館は貸出可です。

現代詩アンソロジー 鹿児島 1980
現代詩アンソロジー 鹿児島 1982
現代詩アンソロジー 鹿児島 1985


『現代詩アンソロジー 鹿児島 一九八六』

『現代詩アンソロジー 鹿児島 一九八六』表紙

▲『現代詩アンソロジー 鹿児島 一九八六』(1986年12月6日、現代詩アンソロジー鹿児島発行委員会、藏薗治己) 表紙
表紙絵・吉永ゆき、挿画・西田義篤。

144ページ。縦215×横155×幅9ミリ。

 

『現代詩アンソロジー 鹿児島 一九八六』目次01

『現代詩アンソロジー 鹿児島 一九八六』目次02

▲『現代詩アンソロジー 鹿児島 一九八六』目次

 

『現代詩アンソロジー 鹿児島 一九八六』奥付

▲『現代詩アンソロジー 鹿児島 一九八六』奥付
印刷は、日版印刷/黙遙社。 やじろべ工房と電話番号は同じです。

「やじろべ工房」という名称は、いつまで使われていたのでしょうか。

 

『現代詩アンソロジー 鹿児島 一九八六』編集後記

▲『現代詩アンソロジー 鹿児島 一九八六』編集後記
「編集後記」執筆は、藏薗治己。

発行委員は、井上岩夫、川崎ゴゴ、進一男、瀬戸口武則、たつみかんぺい、中山朋之、夏目獏、浜田喜代子、福石忍の9名。

 

『現代詩アンソロジー 鹿児島 1988』

『現代詩アンソロジー 鹿児島 1988』表紙

▲『現代詩アンソロジー 鹿児島 1988』(1988年11月25日、現代詩アンソロジー鹿児島発行委員会、かわさき・ゴゴ) 表紙
表紙写真・川崎孝男。

162ページ。縦213×横153×幅10ミリ。


『現代詩アンソロジー 鹿児島 1988』目次01

『現代詩アンソロジー 鹿児島 1988』目次02

▲『現代詩アンソロジー 鹿児島 1988』目次

 

『現代詩アンソロジー 鹿児島 1988』本文ページから

▲『現代詩アンソロジー 鹿児島 1988』本文ページから

 

『現代詩アンソロジー 鹿児島 1988』奥付

▲『現代詩アンソロジー 鹿児島 1988』奥付
発行委員は、井上岩夫、たつみかんぺい、福石忍、瀬戸口武則、進一男、浜田喜代子、夏目獏、藏薗治己、岡田哲也、かわさき・ゴゴの10名。
「あとがきに代えて」執筆は、かわさき・ゴゴ。

印刷は、日版印刷。

 

この集以降、現代詩アンソロジーは編まれなくなったようです。
1967年、児玉達雄らが鹿児島の詩の鳥瞰図を残していこうと始めたアンソロジーは、この集で途切れています。

「鹿児島の現代詩」は、井上岩夫(1917~1993)という中心がいなくなると、収縮するというか、個の営みになっていったのでしょう。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

『THE BEST OF RISU >>> THE PAST FUTURE FOLK SONGS』01

『THE BEST OF RISU >>> THE PAST FUTURE FOLK SONGS』02

2003年に出た、福間未紗と友沢ミミヨのグループ RISU の CD『THE BEST OF RISU >>> THE PAST FUTURE FOLK SONGS』。
1991年の録音。

 ヴォーカル+ギター >>> 福間未紗
 大正琴+コーラス >>> 友沢ミミヨ
 キーボード >>> 斎藤哲也
 オカリナ >>> 園部啓一
 パーカッション >>> 若林チカ+ナカノケイタ+Hiyu Watanbabe

過去のものでもあり未来のものでもある、無国籍のフォーク・ミュージック。
空想の、演奏された瞬間にしか存在しない地元の音楽。

 

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368. 1972年の『鹿児島県詩人選集 1972』(2022年1月22日)

鹿児島県詩人集団『鹿児島詩人選集 1972』表紙

鹿児島県詩人集団『鹿児島県詩人選集』の第3集、『鹿児島県詩人選集 1972』(1972年10月25日発行、羽島さち)です。

第260回 1971年の福石忍詩集『遠い星』(2019年2月25日)」で、児玉達雄が運営委員として編集した『鹿児島県詩人選集』2冊を紹介しました。

鹿児島詩人集団『鹿児島県詩人選集』(1967年7月、羽島さち)
鹿児島県詩人集団『鹿児島県詩人選集 II 1969』(1969年8月20日発行、羽島さち)

この2冊に続く、『鹿児島県詩人選集』の第3集です。
この第3集には児玉達雄(1929~2018)の名前はなく、これ以降、関わっていないようです。

表紙絵とカットは前畑省三。

84ページ。縦210×横154×幅10ミリ。

 

鹿児島県詩人集団『鹿児島県詩人選集 1972』見返し

▲鹿児島県詩人集団『鹿児島県詩人選集 1972』見返し

 

鹿児島県詩人集団『鹿児島県詩人選集 1972』目次

▲鹿児島県詩人集団『鹿児島県詩人選集 1972』目次

 

鹿児島県詩人集団『鹿児島県詩人選集 1972』奥付

▲鹿児島県詩人集団『鹿児島県詩人選集 1972』奥付
印刷は、井上岩夫(1917~1993)のやじろべ工房。

 

鹿児島県詩人集団『鹿児島県詩人選集 1972』本文ページから

▲鹿児島県詩人集団『鹿児島県詩人選集 1972』本文ページから

 

鹿児島県詩人集団『鹿児島県詩人選集 1972』編集後記

▲鹿児島県詩人集団『鹿児島県詩人選集 1972』編集後記
編集後記は、運営委員の越山正三、福石忍、羽島さちの連名。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

福間創(1970~2022)の訃報がありました。

お姉さんの福間未紗の5枚のアルバムを引っ張り出して、続けて聴いてみました。
福間創も、「electronics」や「programming」で参加しています。


奈良美智の世界の子どもが歌っているような福間未紗の歌声は、とても懐かしいものでした。
こうした歌唱は、戸川純以後の歌い方のような気もします。

ヴァシュティ・バニヤンやケイト・ブッシュを日本語で歌うアイデアはすばらしいと思います。
ただ、オリジナルの詞の力に、日本語の詞が届いてないのが惜しいです。

 

福間未紗『モールス』(1996年、Respect Record) 01

福間未紗『モールス』(1996年、Respect Record) 02

▲福間未紗『モールス』(1996年、Respect Record)
福間ハジメ programming, additional guitar, arrangement

 

福間未紗『君の友達』(1997年、Respect Record) 01

福間未紗『君の友達』(1997年、Respect Record) 02

▲福間未紗『君の友達』(1997年、Respect Record)

 

福間未紗『ダークネス・アンド・スノウ』(1999年、Midi Creative) 01

福間未紗『ダークネス・アンド・スノウ』(1999年、Midi Creative) 02

▲福間未紗『ダークネス・アンド・スノウ』(1999年、Midi Creative)

 

福間未紗『フェスタ マニフェスト』(1999年、Midi)01

福間未紗『フェスタ マニフェスト』(1999年、Midi)02

▲福間未紗『フェスタ マニフェスト』(1999年、Midi)
福間ハジメ composition, electronics, programming

 

福間未紗『ドロップス ウィル キス』(2000年、Midi) 01

福間未紗『ドロップス ウィル キス』(2000年、Midi) 02

▲福間未紗『ドロップス ウィル キス』(2000年、Midi)

 

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367. 2022年の桜島(2022年1月1日)

2022年の桜島01

2022年元旦。
桜島の夜明け。

 

2022年の桜島02

2022年の桜島03

2022年の桜島04

2022年の桜島05

2022年の桜島06

2022年の桜島08

2022年の桜島09

2022年の桜島10

2022年の桜島11

 

2022年の初日は力強い陽差しで、気分も上々です。

 

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366. 1979年の平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(2021年12月25日)

1979年の平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』箱と表紙

 

前回、『水甕』に収録された、岩谷莫哀(1888~1927)の平原勝郎宛の手紙を引用しましたが、『ダチュラの実』は、その平原勝郎(1902~1969)が亡くなって10年、1979年に刊行された遺稿集です。
昭和5年(1930)から昭和44年(1969)の524首と、平原勝郎が自身で見聞きしてきた20世紀前半の鹿児島の短歌界の記録「鹿児島歌壇五十年史」を収録。

献呈署名本ですが、贈った人も贈られた人も亡くなって、めぐりめぐって、手もとにあります。

 

前回、岩谷莫哀が死の一か月前に平原勝郎に送った手紙のことを書きました。
『ダチュラの実』を読むと、このことは、40年近くたっても、平原勝郎にとって心残りだったことが分かります。
手紙を改めて引用します。

〇鹿兒島の麥羹(ムツカン御存じかカルカンに似た色黑き蒸菓子なり)を東京で賣つてゐるところあらば御聞合せ御一報願上候子規じやないけどムツカンタベタイ(後略)
(昭和二年十月八日書簡)

    〇
先程は失禮いたし候 疲勞烈しくその上咽の痛み甚しかりし爲に候不惡御宥被下度候 又其節御持參下されし鹿兒島の蒸菓子、何かの御考違ひにや あれは羊羹にて東京の方が本塲に候小生の所望せしは麥羹にて小麥粉と黑砂糖にて作りたる極めて粗末なる輕いふくれ菓子に候恰もカルカンの如くカステラの如きものに候わざわざ郷里から御取寄せ下され候御好意ありがたく感謝致候も小生の咽には通らず全く失望致候御禮旁々右迄
いづれ面語を期し候(昭和二年十月十八日書簡)


この手紙のことを悔いるように、平原勝郎は、「莫哀忌」と題して、次の歌を残していました。

昭和40年(1965) 莫哀忌

ふくれ菓子も添へて供へぬ故里の蒸羹恋ひて逝きませし師に

昭和43年(1968)莫哀忌

鹿児島の蒸羹(むつかん)頻りに欲りませし喉病める師を忘れず今も


届けられるものは、届けられるときに届けておきたいものです。
でも、そうもいかない、ままならないことを、人生とよぶのでしょう。

 

   平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(1979年)箱の背

▲平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(1979年)外箱の背

ダチュラ(Datura)は、インド原産の有毒植物で、ラッパのような大きな花を咲かせます。ダチュラは、サンスクリット起源の名前で、日本では曼陀羅華(まんだらげ)、チョウセンアサガオの名前で知られています。

 

平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(1979年)表紙

▲平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(1979年)表紙

 

平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(1979年)見返しの献呈著名

▲平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(1979年)見返しの献呈著名
手もとにはあるのは古本屋さんで入手した献呈署名本ですが、贈った人も贈られた人も亡くなっています。
ここでは、送られた先生の名前はぼかしました。

 

平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(1979年)扉

▲平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(1979年)扉

 

平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(1979年)目次01

平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(1979年)目次02

平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(1979年)目次03

平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(1979年)目次04

▲平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(1979年)目次

平原勝郎の作品として、昭和5年(1930)から昭和44年(1969)の524首と「鹿児島歌壇五十年史」を収録。

ほかに、次の寄稿があります。

 序  畠中季隆
 心温かい平原さん  長井正雄
 歌集「ダチュラの実」に寄せて  梅崎志津
 あとがき  大崎租
 年譜
 お礼にかえて  平原ヒメ

 

平原勝郎は南日本新聞の記者だった人です。
坊津の密貿易屋敷跡として知られる倉浜荘の森姫子と再婚し、後半生は坊津で暮らします。
平原姫子は倉浜荘で民宿を営み、梅崎春生(1915~1965)が倉浜荘を小説『幻化』(1965年)で主人公の泊まる宿のモデルにしたため、一時期、倉浜荘は戦後文学の宿のようになります。
『ダチュラの実』は、そうした訪問者の記録にもなっています。

『ダチュラの実』から「戦後文学」関連の歌を抜き出してみます。

 

昭和31年(1956)

   堀田善衛氏
君が書く “祖国喪失” “孤広場の孤” 未だ読まねど語れば楽し

《注》「広場の孤独」ではないでしょうか?

