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 しばらく「20世紀書店」が続きます。ほかの世紀にもお邪魔します。

 

285. 1994年の渡辺外喜三郎「『カンナ』の流れとともに ―牧祥三先生の手紙―」(2019年10月13日)

渡辺外喜三郎「『カンナ』の流れとともに ―牧祥三先生の手紙」背


2019年10月10日の『南日本新聞』掲載の死亡記事によれば、鹿児島大学の国文学の先生で、中勘助(1885~1965)の研究者だった渡辺外喜三郎さんが、「鹿児島市の介護施設で2017年10月14日、老衰のため亡くなった」そうです。95歳。
亡くなられて2年経ってからの公表でした。 (以下敬称略)

写真の本「『カンナ』の流れとともに ―牧祥三先生の手紙―」(1994年3月25日、勘奈庵)は、渡辺外喜三郎(1922~2017)が主宰していた鹿児島の文芸同人誌『カンナ』(1953年『薩南文学』として創刊~1997年第143号終刊)のあゆみを、その同人誌を送り続けていた牧祥三との往復書簡を通してたどった、1冊です。

牧祥三(1907~2013)は、1929年から1954年まで、第七高等学校造士館、鹿児島大学文理学部でドイツ語を教えていました。その後、京都の立命館大学にうつり、大阪外語大学の学長を務めた人で、渡辺外喜三郎は七高生時代に牧祥三からドイツ語を学んでいます。

「『カンナ』の流れとともに ―牧祥三先生の手紙―」は、七高時代の先生と教え子の、1954年から1993年までの約40年間にわたる、文学をめぐる交歓の記録であり、そこから『カンナ』の作品や作家の姿がかいま見えてくる構成になっています。

『カンナ』の105号(1983年5月)から137号(1994年3月)まで、「牧先生の手紙」というタイトルで連載されていました。

手もとにある本は、「第258回 1966年の『詩稿』10号(2019年2月22日)」から「第265回 1992年の『児玉達雄詩十二篇』(2019年3月3日)」で取り上げた児玉達雄(1929~2018)に、渡辺外喜三郎から贈られた献呈本です。
鹿児島の古本屋で入手しました。

 

渡辺外喜三郎「『カンナ』の流れとともに ―牧祥三先生の手紙」(1994年3月25日、勘奈庵)扉

▲渡辺外喜三郎「『カンナ』の流れとともに ―牧祥三先生の手紙」(1994年3月25日、勘奈庵)扉
児玉達雄は、『カンナ』の同人でもあり、牧祥三も、渡辺外喜三郎宛の書簡で《児玉達雄氏の家伝に材を置いた小篇は、今迄のこの作家のすこし難解な、しかし又独自の魅力をもった歴史小品とちがって、彼の複雑な思いがこめられているようです。私は「カンナ」の誌上を、この有能な人がふたたび賑わすようになったことを大変よろこび期待しています》(1988年3月4日)などと感想をのべています。

こうした文章を読むと、児玉達雄に同時代の読み手がいたのだなと、ちょっと安心します。
一方で、「有能な人」という評価は、児玉達雄が、その才を生かし切れなかったことを示しているのではないかという、苦みも感じます。

 

渡辺外喜三郎「『カンナ』の流れとともに ―牧祥三先生の手紙」(1994年3月25日、勘奈庵)奥付

▲渡辺外喜三郎「『カンナ』の流れとともに ―牧祥三先生の手紙」(1994年3月25日、勘奈庵)奥付

『南日本新聞』の渡辺外喜三郎の死亡記事では、《55年に季刊の文芸同人誌「カンナ」を創刊》とありました。
何を典拠にしたのか分かりませんが、「『カンナ』の流れとともに ―牧祥三先生の手紙」を読むと、そう単純に言い切れないようです。

『カンナ』は、鹿児島大学文理学部の知覧出身の学生が中心になって、1953年に創刊された『薩南文学』という学生同人誌からはじまり、渡辺外喜三郎は学生からの誘いで参加します。
『薩南文学』は1954年、第6号から『文苑』と改名し、1955年3月発行の第8号で、中心になった学生たちの卒業をむかえ、存続の危機がおとずれます。

卒業生たちが戻ってこれる、よりどころにしようと、1956年5月発行の『文苑』第9号から、渡辺外喜三郎が編集の中心になり、継続されることになります。
『文苑』から『カンナ』に誌名を変えたのは、1964年4月の第35号からになります。

ですから、単純に「創刊」ということであれば1953年、渡辺外喜三郎が編集の中心になった号ということであれば1956年、『カンナ』に誌名変更ということであれば1964年ということになります。

青山毅『古書彷徨』(1989年3月27日発行、五月書房)収録の「渡辺外喜三郎氏と《カンナ》」によれば、青山毅にカンナ創刊の時期を尋ねられた渡辺外喜三郎は、次のように答えています。

「カンナ」の創刊発行年月日ですが、少々ごたごたしますが、この雑誌ははじめ学生同人誌「薩南文学」から出発、六号から「文苑」と改名――その「文苑」は三十四号までつづき、三十五号から「カンナ」となりますが――、私が責任を持ってやるようになったのは「文苑」第九号からで、「カンナ」のほんとうの創刊はそれからだと思っていますので、昭和三十一年五月三十日としてください。

ですから、渡辺外喜三郎主宰の『カンナ』の創刊は、1956年というのが妥当かと思われます。

 