昭和33年(1958)

   海音寺潮五郎氏へ  湯呑み茶碗に、君揮毫の一句あり。“秋澄むや嫁ぎたる娘の部屋の冷え”
疎開中の君がたびにし霧島焼(きりしま)の湯呑もすでにひび入りにけり
朝夕べ持ちなれしわが手触りのつめたき頃は君ししぬばゆ

昭和38年(1963)

   作家梅崎春生氏夫妻来坊
空の旅の疲れか少し酒のみて梅崎春生はやばやと寝る
兵として坊に駐屯の思い出を君語る夕べの磯は松風
東京はスモッグの季かわが村の海と松の美しさ夫人まづ言ふ
枕崎より自動車飛ばして朝早く“鯨神”の作家宇能氏も来る
懐旧の言葉さらさら我がために書きて君去る秋風の村
写真とることも忘れて梅崎氏朝早く発つ坊を見むため

昭和40年(1965)

   憶梅崎春生氏
梅崎春生気味悪がりし鴉ども今朝も港の暗きにさわぐ
“逃亡者” 楽しみにテレビ見しといふ梅崎春生世になし今は
秋の日の光りの中に匂へればダチュラこの世の花とも見えず

     梅崎春生文学碑建設について調査のため、椎名麟三・檀一雄・前田純敬・評論家埴谷雄高の四氏、十月二十九日来坊す。

檀一雄の捕鯨船記読みし記憶あり会ひて語れば若々しその顔
陽明学者伊藤潜龍を曽祖父に君隼人の血をひくかあはれ 埴谷氏
洋酒ひさぐ店一つなき町なれば椎名麟三氏に気の毒でならず
伊勢蝦の大きをつつき檀・椎名・埴谷の三氏飲み足らひしか
椎名氏の白きその手をやはくとり秋閑かなる一室に別る

     十一月十二日梅崎恵津子夫人、亡夫作品縁りの地を絵にせむと来坊。十八日まで滞在。
黒髪の歎きもすててひと筋に生きむといふか君水墨に
水茎のあとうつくしく黒髪の歎きをとめて君東京に去る
   黒髪もきみなきあとの寂びしぐれ 恵津子
火の山もしぐれて今日は寒からむ羽織忘れてゆきし君かも

《注》「伊藤潜龍」ではなく「伊東潜龍」(伊東祐之、伊東猛右衛門、1816~1868)。西郷や大久保らの陽明学の師。埴谷雄高(1909~1997)の母方の曽祖父。

昭和41年(1966)

   梅崎文学碑
えにしありてこの町にたつ君が碑よ我等が喜びの声きこし召せ
思ひ出のあの山この浦ひと目にしうれしからむを君が文学碑
西の海ま赤にそめて沈む日はこの丘の君が碑にも映えむか
この石碑(いしぶみ)あらむ限りは梅崎文学の精神(こころ)の花は咲き匂ふべし
     右四首、昭和四十一年五月二十九日、文学碑竣工式の折献詠朗吟す。

東京より遠く来ませる幾人か君よき友をもち給ひけり

     椎名麟三・堀田善衛・武田泰淳・中村真一郎・塙谷雄高・浅見淵の諸氏、及び地元から島尾敏雄・椋鳩十の諸作家臨席す。

昨夜(よべ)の雨上りて松の雫落つ君が石碑(いしぶみ)撫でつつをるに
在りし日に心ひかれし我が家(やど)のダチュラの白き花も供へむ
“人生幻化に似たり” いみじくも心にしむる君が言の葉

   除幕式
飲み仲間の一人か堀田善衛氏が神酒(みき)なみなみと碑面にそそぐ
胃の痛み耐へつつ碑前に朗吟す君を讃ふる拙き歌四首
わが庭のダチュラの花の名を尋ぬ武田泰淳も初めての顔
わがために “莫話竹[冫+冗]事” の五文字中村真一郎書きて立ち去る
なま酔ひの堀田善衛氏十年振りに会ひし喜びに色紙に書くも

《注》中村真一郎が書いた五文字「莫話竹[冫+冗]事」、どういう意味なのでしょう。読み解けません。
実際に書かれた文字を見てみたいものです。
崩した字と思われますから、江戸期の漢詩人・廣瀬淡窓(1782~1852)の「莫話人間事」《人間(じんかん)のこと話す莫かれ》にちなむ五文字であるとか、別の読み方もできるのではないかと思ったりします。

昭和42年(1967)

   文士往来  安岡章太郎氏、ミセス編集長今井田勲氏と共に来訪す。
武市坂本中岡達の顔ならず土佐のやさ男安岡章太郎
南海に愚図つく台風あり鉄砲の島へ取材の君を阻めり

   井上正蔵氏  東京都立大教授ハイネ研究家
“海には真珠空には鴉” 坊津の思ひ出ならむこの扉書き
君賜びしハイネの詩集読み終り蔦の紅葉のひとひら挟む

   佐々木基一氏
鹿児島の空の明るさ刺身の美味(うま)さ佐々木基一氏坊に来て賞む

   山本太郎氏  詩人・法大教授
白秋の甥これも詩人山本太郎君夜を遅くまで飲みて乱れず
煤けたる寒き二階に灯を消して一人寝につく酔後の君は

   ダチュラの花
“人生幻化に似たり” と梅崎がこころひかれし花はこの花

《注》今井田勲については「第191回 1980年の今井田勲『雑誌雑書館』(2016年10月27日)」で少し書いています。

昭和44年(1969)

   年改まりて
テレビ小説“あしたこそ”の森村桂さん正月八日飄然と来る

 

『ダチュラの実』は、読み手に負担をかけずに、その人の生涯と作品を伝える、よくまとめられた1巻本の遺稿集です。それでも、はてなと思う個所がいくつかあって、もう少し校閲に時間をかけていたらと、もったいなく思いました。

 

     
梅崎春生の小説『幻化』は、今から50年前、1971年にNHKで90分のドラマになっています。
平原勝郎はそのドラマ化の取材は受けていたようですが、完成したドラマは見ることができませんでした。

脚本は早坂暁。
演出は岡崎栄。
このコンビが脚本を書き演出をした『天下御免』(1971~1972)、『天下堂々』(1973~1974)は、大好きなドラマで毎週欠かさず見ていました。
残念ながら、『幻化』は未見で、何とも言えません。
カラーフィルムで撮影されていて、2008年にDVD化もされています。
ですから、見ようと思えば見ることもできるのですが、今はなかなかのお値段になっていて、入手が難しく、気軽に見ることができません。
また、気軽に見るタイプのドラマではなさそうです。
主な出演者は、高橋幸治、伊丹十三、渡辺美佐子、三谷昇、瀬川菊之丞、太地喜和子、名古屋章、佐々木すみ江。

クレジットに、平原ひめ、鹿児島県・坊津町二才踊り保存会の名前もあります。

 

平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(1979年)奥付

▲平原勝郎『歌集 ダチュラの実 付 鹿児島歌壇五十年史』(1979年)奥付
「定価二〇〇〇円」でなく「非売品」とある版もあります。

 

     

「鹿児島歌壇五十年史」に、岩谷莫哀と自身のことについて、短くですが、書いています。

(岩谷)莫哀は筆者の恩師であるが後年東大に入ると尾上柴舟博士に師事、車前草に次いで大正三年同志と水甕を創刊、歌集に春の反逆、仰望の二者があり、その歿後岩谷莫哀全集が出版された。春の反逆の口絵には同郷(川内平佐)の有島生馬画伯による紅顔可憐な少年が青草の上で物思いに沈んでいる図が出ている。又その装幀はじつに凝ったハイカラなものであった。それは彼が出版社を経営していた当時であったから思い切ったものが出来たのであろう。若山牧水・前田夕暮を柴舟門下第一期の高足とすれば、莫哀と石井直三郎(岡山県出身八高教授)は第二期の代表的二歌人と称せられた。先年郷里川内の図書館前に早稲田派の詩人今井白楊と共にその文学碑が建設された。(森園)天涙は東郷の出身、熊本の九州日々新聞(現熊日)から出て中央で活躍、珊瑚礁・行人などを発行ののち戦後珊瑚礁を復刊主宰していたが先年惜しくも中風で亡くなった。その熊本時代雑誌山上の火を出し、歌集にまひるの山の春がある。(岩谷)莫哀・(万造寺)斉とともに郷土出身のすぐれた代表的歌人であった。(牧)曉村は今なお鹿児島市に健在、さきに文化功労者として南日本文化賞を受けた。歌壇の最長老として現に黒潮にあって後身の指導に努めている。郷土歌壇の至宝とも言うべき存在である。

 

昭和に入って筆者は上京六年まで在京したが、上京後は莫哀全集の年譜にもある通り病中の恩師莫哀のために水甕の編集を助け、作品は主として水甕のほか、当時の歌壇総合雑誌である柳田新太郎主宰の短歌雑誌と、楠田敏郎主宰の短歌月刊の諸家近詠などに発表、四(五)年には処女歌集早春を水甕叢書第二十九篇として刊行するなど、筆者にとっては甚だ愉快な時代であった。

 

     

大正・昭和初期の鹿児島市について、気にかかる記述もありました。
「浩然亭」や「風景楼」があったころの鹿児島のことが書かれています。

歓迎歌会といえば筆者の主宰したものに、大正十四年十二月(若山)牧水が喜志子夫人を同伴来鹿したので歓迎会を風景楼で開いた。牧水が大正二年(三年か)一月初めて来鹿した時には城山の浩然亭で歓迎会を開いている。また橋田東声が大正十四年春来鹿の時も風景楼で歓迎会を開いた。斎藤茂吉は大正四年に来県、昭和十四年秋にも来県している、此の時の作品は改造社出版高千穂峰に収めている。牧水得意の朗吟を初めて聞いたのも風景楼であった。しかも有名な代表作幾山河越え去り行かばの歌であったので、一座しんみりとなり、列座の当時女師生であった福島辰子さんなど涙をためて聞いていたように憶えている。

だいぶ前になりますが、「第17回 1903年のジェームズ・マードック『日本史』(2012年10月26日)」で紹介した、ジェームズ・マードック(James Murdoch、1856~1921)が住んでいた辺りに、「風景楼」はあったようです。

第137回 1917年の加藤雄吉『尾花集』(2014年6月27日)」で紹介した、加藤一雄らが田山花袋を歓待したのも、祇園之洲の料亭(三日月か山海楼か風景楼のいずれか?)でした。

鹿児島にも、祇園之洲から磯にかけての海岸沿いに、料亭が建ち並ぶ、そんな時代もあったのでした。

歴史が更新されていくのはしかたないことですが、街に、歴史のレイヤー、歴史の地層が残らない形で更新されていくのは、さびしい話です。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

レイ・ハラカミによる、映画『天然コケッコー』のサントラ。
エレクトロニカの明滅する有象無象のなかで、レイ・ハラカミの音楽は、どこを切り取っても素晴らしくて、その存在は奇跡のようです。

レイ・ハラカミ「天然コケッコー」

 

坊津の海沿いの小さな町を舞台にした、『天然コケッコー』のような映画を見てみたいものです。

 

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365. 1928年の『水甕』五月號・岩谷莫哀追悼號(2021年12月21日)

1928年の『水甕』五月號・岩谷莫哀追悼號表紙

 

これも、鹿児島の古本屋さんで購入した雑誌です。

鹿児島の川内出身の歌人・岩谷莫哀(1888~1927)の追悼号です。
『水甕』は、尾上柴舟(1876~1957)、岩谷莫哀、石井直三郎(1890~1936)らが、1914年に創刊した短歌誌で、現在も刊行されている、100歳を超える長寿誌です。

追悼号の正しい読み方ではないとは思うのですが、そこに鹿児島にまつわる記述がないか探すのが、目的のひとつになっています。
その目的からすると、同郷の知人や川内中学・旧制七高の同級生らの回想文もあるものの、求めているような記述は少ないものでした。

例えば、七高の一年先輩の橋田東聲の「高等學校時代の岩谷君」で、はじめて二人が言葉をかわしたとき、「うまごやしのいつぱい生い繁つてゐる庭をかたりつゝしばし歩いたが、ぢきに始業のベルが鳴つて、二人はめいめいの部屋にかへつたのであつた」というときの、鶴丸城の「うまごやしのいつぱい生い繁つてゐる庭」といった描写を求めているのですが、そういう意味では少し期待外れでした。

この「うまごやし」は、ウマゴヤシなのか、もしかして、シロツメクサ(クローヴァー)なのか、鶴丸城跡には、七高の時代から続くうまごやし(クローヴァー)は、今も残っているのかと、過去の細部が気にかかります。

 

『水甕』岩谷莫哀追悼號(1928年5月1日発行、水甕社)目次01

『水甕』岩谷莫哀追悼號(1928年5月1日発行、水甕社)目次02

『水甕』岩谷莫哀追悼號(1928年5月1日発行、水甕社)目次03

▲『水甕』岩谷莫哀追悼號(1928年5月1日発行、水甕社)目次
人望のあった人だったのでしょう。たくさんの人が寄稿する、追悼特集になっています。

 

収録された「岩谷莫哀略年譜」は「未定稿」とありますが、よく調べられています。
鹿児島での主な生活史をたどると、次のようになっています。

明治21年(1888)鹿児島県薩摩郡宮之城村湯田にて生まれる(寄留地)
明治23年(1890)原籍地 薩摩郡隈之城村向田に帰住
明治23年(1890)大火で 薩摩郡水引村大小路に引き移る
明治25年(1892)薩摩郡隈之城東手宇金剛淵へ引っ越す
明治34年(1901)薩摩郡隈之城村向田に帰住
明治34年(1901)鹿児島県立川内中学入学
明治39年(1906)鹿児島県噌唹郡志布志尋常高等小学校代用教員
明治40年(1907)第七高等学校独法文科入学
明治43年(1910)東京帝国大学法科大学経済学科入学

『水甕』岩谷莫哀追悼號(1928年5月1日発行、水甕社)年譜冒頭

▲『水甕』岩谷莫哀追悼號(1928年5月1日発行、水甕社)年譜冒頭

追悼号は、次のように構成されています。

 口絵寫眞版
 岩谷莫哀略年譜
 仰望以後短歌集
 日記抄
 臨終まで 岩谷とみ子
 追悼錄 其一(25名)
 書簡集(15通)
 追悼錄 其二(32名)
 追悼歌(105名)

「日記抄」は、亡くなる前年の大正15年(1926)の1月から10月までの日記を収めています。
正岡子規の『病牀六尺』のように、日々の食事の記述が目立ちます。たぶん意識していたのでしょう。

夫人の岩谷とみ子による「臨終まで」は、昭和2年(1927)11月の回想です。

 