鹿児島の古本屋で中勘助関連の本を買ったときに、ありがちなことですが、渡辺外喜三郎の署名がある本に出会うことが多い気がします。

渡辺外喜三郎編『中勘助随筆集』(1985年6月17日第一刷発行、岩波文庫) 渡辺外喜三郎編『中勘助随筆集』(1985年6月17日第一刷発行、岩波文庫)署名

▲渡辺外喜三郎編『中勘助随筆集』(1985年6月17日第一刷発行、岩波文庫)
ブックオフで購入。短い便りが挟まれていました。

 

渡辺外喜三郎『鶴のごとし ―中勘助の手紙』(1993年4月5日、勘奈庵)背

渡辺外喜三郎『鶴のごとし ―中勘助の手紙』(1993年4月5日、勘奈庵)扉

▲渡辺外喜三郎『鶴のごとし ―中勘助の手紙―』(1993年4月5日、勘奈庵)
1947年から1965年まで、中勘助から渡辺外喜三郎に送られた手紙をまとめた本。
これも献呈本でした。

渡辺外喜三郎『鶴のごとし ―中勘助の手紙―』(1993年4月5日、勘奈庵)奥付

▲渡辺外喜三郎『鶴のごとし ―中勘助の手紙―』(1993年4月5日、勘奈庵)奥付

中勘助から渡辺外喜三郎に送られた手紙のなかで、鹿児島から贈られた食べ物のことが書かれていると、なんだか、おいしそうに見えます。
鹿児島から何を贈るのかの見本にもなっています。

御手紙とかるかん確に頂きました。有り難うございます。かういふ結構なかるかん実ははじめてで一同大喜びで楽しみに賞味してゐます、先刻も皆で薄茶をいれました。(1953年1月18日)

御恵送のカルカン今御存知の下の書斎の暖炉のそばで鵜の話を清書してゐるところへ届きました。厚く御礼申上げます。丁度午後の茶の時間なので家内と早速茶を入れて賞味しました。(1953年12月1日)

暮に御送りいたゞきましたお漬物とても気に入り先日「オイ櫻島大根のお漬物おいしぞ」と元気な声でベッドの上からさけびビツクリいたした程でした。(中勘助代 和子 1956年1月8日)

「文旦漬」あり難う存じました。御めづらしく、ほんとに結構にいたゞきました。病後御酒をいたゞかなくなりましたせいか殊に甘いものを喜ぶやうになりました。(中和子 1956年7月1日)

御立派な鰹節誠に有り難う存じました。お正月用につかはせていたゞきます。(中和子 1956年12月20日)

お珍しいお菓子をお送り下さいまして有り難うございます。早速賞味しました。家の者は皆もともと甘党ですが私も病気以来酒をのみません為か非常な甘党になり皆に驚かれるくらゐよく食べます。時には汁粉の注文を出したりもします。(1957年1月10日)

蜜柑を沢山御送り下さいまして有り難う存じます。(1957年12月13日)

御地名産の文旦漬を御送り下さいまして難有う存じます。(1958年12月22日)

羊羹難有く賞味しました。歯は四月八日に全治、一本とりましたから多少の不便はありますが羊羹なら何事もありません。(1959年5月23日)

あくまき有り難うございます。話にはきいてをりましたが賞味するのは今がはじめてで大層結構に頂きました。昨日届き今朝の朝食に。ちまきに似てよりうまいもの。昔からのかういふものには保存の目的でつくるうちに自然にうま味が出たかと思ふものが色々ありますね。漬物の類など。それからアクを種々に使ふのも興味があります。こんにやくをつくるなど偶然からか、あのシンラツなものをアクで処理して食物にする。アクマキは全く私好み、黄粉が家になかつたので砂糖でたべました。家の者も皆うまがつてたべました。(1959年6月7日)

名物のお菓子をお送り下さいまして有り難うございます。早速賞味しました。(1959年12月27日)

カゴマ名物のアンマクをお送り下すつて有り難うございます。大好物です。(1960年6月5日)

アクマキは皆とても好きで、殊に私はをかしいやうに食べます。(1960年6月7日)

お国名物日田の羊羹有り難うこざいます。家内はもとよりそのほかの者も皆相当の甘党なので大喜びで頂いてをります。(1960年8月23日)

御恵送の文旦漬今届きました。有り難うございます。(1960年12月30日)

アッマキ一昨日、おはがきは今届きました。アッマキは家中とても好きで大喜びで頂いてゐます、まだ一巻残つてゐます。(1961年6月6日)

御地名物の文旦漬と山川漬をお送り下すつて有り難うございます。文旦漬はいつも戴きますし知つてゐますが山川漬といふのは初めてゞ、いかにも私好みらしいので楽しみにしてゐます。(1961年12月14日)

(アクマキの)御心ざしほんとに嬉しく存じます。中も私も妹も大好物になつてしまひましたが、おこしらへになる御手間を思ふとほんとに申譯なく存じます。ほんとにほんとに有難うございました。(中和子 1962年7月2日)

只今は御便りを昨日は大好物の文旦漬をたくさん有難う存じました。(中和子 1962年12月16日)

大好物のあくまきを有り難うございます。丁度、羽島の新茶をもらひましたので毎日楽しみにして賞味してゐます。(1963年6月9日)

好物文旦漬をお送り下さいまして有り難う存じます。(1963年12月17日)

大好物のアクマキをありがとうございます。お葉書も先刻頂きました。アクマキは皆と楽しみに賞味してをります。(1964年5月27日)

御地方名物のうにをお送り下さいまして有り難うございます。厚く御礼申上げます。私は飲みませんので、家の者も一滴ものみませんが、かういふ物は皆大好物ゆゑ大喜びでをります。(1964年12月15日)

 

鹿児島からの「アクマキ」は、当たりの贈り物だったようです。読んでいるだけでも、アクマキに、きなこ砂糖をつけて食べたくなります。
中勘助という存在の魔法でしょうか。


〉〉〉今日の音楽〈〈〈

ペーター・ハントケがノーベル文学賞という報があって、むかし買った本を引っ張り出しました。

ペーター・ハントケ 羽白幸雄訳『不安 ペナルティキックを受けるゴールキーパーの・・・・・・』表紙

ペーター・ハントケ 羽白幸雄訳『不安 ペナルティキックを受けるゴールキーパーの・・・・・・』奥付

▲ペーター・ハントケ 羽白幸雄訳『不安 ペナルティキックを受けるゴールキーパーの・・・・・・』(1979年12月20日 新装第1版発行、三修社)表紙と奥付
1971年に翻訳がでた本の新装版です。
ペーター・ヴァイス 渡辺健 藤本淳雄訳『御者のからだの影・消点』(1979年12月20日 新装第1版発行、三修社)と一緒に新刊で買った記憶があります。
確か大きな帯があったのですが、どんずまりな印象のモノクロ写真の表紙が全部見えた方がいいと思って、はずしたのも覚えています。

あれから40年たってしまったのか、です。

何かペーター・ハントケ的な音楽を、と考えるのですが、ドイツ語圏のレコードは、ほとんど持っていなくて、思い浮かぶのは、ハイナー・ゲッベルス/アルフレード・ハースの作品ぐらいです。

 

HEINER GOEBBELS / ALFRED HARTH『FRANKFURT ― PEKING』(1984年、riskant)ジャケット表

▲HEINER GOEBBELS / ALFRED HARTH『FRANKFURT ― PEKING』(1984年、riskant)ジャケット表

HEINER GOEBBELS / ALFRED HARTH『FRANKFURT ― PEKING』(1984年、riskant)ジャケット裏

▲HEINER GOEBBELS / ALFRED HARTH『FRANKFURT ― PEKING』(1984年、riskant)ジャケット裏

HEINER GOEBBELS / ALFRED HARTH『FRANKFURT ― PEKING』(1984年、riskant)ラベルA面

▲HEINER GOEBBELS / ALFRED HARTH『FRANKFURT ― PEKING』(1984年、riskant)Seite 1

HEINER GOEBBELS / ALFRED HARTH『FRANKFURT ― PEKING』(1984年、riskant)Seito 2

▲HEINER GOEBBELS / ALFRED HARTH『FRANKFURT ― PEKING』(1984年、riskant)Seito 2

続けて、1990年代のグラウンド・ゼロ(GROUND ZERO)『革命京劇』になだれこめば、音楽で世界一周です。
世界をめぐるにも、いろんなルートがあります。

 

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284. 1999年の鶴ヶ谷真一『書を読んで羊を失う』(2019年9月27日)

鶴ヶ谷真一の書物エッセイ


鶴ヶ谷真一の書物エッセイ本は、新刊が出るのが楽しみな本のひとつです。一緒に並べてみました。

鶴ヶ谷真一『書を読んで羊を失う』(1999年10月25日発行、白水社)
鶴ヶ谷真一『猫の目に時間を読む』(2001年12月10日発行、白水社)
鶴ヶ谷真一『古人の風貌』(2004年10月30日発行、白水社)
鶴ヶ谷真一『月光に書を読む』(2008年4月2日初版第1刷、平凡社)
鶴ヶ谷真一『紙背に微光あり』(2011年5月18日初版第1刷、平凡社)
鶴ヶ谷真一『記憶の箱舟』(2019年5月30日発行、白水社)

インターネット以前の書物の世界を、良い意味でのおじさんの蘊蓄を傾けて語る、20世紀的な読書人という印象が強かったのですが、最初の『書を読んで羊を失う』が1999年の刊行ですから、すべてWindows98 以後の本なのが、ちょっと意外な気がします。

新刊の『記憶の箱舟』は、作者がこれまで得意としてきた、「短編」を集めたものでなく、「書物=記憶の箱舟」を手がかりに、「長編」として逡巡し続けるので、「箱舟」というより「断片的な知識の浮遊する茫洋たる大海」に近い文章になっているようにも感じます。

それまでの、端正に、書物と読書の小さい宇宙を描いてきた5冊の書物エッセイに慣れ親しんだ身には、最後の「西行 月の記憶」「柳田国男 地名の記憶」のような独立した短編として読むことができる部分にほっとします。
鶴ヶ谷真一の短編に慣れ親しんだ体が、まだ長編に慣れていないというのが正直なところです。

『書を読んで羊を失う』『猫の目に時間を読む』の1ページの文字組が「40字×15行 13Q」で、『古人の風貌』『月光に書を読む』『紙背に微光あり』では「42字×16行 13Q」と、ゆるやかな随筆に向いた文字組だったものが、『記憶の箱舟』では「45字×18行 13Q」と窮屈になったことも、ある種の読みにくさの原因になっているような気もします。

 

鶴ヶ谷真一『書を読んで羊を失う』(1999年10月25日発行、白水社)

▲鶴ヶ谷真一『書を読んで羊を失う』(1999年10月25日発行、白水社)

 

鶴ヶ谷真一『猫の目に時間を読む』(2001年12月10日発行、白水社)

▲鶴ヶ谷真一『猫の目に時間を読む』(2001年12月10日発行、白水社)

 

鶴ヶ谷真一『古人の風貌』(2004年10月30日発行、白水社)

▲鶴ヶ谷真一『古人の風貌』(2004年10月30日発行、白水社)

 

鶴ヶ谷真一『月光に書を読む』(2008年4月2日初版第1刷、平凡社)