「書簡集」にある、鹿児島出身の後輩・平原勝郎宛の便りで、「子規じやないけど」病人らしい癇癪をおこしています。

〇鹿兒島の麥羹(ムツカン御存じかカルカンに似た色黑き蒸菓子なり)を東京で賣つてゐるところあらば御聞合せ御一報願上候子規じやないけどムツカンタベタイ(後略)
(昭和二年十月八日書簡)

    〇
先程は失禮いたし候 疲勞烈しくその上咽の痛み甚しかりし爲に候不惡御宥被下度候 又其節御持參下されし鹿兒島の蒸菓子、何かの御考違ひにや あれは羊羹にて東京の方が本塲に候小生の所望せしは麥羹にて小麥粉と黑砂糖にて作りたる極めて粗末なる輕いふくれ菓子に候恰もカルカンの如くカステラの如きものに候わざわざ郷里から御取寄せ下され候御好意ありがたく感謝致候も小生の咽には通らず全く失望致候御禮旁々右迄
いづれ面語を期し候(昭和二年十月十八日書簡)

 

岩谷莫哀は昭和2年(1927)11月20日に亡くなっていますから、死の一か月前の手紙です。

ただ、ふくれ菓子は日持ちしないので、これは無理難題です。
鹿児島から送ってもおいしくなくなっているでしょうし、近くに作っているところがないかぎり、岩谷莫哀がのぞんだものは食べられなかったでしょう。

鹿児島から東京風の羊羹を取り寄せてしまった平原勝郎には気の毒ですが、病牀の岩谷莫哀に、鹿児島の素朴なふくれ菓子を食べさせてあげたかったです。

 

『水甕』岩谷莫哀追悼號(1928年5月1日発行、水甕社)追悼錄のページから

▲『水甕』岩谷莫哀追悼號(1928年5月1日発行、水甕社)追悼錄のページから

冒頭は、島崎藤村(1872~1943)。

「追悼錄」の寄稿者で、鹿児島にゆかりのある人をピックアップしてみます。

川内中學
佐多芳久(同級生)「二十一年目の奇遇」
鳥海岩松(川内中學教師)「莫哀岩谷君を悼む」

旧制七高
橋田東聲(一学年先輩)「高等學校時代の岩谷君」
古屋芳雄(同級生)「莫哀と余」
島袋全發(同級生)「故岩谷君の七高時代」

同郷
有島健介(従兄弟ちがひの関係)「岩谷禎次君の追憶」
山下榮藏(竹馬の友)「禎さん」
佐多國夫「莫哀先生を憶ふ」
平原勝郎「追憶二三」
牧曉村「悲痛にも美しき一生」

 

『水甕』岩谷莫哀追悼號(1928年5月1日発行、水甕社)奥付

▲『水甕』岩谷莫哀追悼號(1928年5月1日発行、水甕社)奥付

編輯兼發行者 岩谷登美
印刷所 三浦印刷所(名古屋市)
發行所 水甕社(名古屋市)

岩谷莫哀の夫人が編輯兼發行者になっています。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

京都のF.M.N. SOUND FACTORYが届けてくれた音楽は素敵なものばかりです。

穂高亜希子『みずうみ』(2014年、F.M.N. SOUND FACTORY)

穂高亜希子『みずうみ』(2014年、F.M.N. SOUND FACTORY)

 

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364. 1952年の『南日本文學』(2021年12月20日)

1952年の『南日本文學』創刊号表紙

 

不調というか、だるい感じの日が続いていたら、帯状疱疹でした。
さいわい、罹った人から聞いていたような神経を苛む痛みはありませんでしたが、おとなしくしています。

「だるい」という感覚で思ったことがあります。
一見「DULLい」という外来語起源の形容詞風にも見える「だるい」は、「かったるい」などと同根の古い日本語ですから、外来語起源ではないですけど、「だるい」という形容詞の現在には、「dull」の意味もまじりこんでいるのでしょうか。どうなんでしょう。

しかし、外来語起源の「イ形容詞」は、意外と日本語として定着しないことばのようです。
エロい、グロい、ナウい、そして、最近の「エモい」ぐらいでしょうか。
実は、「イ形容詞」は日本語固有の言語感覚の中核に位置するもので、なかなか外来種が入りこみにくい領域だったりするのかもしれません。

 

しばらくは、おとなしく、鹿児島の古本屋さんで購入したものからいくつか並べるだけにしておきます。

写真は、1952年の『南日本文學』創刊号です。

 

『南日本文學 1』(1952年)裏表紙

▲『南日本文學 1』(1952年)裏表紙
裏表紙に広告のある「大洲堂洋服店」ですが、県庁前にあったようです。
いつまであったのでしょう。記憶にありません。


『南日本文學 1』(1952年)目次

▲『南日本文學 1』(1952年)目次
「創作」「詩」「随想」の三本立てに、「La Chambre」という手紙のコーナーで構成。
縦209×横148ミリ。64ページ。
椋鳩十が「椋鳩木」と誤植になっています。
執筆者はすべて男性。男子校的文学誌です。

 

『南日本文學 1』(1952年)のページから01

▲『南日本文學 1』(1952年)のページから
巻頭の小説、有馬繁雄「麗しき客」。鶴が渡来する出水が舞台。

 

『南日本文學 1』(1952年)のページから02

▲『南日本文學 1』(1952年)のページから
井上岩夫(1917~1993)が、「蟇左衛門」というペンネームを使っていた時期の作品。

巻末の「会員消息」に《▽蟇左衛門氏は近く詩集「日本の屋根の下」を発刊。》とありますが、形になったのでしょうか。

 

『南日本文學 1』(1952年)のページから03

▲『南日本文學 1』(1952年)のページから
巻末の「La Chambre」(部屋)というコーナーで、
椋鳩十(1905~1987)は「若い木の燃える時」を寄稿し、次のように書いています。。

 ガマ君、有馬君などが中心となって「南日本文学」を出すというはなしを先日聞いた。
 前にも、いろいろ雑誌の計画があつたが、鹿児島では、どういうわけか、一号か二号でつぶれてしまつた。そして私は、同人誌は一号や二号でつぶしてしもうようなら、そんな同人雑誌は出さない方がよい、というのが私の持論であつた。
 こんどの同人誌は、ガマ君や有馬君の顔をうかがうと、一年でも二年でも続けるということであるし、またガマ君は良心的な詩人であるので、きつと、その通りやりとげるにちがいないと思つている。
 そして又、もう、私達のような老人組を相手にせずに、若い人たちは、若い人たちなりの、モラルと思想をもつて、古きものを乗り越え、乗り越え、新しい文学の火の手をあげて貰いたいと思つている。

当時40歳代の椋鳩十は、「老人」という意識もあったようです。

 

『南日本文學 1』(1952年)奥付

▲『南日本文學 1』(1952年)奥付
昭和二十七年九月三日印刷
昭和二十七年九月三日発行
(頒価八十円)
編集人 堀 公也
発行人 有馬繁雄
印刷所 渕上印刷株式会社
ブックデザインは誰か掲載されていません。

「顧問」「賛助同人」「同人」「准同人」「友の會員」「編集同人」の名前が掲載されています。
女性の名前は少ないですが、「同人」は羽島幸の名前があります。
「顧問」は、畠中季隆、山之口獏、耕治人。
「編集同人」は、面高散生、佐藤剛、蟇左衛門、堀公也、有馬繁雄。

表3に、井上岩夫(蟇左衛門)の印刷所「やじろべえ工房」の広告があります。まだ郡元でなく下竜尾町です。

「やじろべ工房」の書誌目録があったらいいなと思うのですが、自分でつくる気力はなかなかわいてきません。

 

     

なんとなく、年末だなと感じた夕景写真2枚。
垂水で撮った写真です。

2021影01

2021垂水から見た開聞岳

垂水から見た開聞岳です。


〉〉〉今日の音楽〈〈〈

「プログレ」ということばに対して、深い愛も憎しみもないとは思っているのですが、なぜだか、知らず知らず近づいてしまいます。

2016年のSYN

2016年のSYN。
「清水一登、吉田達也、ナツノミツルによる即興プログレ」

 

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363. 本棚の動物園(2021年11月25日)

本棚の動物園01

 

本棚にあるタイガー立石の本を見ていたら、このまま、動物の名前がタイトルや著者名に含まれている本を並べていくと、本棚が動物園みたくなるかなと、試しに並べ替えてみました。

役に立つ「分類」ではありませんが、タイトルに動物の名前があるだけで、休日のような雰囲気になります。

 

本棚の動物園、あと2段拡張できました。

 

本棚の動物園02

本棚の動物園03

 

やはり、どこかのんびりした印象です。

もうちょっと拡張できそうですが、おおごとになりそうなので、ここで止めておきます。

 

 拾い読み・抜き書き

イギリスの作曲家のフレデリック・ディーリアス(Frederick Delius、1862~1934)は、ポール・ゴーギャン(Paul Gauguin、1848~1903)が南太平洋のタヒチに暮らしていた時期の油彩作品「Nevermore」(1897年)を所有していました。
第一次世界大戦で困窮したとき手放しましたが、亡くなるまで「Nevermore」は特別な存在だったようです。
現在「Nevermore」は、コートールド美術研究所(The Courtauld Institute of Art)が所蔵しています。

ディーリアスのCDジャケットに、その「Nevermore」が使われているものもあります。

 

ディーリアス「ヴァイオリン協奏曲他」(1992年、Argo、ポリドール)

ディーリアス「ヴァイオリン協奏曲他」(1992年、Argo、ポリドール)
ヴァイオリン:タスミン・リトル(Tasmin Little)
ウェールズ・ナショナル・オペラ管弦楽団(Welsh National Opera Orchestra)
指揮:サー・チャールズ・マッケラス(Sir Charles Mackerras)

 

「Nevermore」を所有することがディーリアスにもたらしたものは何だったのだろうかと考えたとき、ジョージ・スタイナー(George Steiner、1929~2020)の一節が頭に浮かびました。
工藤政司訳『G・スタイナー自伝』(1998年、みすず書房)から。

 

 悔いていることがある。一つは、絵を途中でやめたために、木炭やチョークや墨で自分の本に挿絵が描けなかったことである。手には、口にできない真実や喜びの表現ができる。もう一つは、ジュネーヴ大学の私の助手で友人でもあったアミー・ダイクマンがせっかく教えてくれると熱心に言ってくれたのにヘブライ語を学ばなかったことだ。ヘブライ語で読んではじめて、聖書とユダヤ人の内面にじかに触れることができるのだが惜しいことをした。精神の怠慢(アクシデイア)というしかない(今となっては遅いだろうか)。洞察力と如才のなさでは自他ともに許すケンブリッジ大学で、病理学が専門だった同僚が、俺が見てやるからLSDをやってみないか、と誘ってくれたのを断った。これも悔いていることの一つである。そうした麻薬の体験がないせいで、無秩序なわれわれの文化の核心にある破滅と、慰安と、欲望と、苦痛解消の主要な媒介物の一つを想像し、概念化することが今もってできない。しないで終った旅行への悔いもある。一九五〇年代のはじめにロンドンでサラリーマンとして出発したことのこと、シャルダンの絵のどれにも劣らず内向的で神秘的な輝きのあるベン・ニコルソンの小品を買うだけの金(たいした額ではなかった)をどうして借りなかったのだろうか。もし借りていれば、あの絵の清澄な論理をわがものにできたものを、と悔やまれてならない。「金の借り手にも貸し手にもなるな」というポローニアスの戒めを父が守っていたせいかもしれない。
 最近オハイオ州を車で走っていると、土地の不動産屋の看板が目についた。通常は「売約済み」とあるところだが、それには「残念、遅すぎた」と書いてあった。言いえて妙とはまさにこのこと。希望を求める墓石があるとすれば、墓碑銘はこれにかぎるだろう。

 

工藤政司訳『G・スタイナー自伝』(1998年、みすず書房)

■工藤政司訳『G・スタイナー自伝』(1998年、みすず書房)
原著は、George Steiner『ERRATA : An Examined Life』1997年、Weidenfeld & Nicolson。
表紙の絵は、シャルダン((Jean-Baptiste Siméon Chardin、1699~1779))の「読書する哲学者」 。

 

所有したからといって、ベン・ニコルソン(Ben Nicholson、1894~1982) の「あの絵の清澄な論理をわがものにできた」かどうかは分かりませんが、気持ちは分かります。


〉〉〉今日の音楽〈〈〈

 

JON & UTSUNOMIÄ ( )(1998年、HÖREN)01

JON & UTSUNOMIÄ ( )(1998年、HÖREN)02

JON & UTSUNOMIÄ (   )(1998年、HÖREN)

リラックスした音にひたるだけでもいいのですが、この音にふさわしい場所を見つけるために、聴き手も、心身のさびつきを落として、知恵をしぼりたいところです。

犬のジョンと宇都宮泰の共作は、本棚の動物園とは相性がよさそうです。

 

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362. 1940年以降のデント社版ロバート・ギビングス本 その3(2021年11月8日)

『OVER THE REEFS』(1948年、J.M.DENT & SONS) ダストラッパー

 

前回に続いて、デント(J.M.DENT & SONS)社が刊行したロバート・ギビングス(Robert Gibbings, 1889-1958)の本です。
今回は、海洋ものです。
上の写真は、『OVER THE REEFS』(1948年、J.M.DENT & SONS)のダストラッパー。
戦時統制下から平時への移行期につくられた本です。
1948年に、遠い南太平洋の島々の暮らしは、配給の暮らしからはるかに遠い、ここではないどこか、の世界です。

手もとにはギビングスの海洋ものが4冊あります。ダストラッパー付きは『Over The Reefs』だけで、ほかは裸本です。

『A TRUE TALE OF LOVE IN TONGA』(『トンガの真実の恋物語』初版1935年、FABER & FABER)1954年 J.M.DENT & SONS版
『JOHN GRAHAM CONVICT 1824』(『服役囚ジョン・グラハム 1824年』初版1937年、FABER AND FABER)1956年 J.M.DENT & SONS版
『BLUE ANGELS AND WHALES』(『青い天使とクジラ』初版1938年、PEGUIN BOOKS)1946年 J.M.DENT & SONS版
『OVER THE REEFS』(『礁のかなたに』1948年、J.M.DENT & SONS)

 

ギビングスの海洋ものは、ほかに、次の作品もあります。

『IORANA』(『イオラーナ タヒチ紀行』1932年、DUCKWORTH)
『COCONUT ISLAND』(『ココナッツの島』初版1936年、FABER AND FABER)1949年 J.M.DENT & SONS版

『IORANA』は、デントから再版が出ていませんが、ギビングス最初の紀行本。1932年のタヒチへの旅のことが書かれています。
『COCONUT ISLAND』は「The Adventures of Two Children in the South Sea(ふたりの子どもの南洋冒険)」。
いずれもギビングスの木版挿絵が入っています。

 

手もとにある4冊を並べてみます。デント社版が初版ということで、『OVER THE REEFS』から。

 

『OVER THE REEFS』(1948年、J.M.DENT & SONS)

太平洋戦争が終わってすぐ、煩雑な手続きをものともせず、ギビングスは南太平洋の島々をめぐる18か月にわたる旅に出かけます。
その旅の記録です。
ギビングスにとって最後の南洋への旅でもありました。

『OVER THE REEFS』(1948年、J.M.DENT & SONS) 表紙

背にトビウオとオール、表紙の平にハイビスカス。
この取り合わせは鹿児島でも可能ではないかと思ってしまいます。

 

『OVER THE REEFS』(1948年、J.M.DENT & SONS) 見返し

見返しに地図のある本です。
ニュージーランドから、フィジー、トンガ、サモア、トケラウ、クック、ラロトンガ、ソサエティ、タヒチとメラネシア・ポリネシアの島々を渡っていきます。
18か月の旅の航跡です。

 

『OVER THE REEFS』(1948年、J.M.DENT & SONS) 扉01

『OVER THE REEFS』(1948年、J.M.DENT & SONS) 扉02

『OVER THE REEFS』(1948年、J.M.DENT & SONS) 刊記

縦218×横145×幅20ミリ。
240ページ。
12ポイントのギャラモン(Garamond)。版面・幅102ミリ×38行(173ミリ)。
戦時統制下の「Economy Standards」の基準で作られたとの記載はなくなっていますが、組版は「Economy Standards」のスタイルが続いています。
ギビングスの木版挿絵84点。

 

『OVER THE REEFS』(1948年、J.M.DENT & SONS) 冒頭

『OVER THE REEFS』(1948年、J.M.DENT & SONS) のページから01

『OVER THE REEFS』(1948年、J.M.DENT & SONS) のページから02

『OVER THE REEFS』(1948年、J.M.DENT & SONS) のページから03

「椰子の実」のうたが聞こえてきそうです。

思いがけない場所で思いがけない出会いがあるものです。
サモアで、ロバート・ギビングスは、水浴び場で初老の女性から英語で話しかけられます。女性は、フラハティから英語を教わったといいます。
アメリカの記録映画監督ロバート・フラハティ(Robert J. Flaherty、1884~1951)が、サモアで映画『Moana of the South Seas』(『モアナ』、1926年)を撮影したときのことで、映画に出ていたと。ギビングスが映画でタパ布(tapa)を作っていたのは君かと尋ねると、「そう、あれはわたし」と答えます。
偶然というか、ギビングスも「ボブ・フラハティはぼくの古い友人なんだ(Bob Flaherty is an old friend of mine.)」と返します。

『モアナ』は、「ドキュメンタリー」というジャンルにとって歴史的な映画です。「ドキュメンタリー(documentary)」ということばが初めて使われたのが、『モアナ』の映画評だとされているからです。


『OVER THE REEFS』(1948年、J.M.DENT & SONS) のページから04

『OVER THE REEFS』(1948年、J.M.DENT & SONS) のページから05

モノクロゆえの神秘性を感じます。

 

『BLUE ANGELS AND WHALES』(1946年 J.M.DENT & SONS版)

1938年、Penguin Booksの「PELICAN SPECIAL」版が初版。

副題「A RECORD OF PERSONAL EXPERIENCES BELOW AND ABOVE WATER(水中と水上での個人的体験の記録)」
1937年の西インド諸島や紅海での潜水体験をもとに書かれています。

『BLUE ANGELS AND WHALES』(1946年 J.M.DENT & SONS版)表紙

1946年にJ.M.DENT & SONSから新版。
手もとにあるのは青いクロス装の裸本です。

縦219×横144×幅12ミリ。
115ページ。
12ポイントのギャラモン(Garamond)。版面・幅105ミリ×38行(173ミリ)
66点の鉛筆のハーフトーン複製。うち19点はブルーグリーン。

1938年版の挿絵は木版画33と鉛筆画15で構成されていましたが、1946年版は特色のブルーグリーンと黒の2色が使われた、66点の鉛筆画の複製を収録。
より記録的な本にしたいというギビングスの希望で、図版が鉛筆画の複製に変更されています。
網点のあるハーフトーン印刷への変更なので、木版のベタな刷りを好む私のような者にとっては、魅力に欠ける図版の本になっています。

 

『BLUE ANGELS AND WHALES』(1946年 J.M.DENT & SONS版)扉

水中カメラではなく、水中スケッチです。

 

『BLUE ANGELS AND WHALES』(1946年 J.M.DENT & SONS版)刊記

戦時統制下の「Economy Standards」に則って作られています。

 

『BLUE ANGELS AND WHALES』(1946年 J.M.DENT & SONS版)目次

『BLUE ANGELS AND WHALES』(1946年 J.M.DENT & SONS版)冒頭

『BLUE ANGELS AND WHALES』(1946年 J.M.DENT & SONS版)01

『BLUE ANGELS AND WHALES』(1946年 J.M.DENT & SONS版)02

『BLUE ANGELS AND WHALES』(1946年 J.M.DENT & SONS版)03


『A TRUE TALE OF LOVE IN TONGA』(1954年 J.M.DENT & SONS版)

初版は、1935年、FABER & FABERから。

タイトルに続いて「TOLD IN 23 ENGRAVINGS AND 337 WORDS」(23の木版と337語によって語られた)とあります。
1935年版では、333語で、1954年版では337語と、4語増えています。
1935年版はまだ見ていないので、それが何かは把握していません。

『A TRUE TALE OF LOVE IN TONGA』(1954年 J.M.DENT & SONS版) 表紙

1954年の J.M.DENT & SONS 版。
手もとにあるのは裸本です。
縦188×横124×幅8ミリ。
53ページ。
ギビングスの木版挿絵23点。

 

『A TRUE TALE OF LOVE IN TONGA』(1954年 J.M.DENT & SONS版) 扉

『A TRUE TALE OF LOVE IN TONGA』(1954年 J.M.DENT & SONS版) 刊記

『A TRUE TALE OF LOVE IN TONGA』(1954年 J.M.DENT & SONS版) 01

『A TRUE TALE OF LOVE IN TONGA』(1954年 J.M.DENT & SONS版) 02

337語の本文活字は、18ポイントのパーペチュア(Perpetua)。

デント社版のギビングス本は、本文活字がギャラモン(Garamond)なら戦時統制下の仕様、エリック・ギル(Eric Gill、1882~1940)がデザインした活字パーペチュア(Perpetua)を使っていれば、統制の終わった後ということになるようです。


『JOHN GRAHAM CONVICT 1824』(1956年 J.M.DENT & SONS版)

1937年、FABER AND FABER から初版。

19世紀はじめ、オーストラリアへの移住者とアボリジニの「An historical narrative(歴史物語)」です。

『JOHN GRAHAM CONVICT 1824』(1956年 J.M.DENT & SONS版)表紙

1956年にJ.M.DENT & SONSから新版。
手もとにあるのは裸本です。
縦218×横145×幅17ミリ。
xi、129ページ
14ポイントのパーペチュア(Perpetua)。版面・幅93ミリ×32行(157ミリ)。
ギビングスの木版挿絵41点。

 

『JOHN GRAHAM CONVICT 1824』(1956年 J.M.DENT & SONS版)扉

『JOHN GRAHAM CONVICT 1824』(1956年 J.M.DENT & SONS版)刊記

『JOHN GRAHAM CONVICT 1824』(1956年 J.M.DENT & SONS版)01

アイルランド生まれのジョン・グラハム(John Graham)と、スコットランドのオークニイ諸島(Orkney Islands)生まれのエリザ・アン・フレイザー(Eliza Anne Frazer)の2人の記録をもとにした歴史物語です。

 

『JOHN GRAHAM CONVICT 1824』(1956年 J.M.DENT & SONS版)02

『JOHN GRAHAM CONVICT 1824』(1956年 J.M.DENT & SONS版)03

ワライカワセミ(Kookaburra)は、文中でも言及されているのですが、言及のない右ページの動物が、オーストラリアに生息しないキツネザルに見えるのが謎。コアラなら、まだ分かるのですが。
歴史ものなので、実際に取材したスケッチでなく、資料から描いた図版なのでしょうか。

 

『JOHN GRAHAM CONVICT 1824』(1956年 J.M.DENT & SONS版)04

『JOHN GRAHAM CONVICT 1824』(1956年 J.M.DENT & SONS版)05

ジョン・グラハムは、アイルランドで麻を盗んだ罪でオーストラリアに流刑となり、さらにそこでアボリジニ(ギビングスは「aborigines」または「natives」という言葉を使用)の暮らす森へ逃亡します。そこで出会ったアボリジニの女性に「亡夫の生まれ変わり」として認められたことで、アボリジニとともに6年間過ごします。しかし、その生活をあきらめ、オーストラリア東岸のモートン湾に戻ります。そんななか、シドニーからシンガポールに向かうスターリング・キャスル号がスウェイン礁で遭難し、船長やその妻エリザ・アン・フレイザーがアボリジニに捕らえられ奴隷にされているという知らせがモートン湾に届きます。アボリジニの知識を持ち交渉する力があったジョン・グラハムが捜索隊に加わり、スターリング・キャスル号の乗組員やエリザ・アン・フレイザーを取り戻したという出来事が書いた歴史読み物です。

 

     

本棚にある南洋ものを何冊か、引っ張り出してみました。

日本のものは、主に赤道以北のミクロネシアが舞台です。

本棚の南洋もの


『中島敦全集 第三巻』(1974年第七版、文治堂書店)
『中島敦全集 2』(1993年、ちくま文庫)
中島敦『南洋通信』(2001年、中公文庫)
阿部知二『火の島 ジャワ・バリ島の記』(1992年、中公文庫)
『土方久功詩集 青蜥蜴の夢』(1982年、草原社)
コリン・マクフィー 大竹昭子訳『熱帯の旅人 バリ島音楽紀行』(1990年、河出書房新社)

赤道以南が主のギビングスの南洋本とはなかなか交差しませんが、混ぜたら危険です。
ゴジラが誕生するかもしれません。

 

 拾い読み・抜き書き

土方方功(1900~1977)は、母方が薩摩出身ということもあってか、『土方久功詩集 青蜥蜴の夢』(1982年、草原社)には、「薩摩寿司譜」という作品がありました。

     薩摩寿司譜   (一九六四年)

   〇
  寿司桶を作らせけりと
  弟が呼びてふるまう
  酒寿司 上々
   〇
  還暦を過ぎし弟と 少し酒に
  薩摩寿司食いて
  昔語る今宵
   〇
  少し早く 木の芽はなくて
  粉山椒 ふりかけて食す
  薩摩酒寿司
   〇
  木の芽萌ゆる季節となれば
  さつま寿司
  一度はせぬと ものたらぬ我ら
   〇
  木の芽萌ゆる季節となれば
  さつま寿司
  兄弟寄りて 食い来し幾年
   〇
  弟よ 君も還暦を過ぎぬ
  春一夜
  かくて酒寿司に 語らう幾度ぞ
   〇
  さつま寿司
  馳走にもなり みやげにももらい
  帰りし遅夜 心足らえる
   〇
  美知子が
  はじめてつけし薩摩寿司
  ほめてつかわす この寿司 この酒
   〇
  薩摩寿司に親しみて
  まさに六十年
  薩摩の国を 遂に知らぬまま
   〇
  お蔭さま 今年も早く
  酒寿司をあぢわいて
  まづ「安堵」のおもい
   〇
  たたきまぐろ 鯛のうしお汁
  薩摩寿司と
  三拍子あり 酒あり 君あり
   〇
  二十三時過ぎて 妹より
  薩摩寿司届けり
  寝る前なれど 先づは食いけり
  うまし うまし

 

まさに微醺、ほろ酔いです。
幼いころから、薩摩独特の酒寿司の味を知っている人のことばです。

 

     