▲鶴ヶ谷真一『月光に書を読む』(2008年4月2日初版第1刷、平凡社)

 

鶴ヶ谷真一『紙背に微光あり』(2011年5月18日初版第1刷、平凡社)

▲鶴ヶ谷真一『紙背に微光あり』(2011年5月18日初版第1刷、平凡社)

読書と縁のうすい人にとって、鶴ヶ谷真一の文章は書物に淫しすぎているように思われるかもしれません。
鶴ヶ谷真一の書物エッセイに登場する、石川巌、岩本素白、柴田宵曲といった名前は、人によってはポルノグラフィの符丁と変わりないのではないかと思ったりします。

 

鶴ヶ谷真一『記憶の箱舟』(2019年5月30日発行、白水社)

▲鶴ヶ谷真一『記憶の箱舟』(2019年5月30日発行、白水社)

『記憶の箱舟』で、もっとも意外だったのは、「あとがき」に「筆者はこれまでインターネットとは無縁で暮らし、その全体像の理解も、メディアとしての分析も手にあまるというほかない」とあったことです。

インターネットが前提となっているテキストがあふれかえっている現在、インターネットと無縁のまま書くことは、衰亡の方法と考える人もいるでしょうが、これは失ってはいけない方法のひとつだとも思います。
「あとがき」は、このように続いています。

 インターネットの蔓延には、微量の居心地の悪さを感じることがある。最近、それが何に起因するものであるかにようやく気がついた。
 索引とインターネットには決定的な違いがあるようだ。索引は一般的な知識を選別して個人化し、自身にも固有の有機的な知の体系に組み入れることを可能にする。ところがインターネットの場合、秩序と明解を求めたはずの検索作業によって、わたしたちは断片的な知識の浮遊する茫洋たる大海に投げ出される感がある。本は、そうした大洋に浮かぶ記憶の箱舟にたとえられよう。

「箱船」でなく「箱舟」であることに、一人の人間の心と身体の感覚をもとに考え、手に持った本の確かさを信頼する、作者の意図を感じます。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

ぼんやりした頭でも触発されて、「記憶」とは何だろうと考えていると、「過去は異国である。そこでは人々の生き方がまるで違う。」という、ある小説の冒頭が思い出されました。
イギリスの作家L.P.ハートレー(Leslie Poles Hartley、1895~1972)の『恋』の冒頭です。

外国映画が日本で公開されると、その原作の翻訳が文庫本になることが多いのですが、文庫本は読めても、映画自体は鹿児島で公開されない、そういった作品がたくさんありました。
地方都市あるあるの1つかもしれません。

ジョセフ・ロージー(Joseph Losey、1909~1984)監督の1971年作品『恋』が公開されたとき、角川文庫から、L.P.ハートレー原作の翻訳が角川文庫から出ていました。
冒頭部分を引用してみます。

   序章
 過去は異国である。そこでは人々の生き方がまるで違う。
 わたしが偶然に日記帳を見つけたとき、それは子ども時代にイートン・カラーをしまっておいた、かなりいたんだ赤いボール箱の底にあった。誰か、たぶん母が、その当時からの記念品のかずかずをいれておいたのである。そこには、からからになった海栗(うに)の抜け殻が二つあった。錆びた磁石が、大きいのと小さいのとで二つあり、磁気はほとんどなくなっていた。きっちり巻きついてしまった写真のネガが数枚、封蠟が数個、三列に文字が並んだ小さな組合せ錠が一個、とても細い鞭索(むちづな)が一本、それに得体の知れないものが一つ二つあった。これはすぐには用途の明らかでない何かの部分品で、何に付属していたのか見当もつかなかった。それらの遺品は汚れているとは言えなかったが、さりとてきれいでもなかった。時代の寂(さび)がついていたのである。それらをもてあそんでいるうちに、五十年以上を経てはじめて、そのひとつひとつがわたしにとって意味していたことの記憶がよみがえってきた。あの二つの磁石の引力のように弱々しくはあったが、しかし同じ程度にははっきりと感じとれた。わたしとそれらの品々とのあいだに、何かが通い合った。旧知を認めたときの心からのよろこび、かつてこれらを所有していたときの、ほとんど神秘的な戦慄――六十歳を過ぎた身でありながらこのような感情をおぼえたことが、わたしには恥ずかしかった。

   PROLOGUE
 The past is a foreign country: they do things differently there.
 When I came upon the dairy, it was lying at the bottom of a rather battered red cardboard collar-box, in which as a small boy I kept my Eton collars. Someone, probably my mother, had filled it with treasures dating from those days. There were two dry, empty sea-urchins; two rusty magnets, a large one and a small one, which had almost lost their magnetism; some negatives rolled up in a tight coil; some stumps of sealing-wax; a small combination lock with three rows of letters; a twist of very fine whipcord; and one or two ambiguous objects, pieces of things, of which the use was not at once apparent: I could not even tell what they had belonged to. The relics were not exactly dirty nor were they quite clean, they had the patina of age; and as I handled them, for the first time for over fifty years, a recollection of what each had meant to me came back, faint as the magnets’ power to draw, but as perceptible. Something came and went between us: the intimate pleasure of recognition, the almost mystical thrill of early ownership ― feelings of which, at sixty-odd, I felt ashamed.

記憶がよみがえるきっかけから始まる小説の出だしとして、最も記憶に残るもののひとつです。
小説全体は10代の柔らかい心には分からない部分も多かったのですが、記憶に残り続ける小説になりました。

 

L.P.ハートレー 森中昌彦訳『恋』(1971年11月30日初版発行、角川文庫)

▲L.P.ハートレー 森中昌彦訳『恋』(1971年11月30日初版発行、角川文庫)
カヴァーには、映画『恋』でマリアン役を演じたジュリー・クリスティー(Julie Christie)の写真が使われていて、好きな文庫カヴァーだったのですが、なくなってしまいました。

L.P.Hartley 『THE GO-BETWEEN』表紙

L.P.Hartley 『THE GO-BETWEEN』除籍本

▲L.P.Hartley 『THE GO-BETWEEN』
神田の古書店の百均で買ったアメリカ版の裸本。
1953年のイギリスHAMISH HAMILTONの初版でもなく、1954年のアメリカKnopfの初版でもなく、アメリカのStein and Day社の1967年版の裸本です。
新潮社資料室の除籍本でした。

角川文庫版の前に、1955年に新潮社から、蕗沢忠枝訳で『恋を覗く少年』というタイトルでも出ています。
映画公開名にあわせて角川文庫版は『恋』というタイトルになっていますが、 「GO-BETWEEN」は仲介者・行き交う者といった意味です。

 

ジョセフ・ロージーの映画本編を見たのは、だいぶあとで、大学生になってからです。
ミシェル・ルグラン(Michel Lgrand、1932~2019)の劇伴音楽は、「恋」への幻想がくずれた傷口に塩を塗り込むようなところがあります。
魂に刻みこまれる音楽です。

『MICHEL LEGRAND ANTHOLOGY』(2013年、UNIVERSAL)

▲『MICHEL LEGRAND ANTHOLOGY』(2013年、UNIVERSAL)
ミシェル・ルグランの15枚組ボックスのディスク14《JOSREPH LOSEY & MICHEL LEGRAND 1962-78》 から、
「THE GO-BETWEEM SYMPHONIC SUITE, FOR TWO PIANOS AND ORCHESTRA」を。
Robert Noble指揮、Michel Legrandピアノ、London Symphony Orchestra。
『恋(THE GO-BETWEEM)』のための映画音楽の交響組曲版です。

 

今では廃れた風習といっていいのか、かつて映画は、今のようなシネコンの1本立てでなく、2本立て、3本立てが当たり前でした。
映画好きの妄想で、どんな2本立てが理想的かな、と考えたりします。

まっとうなものばかりでなく、特殊な設定の2本立ても考えたりします。
甘そうなタイトルにもかかわらず、付き合い立てのカップルの気分を落ち込ませ、そのまま別れ話になりそうな、失敗が約束された2本立てがあるとしたら、実際には体験したことのない組合せですが、ジョセフ・ロージー監督作品『恋』とフランソワ・トリュフォー監督作品『恋のエチュード』の2本立てじゃないかなと考えたことがあります。
いずれも1972年に日本で公開された映画です。
1974年頃の名画座という設定で・・・、映画を見終えた2人のとげとげしい様子とか、妄想が止まらなくなりそうです。

どちらも大好きな映画ですが、絶対に孤独に1人で見るのがふさわしい映画です。

『恋』のミシェル・ルグラン、『恋のエチュード』のジョルジュ・ドルリュー(Georges Delerue、1925~1992) の映画音楽を聴くと、今でもあっという間に、思いっきり感傷的な気持ちになってしまいます。

 

アンリ=ピエール・ロシェ 大久保昭男訳『恋のエチュード』(1972年11月15日初版発行、角川文庫)

▲アンリ=ピエール・ロシェ 大久保昭男訳『恋のエチュード』(1972年11月15日初版発行、角川文庫)
原題は『LES DEUX ANGLAISES ET LE CONTINENT(2人のイギリス女性と大陸)』です。
『恋のエチュード』という邦題は、よくぞここまで甘いものにしたものだと思いますが、苦い苦い小説です。
この本も映画公開に合わせて翻訳されました。鹿児島でも文庫本を買うことはできましたが、映画を見ることはできませんでした。

映画『恋のエチュード』の131分完全版を初めて見たのは、レーザーディスクだったと思うので、だいぶあとになります。

アンリ=ピエール・ロシェ(Henri-Pierre Roché、1879~1959)は、いわゆるディレッタントとして生涯を過ごした人で、美術史的にはマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp、1887~1968)の友人として見え隠れする人物です。

 

『恋のエチュード オリジナル・サウンドトラック』(1996年、BMGビクター)

▲『恋のエチュード オリジナル・サウンドトラック』(1996年、BMGビクター)
原題『LES DEUX ANGLAISES ET LE CONTINENT(2人のイギリス女性と大陸)』、邦題『恋のエチュード』
1971年の作品。
音楽ジョルジュ・ドルリュー(Georges Delerue、1925~1992)
監督フランソワ・トリュフォー(François Truffaut、1932~1984)
撮影 ネストール・アルメンドロス(Néstor Almendros、1930~1992)
出演
ジャン=ピエール・レオ(Jean Pierre Leaud)
キカ・マーカム(Kika Markham)
ステーシー・テンデター(Stacey Tendeter、1949~2008)

ステーシー・テンデターが演じた、ミュリエルのテーマになっている旋律を思い浮かべると、胸がしくしく痛みます。

ジョルジュ・ドルリューの劇伴音楽には、人をセンチメンタルな気持ちにさせる、強い力を感じます。


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283. 2018年の龍星閣『澤田伊四郎 造本一路』と2019年の龍星閣『澤田伊四郎 造本一路 図録編』(2019年9月26日)