あっという間に、落葉の季節です。

2021年の落葉

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

コリン・マクフィー 大竹昭子訳『熱帯の旅人 バリ島音楽紀行』(1990年、河出書房新社) があったので、コリン・マックフィー(Colin McPhee、1901~1964)の作品「Tabuh-Tabuhan」を収録したアメリカン・コンポーザーズ・オーケストラのCD『HARRISON/URG/McPHEE』(1995年、Argo)を。

『HARRISON/URG/McPHEE』(1995年、Argo)

Dennis Russell Davies の指揮
American Composers Orchetra
ピアノは、Peter Basquin & Christopher Oldfather

 

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361. 1940年以降のデント社版ロバート・ギビングス本 その2(2021年10月25日)

1953年刊行「川の本」第5作『Coming Down The Seine』(『セーヌ川をくだって』)ジャケット

 

前回に続いて、デント(J.M.DENT & SONS)社が刊行したロバート・ギビングス(Robert Gibbings, 1889-1958)の「川の本(River Books)」です。

写真は、1953年刊行「川の本(River Book)」第5作『Coming Down The Seine』(『セーヌ川をくだって』)のダストラッパー。

今度は、フランスのセーヌ川を下ります。
次作の『TRUMPETS FROM MONTPARNASSE』(『モンパルナスのトランペット』1955年、J.M.DENT & SONS)と対になっています。

 

『COMING DOWN THE SEINE』(『セーヌ川をくだって』1953年、J.M.DENT & SONS)

縦219×横145×幅20ミリ。
217ページ。
本文書体は、13ポイントのパーペチュア(Perpetua)。前回から繰り返しになりますが、エリック・ギル(Eric Gill、1882~1940)がデザインした活字です。
版面・幅101ミリ×33行(162ミリ)。
ギビングスの木版挿絵57点。

「川の本」第6作の『TRUMPETS FROM MONTPARNASSE』(『モンパルナスのトランペット』1955年、J.M.DENT & SONS)と対になっています。

 

『COMING DOWN THE SEINE』02

『COMING DOWN THE SEINE』03

本文は、濃緑の特色で印刷されています。

 

『COMING DOWN THE SEINE』04

『COMING DOWN THE SEINE』05

『COMING DOWN THE SEINE』06

犬とボートで旅する、というのは旅の理想型なのかもしれません。

 

『COMING DOWN THE SEINE』07

『COMING DOWN THE SEINE』08

1940年に発見され、1948年から一時期公開されていたラスコーの洞窟を訪れています。

 

『TRUMPETS FROM MONTPARNASSE』(『モンパルナスのトランペット』1955年、J.M.DENT & SONS)

縦235×横157×幅19ミリ。本のサイズが少し大きくなっています。
201ページ。
本文活字は、14ポイントのパーペチュア(Perpetua)。
版面・幅101ミリ×31行(162ミリ)。
ギビングスの油彩画8点のカラーハーフトーン複製。ギビングスの木版挿絵41点。

パリ左岸モンパルナスに暮らすギビングス。
網点分解されたカラー印刷で、ギビングスの油彩画が複製されています。
本で鉛筆画や油彩画が複製されるときは、網点のあるハーフトーン印刷なので、木版画のベタな刷りを好む私のような者にとっては魅力に欠ける図版の本になってしまいます。

 

『TRUMPETS FROM MONTPARNASSE』01

『TRUMPETS FROM MONTPARNASSE』02

『TRUMPETS FROM MONTPARNASSE』03

『TRUMPETS FROM MONTPARNASSE』04

1955年初版。
ワイン籠にちょっとした享楽のかおりを感じます。

 

『TRUMPETS FROM MONTPARNASSE』05

『TRUMPETS FROM MONTPARNASSE』06

『TRUMPETS FROM MONTPARNASSE』07

レ島の塩の花(フルール・ド・セル)。

 

『TRUMPETS FROM MONTPARNASSE』08

『TRUMPETS FROM MONTPARNASSE』09

このカフェの木版挿絵は、モダンなミステリーの表紙絵になりそうです。


『TILL I END MY SONG』(1957年、『私の歌が終わるまで』J.M.DENT & SONS)

縦219×横142×幅18ミリ。
234ページ。
本文活字は、14ポイントのパーペチュア(Perpetua)。版面・幅101ミリ×31行(162ミリ)。
ギビングスの油彩画のカラー口絵。ギビングスの木版挿絵55点。

最初の「川の本」、『SWEET THAMES RUN SOFTLY』(1940年、J.M.DENT & SONS)と、前後編のように活字・文字組はほぼ揃っていて、17年の時を感じさせないつくりになっています。

『SWEET THAMES RUN SOFTLY』にはじまり、『TILL I END MY SONG』で終わることで、「SWEET THAMES RUN SOFTLY, TILL I END MY SONG(いとしきテムズ川よ、しずかに流れよ、私の歌がおわるまで)」という1行の詩句のなかに、7冊の本が含まれるという形にもなっています。

 

『TILL I END MY SONG』01

『TILL I END MY SONG』02

『TILL I END MY SONG』03

「川の本」各巻に共通して描かれる、水辺の垂直に立つ草。
ジャコメッティやブランクーシらの20世紀彫刻の造形と、共通する感覚を感じます。

 

『TILL I END MY SONG』04

『TILL I END MY SONG』04

1957年初版。「SWEET THAMES RUN SOFTLY, TILL I END MY SONG(いとしきテムズ川よ、しずかに流れよ、私の歌がおわるまで)」というエピグラフではじまります。

 

『TILL I END MY SONG』05

『TILL I END MY SONG』06

『TILL I END MY SONG』07

道具への視線。

 

『TILL I END MY SONG』08

『TILL I END MY SONG』09

最後のページ。
カモは川から飛び去り、「SWEET THAMES RUN SOFTLY, TILL I END MY SONG(いとしきテムズ川よ、しずかに流れよ、私の歌がおわるまで)」
で終わります。

 

この項、次回に続きます。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

アレポス(Arepos)の1999年作品『青いフラスコ』 01

アレポス(Arepos)の1999年作品『青いフラスコ』 02

 

れいちと清水一登が中心の音楽グループ、 アレポス(Arepos)の1999年作品『青いフラスコ』。

ラテン語の回文「SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS」がグループ名の由来になっています。

2020年の映画『TENET テネット』でも使われていました。

 

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360. 1940年以降のデント社版ロバート・ギビングス本 その1(2021年10月24日)

1940年以降のデント社版ロバート・ギビングス本

359. 1980年の「蓮實重彦・山田宏一が選んだ100冊の映画の本」(2021年10月14日)

1980年の「蓮實重彦・山田宏一が選んだ100冊の映画の本」ちらし表

358. 1959年の『ロバート・ギビングスの木版画』(2021年9月29日)

1959年の『ロバート・ギビングスの木版画』表紙

357. 1949年の『パタフィジック万年暦』(2021年9月7日)

1949年の『パタフィジック万年暦』

356. 1982年の Ant On E『THE MOUTH』(2021年8月29日)

1982年の Ant On E の『THE MOUTH』表ジャケット

355. 2003年の佐々木桔梗『日本の肉筆絵入本』(2021年8月16日)

2003年の佐々木桔梗『日本の肉筆絵入本』表紙

354. 2009年~2019年の The Laurence Sterne Trust 企画展箱(2021年8月15日)

354. 2009年~2019年の The Laurence Sterne Trust 企画展箱4つ

353. 1933年の池田さぶろ『財界漫畫遍路』(2021年7月31日)

池田さぶろ『財界漫畫遍路』(1933年9月12日発行、東治書院)表紙

352. 1963年の『さんぎし』10月号(2021年7月25日)

寺師宗一編集兼発行『さんぎし』(1963年10月1日発行、さんぎし発行所)表紙

351. 1985年のデヴィッド・チェンバース編『ジョアン・ハッサル』(2021年6月25日)

1985年のデヴィッド・チェンバース編『ジョアン・ハッサル』

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350. 1955年のアイオナ&ピーター・オピー編『オックスフォード版ナーサリーライムの本』(2021年6月24日)

1955年のアイオナ&ピーター・オピー編『オックスフォード版ナーサリーライムの本』ダストラッパー

349. 1953年のレイノルズ・ストーン編『トマス・ビュイックの木口木版画』(2021年6月1日)

1953年のレイノルズ・ストーン編『トマス・ビュイックの木口木版画』ダストラッパー

348. 1946年の『思索』夏季號(2021年5月27日)

1946年の『思索』夏季號表紙

347. 2019年のBjörn d'Algevey『THE MARVELOUS MOO / MILANO EAGLES』(2021年4月25日)

『THE MARVELOUS MOO』表紙

346. 2014年~2017年の『Uniformagazine』(2021年4月24日)

『Uniformagazine』第1号

345. 2014年の『キュー・ローン(Kew. Rhone.)』の本(2021年4月5日)

『キュー・ローン(Kew. Rhone.)』(2014年、uniformbooks)表紙

344. 2011年のピーター・ブレグヴァド『漂白する流れ(The Bleaching Stream)』(2021年3月28日)

2011年のピーター・ブレグヴァド『漂白する流れ(The Bleaching Stream)』表紙

343. 2006年の『想像のメディアの本(Book of Imaginary Media)』(2021年3月21日)

2006年の『想像のメディアの本(Book of Imaginary Media)』表紙

342. 2006年の『Variantology 2』(2021年3月14日)

2006年の『Variantology 2』表紙

341. 2003年の『幻想博物館(The Phantom Museum)』(2021年3月7日)

2003年の『幻想博物館(The Phntom Museum)』表紙01

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340. 2002年の『The Ganzfeld』(2021年2月28日)

2002年の『The Ganzfeld』表紙022002年の『The Ganzfeld』表紙01

339. 桜島雪景色(2021年2月19日)

桜島雪景色_朝日通

338. 2001年のPeter Blegvad『FILLING TOOTH』(2021年2月18日)

2001年のPeter Blegvad『FILLING TOOTH』表紙

337. 1986年の『Picture Story 2』(2021年2月12日)

1986年の『Picture Story 2』表紙

336. 1985年の『ATLAS ANTHOLOGY III』(2021年2月11日)

1985年の『Atlas Anthology III』

335. 2020年のピーター・ブレグヴァド『Imagine Observe Remember』(2021年2月10日)

2020年のピーター・ブレグヴァド『Imagine Observe Remember』表紙01

334. 1949年の『象ちゃんババアルのおはなし』(2021年1月23日)

1949年の『象ちゃんババアルのおはなし』表紙

333. 2021年の桜島(2021年1月1日)

2021年元旦の桜島

332. 1991年の『ファイル・アンダー・ポピュラー』(2020年12月28日)

1991年の『ファイル・アンダー・ポピュラー』表紙

331. 1992年の『ハマ野毛』(2020年12月27日)

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330. 1913年の『The Imprint』その4(2020年12月12日)

▲『The Imprint』7月号表紙

329. 1913年の『The Imprint』その3(2020年12月12日)

『The Imprint』March 17, 1913 第1巻第3号表紙

328. 1913年の『The Imprint』その2(2020年12月12日)

『The Imprint』2月号表紙

327. 1913年の『The Imprint』その1(2020年12月12日)

『The Imprint』1月号(創刊号)の表紙01

326. 1958年の『佐藤春夫詩集』と『堀口大學詩集』(2020年11月18日)

1958年の『佐藤春夫詩集』と『堀口大學詩集』

325. 2020年のRobert Wyatt & Alfie Benge『Side by Side』(2020年11月3日)

2020年のRobert Wyatt & Alfie Benge『Side by Side』箱表紙

324. 2009年の『Robert Wyatt Anthologie du projet MW』(2020年11月2日)

2009年の『Robert Wyatt Anthologie du projet MW』表紙

323. 1987年の『ROBERT WYATT』(2020年11月2日)

1987年の『ROBERT WYATT』表紙

322. 1931年の『談奇黨(党)』第3号とその異版(2020年10月11日)

1931年の『談奇党』第3号とその異版表紙

321. 1897年の『ペイジェント(The Pageant)』(2020年9月26日)

1897年の『ペイジェント(The Pageant)』表紙

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320. 1896年の『ペイジェント(The Pageant)』(2020年9月20日)

1896年の『ペイジェント』表紙

319. 2020年の台風一過(2020年9月7日)

多賀山椎の実

318. 1937年のモーゼス・スーパー・ファイン(2020年8月21日)

1937年のモーゼス・スーパー・ファイン01

317. 1988~2003年の『青い花』(2020年8月5日)

1988~2003年の『青い花』

316. 1986年のやまぐち・けい『詩文集 白い樹とサモワール』(2020年8月4日)

1986年のやまぐち・けい『詩文集 白い樹とサモワール』

315. 1993年の青山毅『島尾敏雄の本』(2020年7月19日)

1993年の青山毅『島尾敏雄の本』表紙

314. 1934年のアンドレ・ジイド著 淀野隆三訳『モンテエニユ論』(2020年6月21日)

1934年のアンドレ・ジイド著 淀野隆三訳『モンテエニユ論』

313. 1933年の秋朱之介装釘・梶井基次郎『檸檬』(2020年6月10日)

1933年の秋朱之介装釘・梶井基次郎『檸檬』

312. 1973年の『詩稿』24(2020年6月2日)

1973年の『詩稿』24 表紙

311. 1951年の日夏耿之介『明治大正詩史』改訂増補版(2020年5月31日)

1951年の日夏耿之介『明治大正詩史』改訂増補版01 1951年の日夏耿之介『明治大正詩史』改訂増補版02

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310. 1972年のエドワード・ゴーリー『アンフィゴーリー』(2020年5月28日)

エドワード・ゴーリー『アンフィゴーリー』01

309. 2000年の『map』(2020年5月28日)

2000年の『map』

308. 1993年のピート・フレイム『ロック・ファミリー・ツリー完全版』(2020年5月14日)

1993年のピート・フレイム『ロック・ファミリー・ツリー完全版』4冊

307. 1933年の三笠書房の《鹿と果樹》図(2020年4月30日)

1933年の三笠書房の《鹿と果樹》図

306. 1973年の「カンタベリー・ファミリー・ツリー」(2020年4月22日)

1973 THE INCESTUOUS TALES OF CANTERBURY HEADS and sundry country cousins, urban ‘erberts, and Australian nomads

305. 1985年の『星空に迷い込んだ男 - クルト・ワイルの世界』(2020年4月14日)

1985年の『Lost In the Stars - The Music of Kurt Weill』

304. 2010年の『ロンドン・パタフィジック協会会報』第1号(2020年4月4日)

2010年の『ロンドン・パタフィジック協会会報』第1号

303. 1976年の別役実『虫づくし』(2020年3月15日)

1976年の別役実『虫づくし』表紙

302. 1973年の『詩稿 25』と1976年の『詩稿 32』(2020年3月7日)

1973年の『詩稿 25』と1976年の『詩稿 32』

301. 1911年のヘンリー・P・ブイ『日本画の描法』(2020年2月19日)

1911年のヘンリー・P・ブイ『日本画の描法』

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300. 1954年ごろの村 次郎自筆『風の歌』ほか6つの異版(2020年2月15日)

1954年ごろの村 次郎自筆『風の歌』ほか6つの異版

299. 1982年のチャクラ『さてこそ』雑誌広告(2020年1月25日)

1982年のチャクラ『さてこそ』の雑誌広告

298. 2020年1月1日の桜島

2020年1月1日の桜島01

297. 1996年~(未完)の『THE PRINTED HEAD』第4巻(2019年12月31日)

1996年~(未完)の『THE PRINTED HEAD』第4巻

296. 1993年~1996年の『THE PRINTED HEAD』第3巻(2019年12月30日)

1993年~1996年の『THE PRINTED HEAD』第3巻外箱

295. 1992・1993年の『THE PRINTED HEAD』第2巻(2019年12月27日)

1992・1993年の『THE PRINTED HEAD』第2巻

294. 1990・1991年の『THE PRINTED HEAD』第1巻(2019年12月26日)

1990・1991年の『THE PRINTED HEAD』第1巻外箱

293. 1943年の『書物展望』五月號(2019年12月9日)

1943年の『書物展望』五月號・駒村悼追號表紙

292. 1994年の江間章子『ハナコ』(2019年11月30日)

1994の江間章子『ハナコ』表紙カヴァー

291. 1994~1997年の『THE RēR QUARTERLY VOLUME 4』(2019年11月23日)

1994年の『ReR Records Quarterly Vol. 4 No.1』CD01

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290. 1989~1991年の『RēR RECORDS QUARTERLY Vol. 3』(2019年11月23日)

1989年の『RēR Records Quarterly Vol. 3 No.1』表ジャケット

289. 1987~1989年の『Rē RECORDS QUARTERLY Vol. 2』(2019年11月22日)

1987年の『Rē Records Quarterly Vol. 2』Vol1表ジャケ

288. 1989年のアルフレッド・ジャリ『DAYS AND NIGHTS』(2019年11月1日)

1989年の『DAYS AND NIGHTS』表紙

287. 1939年の『東京美術』(2019年10月24日)

1939年の『東京美術』16表紙

286. 1937年の『東京美術』(2019年10月23日)

1937年の『東京美術』12表紙

285. 1994年の渡辺外喜三郎「『カンナ』の流れとともに ―牧祥三先生の手紙―」(2019年10月13日)

渡辺外喜三郎「『カンナ』の流れとともに ―牧祥三先生の手紙」背

284. 1999年の鶴ヶ谷真一『書を読んで羊を失う』(2019年9月27日)

鶴ヶ谷真一の書物エッセイ

283. 2018年の龍星閣『澤田伊四郎 造本一路』と2019年の龍星閣『澤田伊四郎 造本一路 図録編』(2019年9月26日)

2018年の『澤田伊四郎 造本一路』と2019年の『澤田伊四郎 造本一路 図録編』

282. 1949年の鹿児島市清水町の写真(2019年9月23日)

1949年の鹿児島市清水町写真01

現在の清水町

281. 1947年の村松嘉津『プロヷンス隨筆』(2019年9月2日)

1947年の村松嘉津『プロヷンス隨筆』表紙

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280. 1938年のアーサー・ランサム『ツバメの谷(SWALLOWDALE)』(2019年8月31日)

1938年のアーサー・ランサム『ツバメの谷(SWALLOWDALE)』表紙

279. 1978年の天沢退二郎『オレンジ党と黒い釜』(2019年8月30日)

1978年の天沢退二郎『オレンジ党と黒い釜』見返しの地図

278. 1973年の天沢退二郎『光車よ、まわれ!』(2019年7月24日)

1973年の天沢退二郎『光車よ、まわれ!』見返し

277. 1937年のアーサー・ランサム『海へ出るつもりじゃなかった』(2019年6月29日)

1937年のアーサー・ランサム『海へ出るつもりじゃなかった』見返しの地図

276. 1930年のアーサー・ランサム『ツバメ号とアマゾン号』(2019年6月28日)

SWALLOWS & AMAZONS(1932年12月の新装画版第3刷)見返しの地図

275. 1931年のケネス・グレアム『たのしい川べ』E・H・シェパードさし絵版(2019年6月22日)

1931年のケネス・グレアム『たのしい川べ』E・H・シェパードさし絵版見返し

274. 1930年のエリック・ギル旧蔵『THE FLEURON』第7号(2019年6月18日)

1930年のエリック・ギル旧蔵『FLEURON』第7号

273. 2014年の津原泰水『音楽は何も与えてくれない』(2019年5月25日)

2014年の津原泰水『音楽は何も与えてくれない』

272. 1987年の『みなみの手帖』第51号(2019年5月9日)

1987年の『みなみの手帖』第51号~54号

271. 1971年の『みなみの手帖』創刊号(2019年5月9日)

1971年の『みなみの手帖』創刊号~4号

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270. 1913年のラルフ・ホジソン詩集『THE MYSTERY』(2019年5月8日)

1913年のラルフ・ホジソン詩集『THE MYSTERY』表紙

269. 1928年の『ザ・バーリントン・マガジン』4月号(2019年4月7日)

『Burlington Magazine(バーリントン・マガジン)』の1928年4月号

268. 1936年の井上和雄『寶舩考(宝船考)』(2019年3月19日)

1936年の井上和雄『寶舩考』長田神社にて

267. 1939年の井上和雄『書物三見』(2019年3月18日)

1939年の井上和雄『書物三見』長田神社にて

266. 1947年の『詩學』11・12月號(2019年3月7日)

1947年の『詩學』11・12月號

265. 1992年の『児玉達雄詩十二篇』(2019年3月3日)

1992年の『児玉達雄詩十二篇』と1994年『第二収』

264. 1958年の『森の泉 作品集 8』(2019年3月2日)

1958年の『森の泉 作品集 8』表紙

263. 1973年ごろの村 次郎詩集『風の歌』筆写版(2019年3月1日)

1973年ごろの村次郎詩集『風の歌』筆写版表紙

262. 1956年の『対話』(2019年2月27日)

1956年~1959年の『対話』

261. 1971年の『浜田遺太郎詩集』(2019年2月26日)

1971年の『浜田遺太郎詩集』箱表紙

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260. 1971年の福石忍詩集『遠い星』(2019年2月25日)

1971年の福石忍詩集『遠い星』箱表紙

259. 1961年の『詩稿』1号(2019年2月24日)

1961年の『詩稿』1号2号3号

258. 1966年の『詩稿』10号(2019年2月22日)

1966年の『詩稿』10号表紙

257. 1967年の『詩と批評』11月号(2019年2月21日)

1967年の『詩と批評』11月号表紙

256. 1934年の秋朱之介の裳鳥会刊『棟方志功画集』広告(2019年2月7日)

1934年の秋朱之介の裳鳥会刊『棟方志功画集』広告

255. 1934年の有海久門詩集『人生を行く』(2019年2月6日)

1934年の有海久門詩集『人生を行く』箱と表紙

254. 2018年の「言語と美術――平出隆と美術家たち」展のフライヤー・リーフレット(2019年1月21日)

2018年の「言語と美術――平出隆と美術家たち」展のフライヤー・リーフレット

253. 1981年の『浮世絵志』復刻版(2019年1月21日)

大曲駒村編輯の『浮世絵志』復刻版

252. 2019年1月1日の桜島

2019年1月1日桜島早朝a

251. 1942年の昭南書房版・石川淳『山櫻』(2018年12月16日)

1942年の昭南書房版・石川淳『山桜』表紙

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250. 1986年の『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 3』予約購入者へのおまけ(2018年12月5日)

1986年の『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 3』予約購読者へのおまけ

249. 2013年のサジー・ローチェ文/ジゼル・ポター絵『バンドやろうよ?』(2018年11月14日)

Suzzy Roche & Giselle Potter『Want To Be In A Band?』表紙

248. 1984年のNovember Books『The Christmas Magazine』(2018年11月12日)

1985年のNovember Books『Christmas Magazine』(1984年)広告

247. 1934年の倉田白羊『雜草園』(2018年10月24日)

1934年の倉田白羊『雜草園』

246. 1980年の鈴木清順『ツィゴイネルワイゼン』(2018年10月4日)

1980年の鈴木清順『ツィゴイネルワイゼン』マッチ01

245. 1931年~1932年の『古東多万(ことたま)』目次(2018年9月29日)

『古東多万』の第一年第二號目次

244. 1931年『古東多万(ことたま)』第一號(2018年9月20日)

1931年『古東多万(ことたま)』第一號

243. 1931年~1932年の『古東多万』の紙ひも綴じと糸綴じ(2018年8月31日)

1931年『古東多万』第1号

242. 2018年の『PETER BLEGVAD BANDBOX』(2018年8月10日)

2018年の『PETER BLEGVAD BANDBOX』外箱01

241. 1942年の新村出『ちぎれ雲』(2018年7月23日)

1942年の新村出『ちぎれ雲』表紙

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240. 1935年の『The Dolphin』誌第2号(2018年7月23日)

1935年の『The Dolphin』誌第2号

239. 1960年の石邨幹子訳 マリイ・ロオランサン『夜たちの手帖』特製本(2018年7月13日)

1960年のマリイ・ロオランサン『夜たちの手帖』特装本と普通本

238. 1934年の木下杢太郎『雪櫚集』(2018年7月12日)

1934年の木下杢太郎『雪櫚集』

237. 1992年の岡澤貞行『日々是趣味のひと』(2018年6月22日)

1992年の岡澤貞行『日々是趣味のひと』箱表紙

236. 1981年の『清水卓詩抄』(2018年6月21日)

1981年の『清水卓詩抄』表紙

235. 1978年のゲーリー・スナイダー『亀の島』サカキナナオ訳 (2018年5月30日)

1978年のゲーリー・スナイダー『亀の島』サカキナナオ訳表紙

234. 1956年の山中卓郎『坂の上』(2018年5月11日)

1956年の山中卓郎『坂の上』表紙

233. 1936年の柳亮『巴里すうぶにいる』(2018年5月9日)

1936年の柳亮『巴里すうぶにいる』

232. 1956年の『POETLORE(ポエトロア)』第8輯(2018年4月30日)

1956年の『POETLORE(ポエトロア)』第8輯

231. 1960年の石邨幹子訳 マリイ・ロオランサン『夜たちの手帖』(2018年4月5日)

1960年のマリー・ローランサン『夜たちの手帖』

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230. 1983年の高野文子『おともだち』(2018年4月4日)

高野文子『おともだち』表紙とアンドレ・マルティ挿画の『青い鳥』

229. 1936年の堀口大學譯『マリイ・ロオランサン詩畫集』(2018年4月4日)

1936年の堀口大學譯『マリイ・ロオランサン詩畫集』

228. 1936年の東郷青児『手袋』(2018年3月27日)

1936年の東郷青児『手袋』

227. 1990年の江間章子『タンポポの呪咀』(2018年3月16日)

1990年の江間章子『タンポポの呪詛』

川内まごころ文学館「川内の生んだもう一人の出版人」秋朱之介関連新収蔵資料展示

226. 1934年の山口青邨『花のある隨筆』(2018年2月12日)

1934年の山口青邨『花のある隨筆』

225. 1934年の水原秋櫻子『定型俳句陣』(2018年2月12日)

1934年の水原秋櫻子『定型俳句陣』

224. 1934年の山口青邨『雜草園』(2018年2月12日)

1934年の山口青邨『雜草園』

223. 1933年の富安風生『草の花』(2018年2月12日)

1933年の富安風生『草の花』

222. 1943年の昭南書房版『かの子短歌全集 第一巻』(2018年1月28日)

1943年の昭南書房版『かの子短歌全集 第一巻』表紙

221. 2017年のピーター・ブレグヴァド『GO FIGURE』(2018年1月20日)