2018年の『澤田伊四郎 造本一路』と2019年の『澤田伊四郎 造本一路 図録編』


この2冊が、龍星閣の最後の本になるそうです。

龍星閣は、昭和8年(1933)に澤田伊四郎(1904~1988)が立ち上げた個人出版所で、大正・昭和初期の美意識に忠実な書籍を作り続けた版元です。

富安風生・山口青邨・水原秋桜子・山口誓子らの俳句関連書、松方三郎の山の本、棟方志功・竹久夢二・岸田劉生・恩地孝四郎・川上澄生・小村雪岱・田中恭吉らの美術関連書、邱永漢の『食は広州に在り』や石光真清の自伝四部作(龍星閣版ではなく、中公文庫でよんだくちです)など、多岐にわたりますが、高村光太郎の『智恵子抄』という大ロングセラーを出したことで知られています。

澤田伊四郎と、鹿児島の川内出身の出版人、秋朱之介(西谷操、1903~1997)とは、関わりがあるようなのですが、はっきりしたことは分かっていません。
最初期の龍星閣と秋朱之介との関わりについては、

第223回 1933年の富安風生『草の花』(2018年2月12日)
第224回 1934年の山口青邨『雜草園』(2018年2月12日)
第225回 1934年の水原秋櫻子『定型俳句陣』(2018年2月12日)
第226回 1934年の山口青邨『花のある隨筆』(2018年2月12日)

で書きましたが、龍星閣の歴史をまとめた『澤田伊四郎 造本一路』が上梓されたと知り、秋朱之介(西谷操)についての言及がないか、あるいは、秋朱之介の手紙などが残されていないかと、龍星閣に問い合わせてみました。

そうしましたら、 『澤田伊四郎 造本一路』と『澤田伊四郎 造本一路 図録編』の2冊をお送りいただきました。

残念ながら、秋朱之介と結びつく、昭和初期の資料は、ほとんど残されていないとのお返事でした。

 

届いた本を見て、活版印刷のピークであった、1920年代・1930年代の本づくりの美意識を守り続けた、紛うことない龍星閣の本だ、という第一印象をもちました。

図録は、ただただ眼福。外箱と一緒に撮影されているのが何より嬉しいです。
贅沢をいえば、龍星閣の本は、版が変わると装幀も変わっていたようなので、版ごとの装幀違いも書影として残してもらえたら、さらに嬉しかったのですが、それは贅沢がすぎるというものでしょうか。

 

同封されていた新聞記事のコピーを読むと、これが龍星閣の最後の本、ということで編集された本のようです。

私は、物事をしっかり決着させ、終わらせることができる人を尊敬しています。

ウィリアム・モリス(William Morris、 1834~1896)のケルムスコット・プレス(Kelmscott Press)が今も尊ばれているのは、モリス没後、シドニー・コッカレル(Sydney Cockerell、1867~1962)がしっかり後始末し、「ケルムスコット・プレス刊本全点の解題入りリスト」「ケルムスコット・プレス小史」を含む『ケルムスコット・プレス設立趣意書』を最後の刊本とした、引き際の鮮やかさがあったからだと思っています。

『造本一路』も、一時代を築いた龍星閣の最後を締めくくる、すばらしい本になっていると思います。


 龍星閣『澤田伊四郎 造本一路』と『澤田伊四郎 造本一路 図録編』の外箱の背  

▲龍星閣『澤田伊四郎 造本一路』と『澤田伊四郎 造本一路 図録編』の外箱と表紙の背

 

龍星閣『澤田伊四郎 造本一路』の外箱と表紙

▲龍星閣『澤田伊四郎 造本一路』(2018年8月31日発行)の外箱と表紙
およそ250ページの「澤田伊四郎の略年譜と著作・刊行物など」を中心に構成されています。

 

龍星閣『澤田伊四郎 造本一路』の奥付

▲龍星閣『澤田伊四郎 造本一路』の奥付

 

龍星閣『澤田伊四郎 造本一路 図録編』の外箱と表紙

▲龍星閣『澤田伊四郎 造本一路 図録編』(2019年4月19日発行)の外箱と表紙
「略年譜」の補遺、「龍星閣刊行の装幀本(写真抄)」のカラー書影を中心に構成されています。

 

龍星閣『澤田伊四郎 造本一路 図録編』の奥付

▲龍星閣『澤田伊四郎 造本一路 図録編』の奥付

 

龍星閣『澤田伊四郎 造本一路 図録編』から、秋朱之介とかかわりのある本の書影ページ01

龍星閣『澤田伊四郎 造本一路 図録編』から、秋朱之介とかかわりのある本の書影ページ

▲龍星閣『澤田伊四郎 造本一路 図録編』から、秋朱之介とかかわりのある本の書影ページ
秋朱之介が装幀した『定型俳句陣』のキャプションは〈水原秋桜子随筆評論集『定型俳句陣』(昭和9年9月)背バンド付背革、英国製クロス装〉、『花のある随筆』のキャプションは〈山口青邨随筆集『花のある随筆』(昭和9年10月)背バンド付背革、花模様蠟引唐紙 天金〉とあるのみで、秋朱之介についての言及はありません。

 

 1934定型俳句陣  1934花のある随筆

▲水原秋桜子『定型俳句陣』(昭和9年9月15日発行、龍星閣)の「装幀 秋朱之介氏」と、山口青邨『花のある随筆』(昭和9年10月30日発行、龍星閣)の「秋朱之介装」

秋朱之介(西谷操)を調べている者にとって残念だったのは、『澤田伊四郎 造本一路』全編を通して、秋朱之介についての言及がなかったことです。


秋朱之介(西谷操)と澤田伊四郎は、まさに同じ時代を生きた人で、『澤田伊四郎 造本一路』には、秋朱之介の記述はありませんでしたが、秋朱之介とつながる記述は数多くありました。
そのいくつかを『澤田伊四郎 造本一路』からピックアップしてみます。