2017年のピーター・ブレグヴァド『Go Figure』

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220. 1990年のピーター・ブレグヴァド『King Strut』(2018年1月20日)

1990年のピーター・ブレグヴァド『King Strut』

219. 1983年のピーター・ブレグヴァド『The Naked Shakespeare』(2018年1月20日)

ピーター・ブレグヴァド『The Naked Shakespeare』

218. 鶴丸城跡堀のカワセミ(2018年1月1日)

鶴丸城跡堀のカワセミ01

217. 1936年の伸展社版『醉ひどれ船』ちらし(2017年12月30日)

1936年の伸展社版『醉ひどれ船』ちらし

216. 1869年の「稚櫻豊暐姫命塚」(2017年11月18日)

1869年の「綾御衣裏寧姫命塚」

215. 1813年の金剛嶺石碑(2017年11月18日)

1813年の金剛嶺石碑

214. 1667年のタンタドの観音石像(2017年11月18日)

1667年のタンタドの観音石像

213. 1981年のScritti Politti「The "Sweetest Girl"」(2017年11月6日)

1981 C81

212. 1903年の川上瀧彌・森廣『はな』(2017年10月29日)

1903年の川上瀧彌・森廣『はな』

211. 1982年のThe Ravishing Beauties「Futility」(2017年10月17日)

1982年Mighty Reel

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210. 1925年の西谷操「狼は吠える」(2017年10月8日)

1925年の西谷操「狼は吠える」

209. 1992年の『ホテル・ロートレアモン』(2017年9月15日)

1992年の『ホテル・ロートレアモン』

208. 1935年の堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』(2017年8月29日)

1935年の堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』

207. 2016年の『SELECTED SONGS by SLAPP HAPPY』 ILLUSTRATED by PETER BLEGVAD(2017年8月17日)

『SELECTED SONGS by SLAPP HAPPY』

206. 1931年の佐藤春夫『魔女』(2017年7月25日)

1931年の佐藤春夫『魔女』

205. 1985年の『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』の予約購読者へのおまけ(2017年6月27日)

1985年の『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』の予約購読者へのおまけ

204. 1985~1986年の『Rē Records Quarterly Vol. 1』(2017年5月28日)

Rē Records Quarterly Vol. 1 No.1 back

203. 1932年の池田圭『詩集技巧』(2017年4月27日)

1932年の池田圭『詩集技巧』表紙

202. 2011年の『Emblem of My Work』展カタログ(2017年4月3日)

2011年の『Emblem of My Work』展カタログ

201. 1928年の佐佐木信綱・佐佐木雪子『竹柏漫筆』(2017年3月17日)

1928年の佐佐木信綱・佐佐木雪子『竹柏漫筆』背

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200. 千駄木の秋朱之介寓居から小日向の堀口大學の家まで(2017年3月16日)

小日向の鷺坂

199. 2009年の『黒いページ』展カタログ(2017年2月14日)

2009年の『黒いページ』展カタログ

198. 1934年の『西山文雄遺稿集』(2017年1月31日)

1934年の『西山文雄遺稿集』

197. 1967年の『笑いごとじゃない』(2017年1月14日)

1972年の『笑いごとじゃない』

196. 2017年1月1日の桜島

2017年1月1日の桜島01

195. 1978年のキャシー・アッカーの声(2016年12月31日)

2016年Peter Gordon & David van Tieghem「Winter Summer」裏ジャケット

194. 1934年のポオル・ジェラルデイ著・西尾幹子訳『お前と私』(2016年12月19日)

1934年のポオル・ジェラルデイ著・西尾幹子訳『お前と私』

193. 1974年の富岡多恵子『壺中庵異聞』(2016年12月15日)

1974年の富岡多恵子『壺中庵異聞』

192. 1995年の峯村幸造『孤拙優游』(2016年11月30日)

1995年の峯村幸造『孤拙優游』

191. 1980年の今井田勲『雑誌雑書館』(2016年10月27日)

1980年の今井田勲『雑誌雑書館』箱表紙

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190. 1971年の『海』の表紙(2016年10月24日)

1971年の『海』01

189. 1975年の堀口九萬一著・堀口大學訳『長城詩抄』(2016年10月17日)

1975年の堀口九萬一著・堀口大學訳『長城詩抄』

188. 1936年の『木香通信』6月号(2016年9月26日)

1936年の『木香通信』六月号

187. 1936年のモラエス『おヨネと小春』(2016年9月4日)

1936年のモラエス『おヨネと小春』箱と表紙

186. 1927年の『藝術市場』―避暑地ロマンス号(2016年8月19日)

1927年の『藝術市場』

185. 1968年の天沢退二郎『紙の鏡』(2016年8月5日)

1968年の天沢退二郎『紙の鏡』

184. 1970年の天沢退二郎『血と野菜 1965~1969』(2016年8月4日)

1970年の天沢退二郎『血と野菜』

183. 1946年のダーウィン夫妻『イッシイブッシイとトップノット』(2016年7月29日)

1946年のダーウィン夫妻『イッシイブッシイとトップノット』

182. 1990年のジョン・グリーヴス『ローズ・セ・ラ・ヴィ』(2016年7月21日)

1990年のジョン・グリーヴス『ローズ・セ・ラ・ヴィ』

181. 1953年の片山廣子『燈火節』(2016年5月18日)

1953年の片山廣子『燈火節』

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180. 1907年の『シャナヒー』年刊版第2巻(2016年5月17日)

1907年の『シャナヒー』年刊版第2巻

179. 1906年の『シャナヒー』年刊版第1巻(2016年5月16日)

1906年の『シャナヒー』年刊版第1巻

178. 1904年の『アイルランドの丘で狩りをする妖精女王マブ』(2016年5月10日)

1904Queen Maeve

177. 1942年の野村傳四『大隅肝屬郡方言集』(2016年4月28日)

野村傳四『大隅肝屬郡方言集』表紙

176. 1926年ダックワース版のハドソン『緑の館』(2016年4月22日)

1926GreenMansions01

175. 1948年のバーナード・ダーウィン『のんきな物思い』(2016年3月17日)

1948Every Idle Dream

174. 1989年の天沢退二郎詩集『ノマディズム』(2016年2月23日)

1989年の天沢退二郎詩集『ノマディズム』

173. 1946年と1956年の『折々のナーサリーライム』(2016年2月18日)

1946年と1956年の『折々のナーサリーライム』

172. 1935年のダーウィン夫妻『トゥトロ氏と仲間たち』(2016年1月24日)

1935年のダーウィン夫妻『トゥトロ氏と仲間たち』表紙

171. 桜島雪景色(2016年1月24日)

2016年1月24日桜島雪景色

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170. 1927年のダーウィン夫妻『トゥトロ・トゥ』(2016年1月18日)

1927年のダーウィン夫妻『トゥトロ・トゥ』表紙

169. 1966年の天沢退二郎『時間錯誤』(2016年1月17日)

1966年の天沢退二郎『時間錯誤』表紙

168. 1925年のダーウィン夫妻『トゥトロ氏のおはなし』(2016年1月12日)

1925 The Rale Of Mr Tootleoo 表紙

167. 2016年1月1日の桜島

2016年1月1日桜島

166. 1964年のミス・リード編『カントリー・バンチ』(2015年12月31日)

1964 Miss Read Country Bunch

165. 1924年のジェフリー・ケインズ『サー・トマス・ブラウン書誌』(2015年12月12日)

A BIBLIOGRAPHY OF SIR THOMAS BROWNE

164. 1975年のAllen Toussaint 『Southern Nights』(2015年11月16日)

1975 Allen Toussaint Southern Nights

163. 1968年の松下竜一『豆腐屋の四季』(2015年11月11日)

1968松下竜一『豆腐屋の四季』

162. 1963年の天沢退二郎詩集『夜中から朝まで』(2015年11月10日)

天沢退二郎詩集『夜中から朝まで』

161. 1984年の品川力『本豪落第横丁』(2015年10月1日)

1984年の品川力『本豪落第横丁』

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160. 2015年のユニティー・スペンサー『アーチストになれて運がよかった』(2015年9月30日)

Unity Spencer『Lucky to be an Artist』

159. 1961年の天沢退二郎詩集『朝の河』(2015年8月30日)

1961年天沢退二郎詩集『朝の河』表紙

158. 1972年の『天澤退二郎詩集』(2015年8月29日)

1972天澤退二郎詩集外箱

157. 初夏の七郎すもも(2015年7月24日)

七郎すもも01

156. 1979年のPeter Gabriel「Here Comes The Flood」(2015年7月23日)

1979 Peter Gabriel Here Comes the Flood

155. 1940年の松崎明治『ANGLING IN JAPAN (日本ノ釣)』(2015年6月18日)

1940 ANGLING IN JAPAN Cover

154. 2000年のクリンペライ『不思議の国のアリス』ジャケット(2015年4月25日)

2000 Klimperei Alice au Pays des Merveilles

153. 2012年のデヴィッド・アレン『サウンドバイツ 4 ザ レヴェレイション 2012』(2015年3月18日)

soundbites 4 tha reVelation 2012_cover

152. 2012年のダンカン・ヘイニング『トラッドダッズ、ダーティボッパー、そしてフリーフュージョニアーズ』(2015年3月16日)

Trad Dads, Dirty Boppers And Free Fusioneers

151. 1976年のキリル・ボンフィリオリ『Something Nasty In The Woodshed』(2015年1月29日)

1976Bonfiglioli_Something Nasty

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150. 1949年の七高文藝部『啓明』最終刊号(2015年1月18日)

1949年の七高文藝部『啓明』最終刊号

149. 1995年ごろの片岡吾庵堂さん作「翔び鶴」(2015年1月10日)

片岡吾庵堂さんの翔び鶴

148. 1937年のダグラス・コッカレル『製本』(2015年1月5日)

1937Douglas Cockerell_Bookbinding01

147. 2015年1月1日の桜島

2015年1月1日桜島01

146. 1984年のジョージ・オーウェル『1984年』ファクシミリ版(2014年12月30日)

1984Orwell_dustwrapper

145. 1974年の天澤退二郎詩集『譚海』(2014年12月29日)

1974天澤退二郎詩集『譚海』

144. 2001年の岩田宏『渡り歩き』(2014年12月26日)

2001年岩田宏『渡り歩き』

143. 1980年の岩元紀彦監修『追悼文集 伯父 岩元禎』(2014年12月1日)

岩元紀彦監修『追悼文集 伯父 岩元禎』

142. 1985年のエドワード・リア回顧展カタログ(2014年10月7日)

1985Edward Lear01

141. 1977年の辻邦生『夏の海の色』(2014年8月29日)

辻邦生『夏の海の色』

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140. 1974年のロバート・ワイアット『ロック・ボトム』(2014年7月26日)

1974Wyatt_Rock Bottom01

139. 1998年の『河原温 全体と部分 1964-1995』展カタログ(2014年7月16日)

1998河原温_表紙

138. 1913年の半仙子『日當山侏儒戯言』(2014年6月30日)

1913半仙子『日当山侏儒戯言』表紙

137. 1917年の加藤雄吉『尾花集』(2014年6月27日)

1917加藤雄吉_尾花集_表紙

136. 1929年の島津久基『羅生門の鬼』(2014年6月12日)

1929島津久基_羅生門の鬼_箱

135. 1943年の『FLEURON』誌刊行20周年記念に催された食事会のメニュー(2014年4月25日)

1943年『Fleuron』誌20周年昼食会メニュー01

134. 1995年の平田信芳『石の鹿児島』(2014年2月27日)

平田信芳_石の鹿児島

133. 1983年のリチャード・カーライン回顧展カタログ(2014年2月8日)

1983Richard Carline_catalogue

132. 1971年のリチャード・カーライン『ポストのなかの絵』第2版(2014年1月26日)

1971Carline_Post

131. 1994年のウィリー・アイゼンハート『ドナルド・エヴァンスの世界』(2014年1月7日)

1994DonaldEvans_cover

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130. 1978年の雅陶堂ギャラリー「JOSEPH CORNELL展」カタログ(2014年1月5日)

1978Cornell_雅陶堂_cover

129. 2014年1月1日の日の出(2014年1月1日)

2014年1月1日桜島の日の出01

128. 2010年の『クラシック・アルバム・カヴァー』(2013年12月11日)

2010Classic Album Cover_Royal Mail

127. 1934年の『藝術家たちによる説教集』(2013年12月1日)

1934Sermons by Artists_表紙

126. 1926年の南九州山岳會編『楠郷山誌』(2013年11月27日)

1926楠郷山誌_箱表紙

125. 1924年の第七高等学校造士館旅行部『南溟』創刊号(2013年11月26日)

1924南溟_表紙

124. 1974年の講談社文庫版『復興期の精神』(2013年11月17日)

1974年_花田清輝_復興期の精神

123. 1924年の箱入りの志賀直哉『眞鶴』と木村荘八『猫』(2013年11月9日)

1924志賀直哉_真鶴_木村荘八_猫_箱と表紙

122. 1912年ごろのスレイド美術学校のピクニック集合写真(2013年10月17日)

1912 Slade picnic

121. 1929年のアーサー・ウェイリー訳『虫愛づる姫君』(2013年10月8日)

1929Wale_The Lady Who Loved Insects_cover

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120. 2004年の『妄想フルクサス』(2013年9月30日)

2004Mousou Fluxus_cover01

119. 1937年のアーサー・ウェイリー訳『歌の本』(2013年9月22日)

1937_54_Waley Book of Songs

118. 1984年のガイ・ダヴェンポート『「りんごとなし」とその他の短編』(2013年9月12日)

1984Davenport_Apples & Pears

117. 1953年のゴードン・ボトムレイ『詩と劇』(2013年9月10日)

1953GordonBottomley

116. 1905年のゴードン・ボトムレイ『夏至の前夜』(2013年9月9日)

1905MidsummerEve_cover

115. 1985年の『さようなら、ギャングたち』(2013年7月31日)

1985So Long Gangsters

114. 1972年の島尾敏雄『東北と奄美の昔ばなし』(2013年7月14日)

1972東北と奄美の昔ばなし詩稿社

113. 1976年の『ジョセフ・コーネル・ポートフォリオ』(2013年7月4日)

1976Joseph Cornell Portfolio01

112. 1958年のエリナー・ファージョン『想い出のエドワード・トマス』(2013年6月26日)

1958Farjeon_Thomas_Oxford

111. 1887年のローレンス・オリファント『ファッショナブルな哲学』(2013年6月15日)

1887Oliphant_Fashionable Philosophy_cover

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110. 1938年の『聖者の物語』(2013年6月12日)

1938Marty_Histoire Sainte_cover

109. 1975年のハットフィールド・アンド・ザ・ノース『ザ・ロッターズ・クラブ』(2013年6月4日)

1975Hatfield and the North_The Rotters' Club

108. 1982年のアン・テイラー『ローレンス・オリファント 1829-1888』(2013年5月26日)

1982Anne Taylor_Laurence Oliphant

107. 1971年のドナルド・バーセルミ『ちょっとへんてこな消防車』(2013年5月16日)

1971Barthelme_fire engine

106. 1991年のウィリアム・ギブスン&ブルース・スターリング『ディファレンス・エンジン』(2013年5月10日)

1991THE DIFFERENCE ENGINE

105. 1992年の『五代友厚・寺島宗則・森有礼』(2013年5月8日)

1992reimeikan_mori arinori

104. 1957年の木山捷平『耳學問』(2013年4月28日)

1957Kiyama Shouhei Mimigakumon

103. 1924年のエドワード・ゴードン・クレイグ『木版画と覚書』(2013年4月23日)

1924 Gordon Craig Woodcuts cover 01

102. 1957年のエドワード・ゴードン・クレイグ『わが生涯の物語へのインデックス』(2013年4月17日)

1957Index_Gordon Craig

101. 1900年ごろのホフマン『英語版もじゃもじゃペーター』(2013年4月8日)

1900Struwwelpeter_cover

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100. 1959年の『グウェン・ラヴェラの木版画』(2013年3月26日)

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99. 1977年の『レイノルズ・ストーン木版画集』(2013年3月24日)

1977ReynoldsStone_titlepage

98. 1981年の『九百人のお祖母さん』(2013年3月23日)

1981_900grandmothers

97. 1938年の『風車小屋だより』(2013年3月19日)

1938Daudet_Moulin_cover

96. 1935年の『薩藩の文化』(2013年3月13日)

1935Satsuma_bunka_cover

95. 1981年の『土曜日の本・傑作選』(2013年3月12日)

1981SaturdayBook_wrapper

94. 1975年の『土曜日の本』(2013年3月11日)

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93. 1973年の『土曜日の本』(2013年3月10日)

1973SaturdayBook_wrapper

92. 1972年の『土曜日の本』(2013年3月9日)

1972SaturdayBook_box_wrapper

91. 1971年の『土曜日の本』(2013年3月8日)

1971SaturdayBook_wrapper

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90. 1970年の『土曜日の本』(2013年3月7日)

1970SaturdayBook_wrapper

89. 1969年の『土曜日の本』(2013年3月6日)

1969SaturdayBook_box_wrapper

88. 1968年の『土曜日の本』(2013年3月5日)

1968SaturdayBook_box_wrapper

87. 1967年の『土曜日の本』(2013年3月4日)

1967SaturdayBook_wrapper

86. 1966年の『土曜日の本』(2013年3月3日)

1966SaturdayBook_box_wrapper

85. 1965年の『土曜日の本』(2013年3月2日)

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84. 1988年のケヴィン・エアーズのライブ(2013年3月1日)

1978KevinAyers_RainbowTakeaway

83. 1964年の『土曜日の本』(2013年2月28日)

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82. 1963年の『土曜日の本』(2013年2月27日)

1963SaturdayBook_wrapper

81. 1962年の『土曜日の本』(2013年2月26日)

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80. 1961年の『土曜日の本』(2013年2月25日)

1961SaturdayBook_box_wrapper

79. 1960年の『土曜日の本』(2013年2月24日)

1960SaturdayBook_wrapper

78. 1959年の『土曜日の本』(2013年2月23日)

1959SaturdayBook_box_wrapper

77. 1958年の『土曜日の本』(2013年2月22日)

1958SaturdayBook_box_wrapper

76. 1957年の『土曜日の本』(2013年2月21日)

1957SaturdayBook_box_wrapper

75. 1956年の『土曜日の本』(2013年2月20日)

1956SaturdayBook_box_wrapper

74. 1955年のオリーヴ・クックとエドウィン・スミス『コレクターズ・アイテム』(2013年2月19日)

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73. 1955年の『土曜日の本』(2013年2月18日)

1955SaturdayBook_box_wrapper

72. 1954年の『土曜日の本』(2013年2月17日)

1954SaturdayBook_box_wrapper

71. 1953年の『土曜日の本』(2013年2月16日)

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70. 1952年の『土曜日の本』(2013年2月15日)

1952SaturdayBook_wrapper

69. 1951年の『土曜日の本』(2013年2月14日)

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68. 1951年の『現代の本と作家』(2013年2月13日)

1951ModernBooksWriters_cover

67. 1950年の『土曜日の本』(2013年2月12日)

1950SaturdayBook_wrapper

66. 1949年の『土曜日の本』(2013年2月11日)

1949SaturdayBook_wrapper

65. 1948年の『土曜日の本』(2013年2月10日)

1948SaturdayBook_wrapper

64. 1947年の『土曜日の本』(2013年2月9日)

1947SaturdayBook_wrapper

63. 1946年の『土曜日の本』(2013年2月8日)

1946SaturdayBook_wrapper

62. 1945年の『土曜日の本』(2013年2月7日)

1945SaturdayBook_wrapper

61. 1944年の『土曜日の本』(2013年2月6日)

1944SaturdayBook_cover

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60. 1943年の『土曜日の本』(2013年2月5日)

1943SaturdayBook_wrapper

59. 1942年の『土曜日の本』(2013年2月4日)

1942SaturdayBook_cover

58. 1936年の『パロディ・パーティー』(2013年2月3日)

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57. 1941年の『土曜日の本』(2013年2月2日)

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56. 1953年ごろの『スティーヴンス=ネルソン社の紙見本帖』(2013年1月31日)

1953Specimens_cover

55. 1945年の岸田日出刀『建築學者 伊東忠太』(2013年1月29日)

1945Kishida_Ito Chuta

54. 1912年のチャールズ・T・ジャコビの『本と印刷についての覚書』(2013年1月27日)

1912CTJacobi_Books and Printing

53. 1903年の岡倉覚三『東洋の理想』(2013年1月26日)

1903Okakura_The Ideals Of The East

52. 1895年のウィリアム・モリス『世界のかなたの森』(2013年1月25日)

1895Morris_WoodBeyondTheWorld_title

51. 1969年ごろの『モノタイプ社印刷活字見本帖』(2013年1月23日)

1969MonotypeSpecimen

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50. 1958年の小沼丹『黒いハンカチ』(2013年1月22日)

1958OnumaTan_BlackHandkerchief

49. 1902年のゴードン・ボトムレイ『夜さけぶもの 一幕劇』(2013年1月21日)

1902Bottomley_Crier_cover

48. 1955年の『詩人と画家 ゴードン・ボトムレイとポール・ナッシュの往復書簡』(2013年1月20日)

1955Bottomley_Nash_Correspondence

47. 1945年のトム・ジェントルマン『ブラエ農場』(2013年1月19日)

1945BraeFarm_cover01

46. 1957年の岩波書店版『漱石全集 書簡集一~五』(2013年1月18日)

1957Souseki_letters

45. 1980年のノエル・キャリントン『キャリントン 絵・素描・装飾』(2013年1月17日)

1980Noel Carrington

44. 1970年の『キャリントン 手紙と日記抜粋』(2013年1月16日)

1970Carrington

43. 1892年のマードック,バートン,小川『アヤメさん』(2013年1月15日)

1892Ayame-san01

42. 1910年のポンティング『この世の楽園・日本』(2013年1月14日)

1910Ponting_ LOTUS-LAND JAPAN

41. 1987年のデヴィッド・マッキッタリック『カーウェン・パターン紙の新見本帖』(2013年1月13日)

1987_A New Specimen Book of Curwen Pattern Papers

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40. 1969年の『岩下壮一 一巻選集』(2013年1月12日)

1969IwashitaSoichi

39. 1860年のモクソン版『アルフレッド・テニスン詩集』(2013年1月11日)

1860Moxon_Tennyson

38. 1980年のヤング・マーブル・ジャイアンツ『言葉と絵』(2013年1月10日)

1980YMG

37. 1927年の『七高さん』(2013年1月9日)

1927_7kousan

36. 1936年のグウェン・ラヴェラ『逃亡』(2013年1月8日)

1936Runaway_Raverat

35. 1899年のメアリ・フェノロサ『巣立ち』(2013年1月7日)

1899OutOfTheNest

34. 1906年のメアリ・フェノロサ『龍の画家』(2013年1月6日)

1906DragonPainter

33. 1961年のジュニア鹿児島編『ニコニコ郷土史』(2013年1月5日)

1961niconico_history

32. 1940年のジョン・ファーリー『刻まれたイメージ』(2013年1月4日)

1940JohnFarleigh

31. 1939年と1946年の『トワエモワ』(2013年1月3日)

1939ToiEtMoi

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30. 1963年の『シルヴィア・ビーチ 1887-1962』(2013年1月2日)

1963SylviaBeach

29. 謹賀新年(2013年1月1日)

2013HappyNewYear

28. 1984年のカトラー文・ベンジ絵『ニワトリになったハーバートくん』(2012年12月31日)

1984Cutler_Benge

27. 1970年のアーサー・ウェイリー『Madly Singing in the Mountains』(2012年12月30日)

1970ArthurWaley

26. 1925年のウェイリー訳『源氏物語』(2012年12月29日)

1925Genji_Waley

25. 1931年のウィリアム・ローゼンスタイン『人と思い出』(2012年12月28日)

1931WillRothenstein

24. 1949年の梅花艸堂主人『夢』(2012年12月27日)

1949Baikasodo_yume

23. 1947年の加藤一雄『無名の南畫家』(2012年12月26日)

kato_mumeinonangaka1947

22. 1963年の岩本堅一『素白随筆』(2012年12月25日)

sohakuzuihitsu1963

21. 1978年のブライアン・イーノ&ピーター・シュミット『オブリーク・ストラテジーズ』(2012年11月2日)

Oblique Strategies1978

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20. 1982年のロバート・ワイアット『シップビルディング』(2012年10月30日)

Wyatt_Shipbuilding1982

19. 2000年のピーター・ブレグヴァド『リヴァイアサンの書』(2012年10月29日)

Blegvad_leviathan2000

18. 1910年のジェームズ・マードック『日本史・第一巻』(2012年10月27日)

Murdoch_Japan1910

17. 1903年のジェームズ・マードック『日本史』(2012年10月26日)

Murdoch_Japan1903

16. 1861年のエドモンド・エヴァンス『THE ART ALBUM』(2012年10月24日)

Evans1861_Art Album

15. 1898年のカーライル『衣装哲学』(2012年10月23日)

Sartor Resartus

14. 1861年のジョン・ジャクソン『木版論』(2012年10月22日)

Jackson_Chatto_Wood Engraving

13. 1937年のフランシス・ブレット・ヤング『ある村の肖像』(2012年10月21日)

Young_Hassall_Portrait of a Village

12. 1974年の坂上弘『枇杷の季節』(2012年10月20日)

坂上弘_枇杷の季節

11. 1952年のグウェン・ラヴェラ『Period Piece』(2012年10月19日)

Raverat_Period Piece

10. 1919年の『ルパート・ブルック詩集』(2012年10月16日)

Rupert Brooke Raverat

09. 1942年の松崎明治『釣技百科』(2012年10月14日)

matuzaki_tyougyo1942

08. 1966年のキース・ロバーツ『パヴァーヌ』(2012年10月11日)

impulse1966

07. 1983年の島尾ミホ『海嘯』(2012年10月11日)

simaohiho_kaishou

06. 1933年の内田百間『百鬼園随筆』 (2012年10月11日)

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05. 1964年のケヴィン・エアーズ最初の詩集(2012年10月10日)

1964Ayers_Bookle

04. 1936年の「国際シュルレアリスト広報」第4号(2012年10月9日)

1936SurrearistBulletin

03. 1921年のクロード・ローヴァット・フレイザー(2012年10月8日)

The Luck of the Bean-Rows

02. 1899年と1904年の『黄金時代』(2012年9月26日)

1904年の『黄金時代』表紙

01. 1945年の『青い鳥』(2012年9月22日)

青い鳥01


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