 

5ページ 「貯金局」時代のことは竹内多三郎『京浜通信59号』(昭和57年7月5日)の引用。
残念ながら、秋朱之介(西谷操)についての言及はなし。
本のほかに、神奈川の詩人、竹内多三郎の貯金局についての文章のコピー(出典は不明ですが、たぶん横光利一についての本から)も同封されていました。
その竹内多三郎の文章に「監査室 西谷某。金沢某。尾崎某。(西谷は本人もセガレも現在ジャナリスト)」という記述がありました。
この文章は初見でした。
この「西谷某」は間違いなく、西谷操(秋朱之介)のことです。
西谷操は、文芸出版の世界から離れたあと、横浜市の記者クラブに席をおいて「みなと週報」というのを出していたそうです。残念ながら、その実態はご家族のかたもご存じありませんでしたが・・・。西谷操の息子さんも新聞社に勤めておられたので、竹内多三郎は、なんらかのルートで西谷操(秋朱之介)の消息を知っていたのだと思われます。
竹内多三郎の文章で、大正から昭和にかけての貯金局が、文学青年の溜まり場のような、不思議な職場だったことが分かりました。もうちょっと詳しく書き残してくれていたらなあ、と思うばかりです。

 

11ページ 龍星閣初の書籍出版、富安風生処女句集『草の花』
澤田伊四郎が立ち上げた龍星閣が出した最初の本、富安風生の第一句集『草の花』について、秋朱之介は自分が編集していた雑誌『書物』7月号(三笠書房、1934)で、その装幀評を書いています。

 

13ページ 龍星閣2冊目、山口青邨の処女句集『雑草園』
秋朱之介編集の雑誌『書物』(1934年8月、三笠書房)に掲載された龍星閣の『草の花』『雜草園』広告で、コピーを秋朱之介が書いています。

草の花については書物展望社の齋藤昌三氏が書物展望へ紹介し、小生も先月號書物で書いた。本書はほんとに落ちついた立派な美しい書物になつた。福田畫伯の装釘本書に於て實にしつくりと落ちつきを見せてゐる。俳人で隨筆家としての大家山口先生の本にふさはしい名装釘だ。(秋朱之介)

秋朱之介編集の『書物倶楽部』創刊号(裳鳥会、1934年10月)にも、龍星閣の『花のある隨筆』『草の花』『雑草園』『定型俳句陣』広告を掲載。

 

14ページ 「〇同年9月15日、俳人水原秋桜子の随筆集『定型俳句陣』、同10月30日山口青邨の随筆集『花のある随筆』を刊行する。」
とだけあり、その2冊を秋朱之介が装幀したことには言及されていませんでした。

 

17ページ 龍星閣は、1937年6月に松方三郎の『アルプス記』を出し、「山の本」も手掛け始めますが、昭森社時代の秋朱之介(西谷操)は、1936年6月刊の高畑棟材の『山麓通信』を手掛けていて、「山の本」の分野でもちょっと先を行っています。

 

51ページ 川上澄生、55ページで五十澤二郎に言及。
秋朱之介(西谷操)は、昭和6年(1931)ごろ、横浜の五十沢二郎のやぽんな書房に居候して、川上澄生の『ゑげれすいろは』や『伊曽保絵物語』を制作していました。

 

59ページ 1954年1月、龍星閣は、棟方志功版画集『板歓喜』刊行。
棟方志功と秋朱之介(西谷操)とのかかわりについては、「第256回 1934年の秋朱之介の裳鳥会刊『棟方志功画集』広告(2019年2月7日)」参照。

 

134ページ 1959年の『著名限定本展覧会』についての記述
岩佐東一郎が、『書痴半代記』(1956年~1960年に『日本古書通信』連載。単行本初版は1968年・東京文献センター、2009年・ウェッジ文庫)収録の「書痴と道楽」に、次のようなことを書いていたことを思い出しました。

この間、ぶらりつと三越本店の「大正、昭和、限定版蔵書展」を見に行ったが、出品本の数々はどれも楽しく珍らしくなつかしかつたのである。書物展望社本、昭森社本、アオイ書房本、第一書房本、草木屋出版部本、白水社本、野田書房本、竜星閣本、媽祖書房(日孝山房)本、双雅房本、青園荘本、沙羅書店本、などのものは戦前からなじんだものだけに、時として涙ぐましくさえもなった。
(略)
ただこの展覧会でさびしく思つたことは、戦前、数々の道楽本を刊行した西谷操君の限定版が一冊も展示してなかつたことだつた。主催の愛書家サロン同人の諸君の手元に一冊もなかつたのは残念だつた。

1959年、秋朱之介(西谷操)が忘れられていたのは何故だったのか、不思議です。

ウェッジ文庫版『書痴半代記』の解説で、内堀弘がこの世代を「モダニズムの世代」とくくっています。

たとえば、一九〇〇年生まれが尾形亀之助、柳瀬正夢。一九〇一年が村山知義、岡本潤。一九〇二年が北園克衛、春山行夫。一九〇三年が林芙美子、瀧口修造。一九〇四年が城左門、正岡容。そして、一九〇五年に岩佐東一郎、田辺茂一。まさに、モダニズムの世代なのだ。

1903年生まれの秋朱之介(西谷操)や1904年生まれの澤田伊四郎もその中に入るのだなと思いました。

 

146ページ 「サロン春」に言及
一時期銀座を拠点にしていた秋朱之介も「サロン春」に通っていたようです。秋朱之介(西谷操)は、矢野目源一と美容美術研究会というのを立ち上げて、自前で化粧品や香水をつくって、「サロン春」や「紫烟荘」の女給さんのメイキャップもしたことがあったそうです。

 

151ページ 昭森社・森谷均と龍星閣・澤田伊四郎の対談
第188回 1936年の『木香通信』6月号(2016年9月26日)」「第228回 1936年の東郷青児『手袋』(2018年3月27日)」「第233回 1936年の柳亮『巴里すうぶにいる』(2018年5月9日)」などで書いたように、森谷均が銀座で昭森社を立ち上げたとき、秋朱之介は深くかかわっていました。

 

153ページ 「中村くんという製本屋」に言及
秋朱之介(西谷操)が造本のパートナーにしていた、中村重義です。

 

163ページ 〈堀口大学さんの「ロオランサン詩画集」〉に言及
この昭森社の『ロオランサン詩画集』は、秋朱之介(西谷操)が長年あたためていた企画で、秋朱之介の自信作です。
第229回 1936年の堀口大學譯『マリイ・ロオランサン詩畫集』(2018年4月4日)」参照。

 

こうして関連するような事項をたどってみると、澤田伊四郎と秋朱之介(西谷操)は、同世代の人間として、共通した美意識をもって理想の書物をめざしていたのではないかと思わずにはいられません。

澤田伊四郎が亡くなったのが、1988年10月8日。
秋朱之介の『書物游記』(書肆ひやね)が刊行されたのが、1988年9月8日。
再び、まじりあう時がなかったのかなあ、と思います。
それでも、そのタイミングに、何か魂の交歓みたいなものを感じてしまいます。

 

龍星閣全刊行本や龍星閣の手紙・ハガキ類(高村光太郎の未発表書簡を多数含む)は、澤田伊四郎の郷里、秋田県小坂村郷土博物館へ、竹久夢二関連の資料は、東京都千代田区日比谷文化館へ寄贈されたそうです。

昨年、大規模な竹久夢二展が開催されましたが、その龍星閣からの寄贈をもとにしたものでした。
わたしも、たまたま東京駅での待ち時間に、東京ステーションギャラリーで開催されていた竹久夢二展を見ることができ、澤田伊四郎が、ものすごい蒐集家だったことを体感することができました。


2018年の『夢二繚乱』展カタログ表紙012018年の『夢二繚乱』展カタログ表紙02

▲2018年の『夢二繚乱』展図録(千代田区/東京ステーションギャラリー/株式会社キュレイターズ)表紙

 

遅れてきた者の嘆きであり、繰り言になりますが、澤田伊四郎、秋朱之介(西谷操)のお二人がお元気だったときに、1920年代・1930年代の「造本」について一緒に語っていただいていたら、貴重な話をいろいろ聞くことができたのではないか、夢想するばかりです。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

押し入れの奥の段ボール箱を引っ張り出していたら、なつかしいレコード袋がいくつか出てきました。
これは、1980年代に鹿児島市にあった輸入盤屋さん「BESTTEN」のレコード袋。
あまり長続きしなかったレコード屋さんでした。
わたしの好みも偏っていて、欲しいようなレコードもあまり置いていなかったため、そんなに利用しなかったのですが、 鹿児島に輸入盤屋さんというものが根づかなかったのは残念でした。

思えば、地方都市にも当たり前のようにあちこち存在した小さなレコード屋さんは、ほんとうに街から消えてしまいました。

鹿児島にあった輸入盤屋さん「BESTTEN」レコード袋

 

買った物と買った場所は、記憶として結びつくもので、Prefab Sproutの最初のアルバム『swoon』(1984年、Kitchenware Records)を、「BESTTEN」で買ったのを、今でも覚えています。
ネットでばかり物を買っていると、場所と結びつくことがないので、物の記憶も薄いものになってしまうのかもしれません。

 

Prefab Sproutの『swoon』(1984年、Kitchenware Records)のジャケット01

Prefab Sproutの『swoon』(1984年、Kitchenware Records)のジャケット02

Prefab Sproutの『swoon』(1984年、Kitchenware Records)のジャケット03

▲Prefab Sproutの『swoon』(1984年、Kitchenware Records)のジャケット

 

Prefab Sproutの『swoon』(1984年、Kitchenware Records)ラベル Side One

▲Prefab Sproutの『swoon』(1984年、Kitchenware Records)ラベル Side One

Prefab Sproutの『swoon』(1984年、Kitchenware Records)ラベル Side Two

▲Prefab Sproutの『swoon』(1984年、Kitchenware Records)ラベル Side Two

その『swoon』からSide One 5曲目「Cruel」を。

時は残酷です。過ぎ去ったものは取り返すことができません。

 

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282. 1949年の鹿児島市清水町の写真(2019年9月23日)

1949年の鹿児島市清水町写真01


亡父・平田信芳のもとに残っていた写真の1枚です。
父が撮影した写真ではなく、旧制鹿児島二中・旧制七高の先輩、竹下宗夫さん(旧制七高理甲・昭和17年3月卒)からいただいた写真のようです。
裏に「昭24・6・24 清水町」と書き込まれています。

下に斜めに走っている線路は、日豊本線。
平屋が並んでいて、左手奥の、鹿児島市立清水中学校の校舎が目立ちます。


同じような画角で、多賀神社の参道から、現在の清水町を撮影してみました。

現在の清水町

山の形は、ほとんど変わりませんが、高さ10mぐらいのビルが増えて、町の様子はだいぶ変わっています。
スーパーストアの「タイヨー」がある場所には、「みその温泉」があったのですが、調べてみると、「みその温泉」は昭和29年(1954)に建てられたので、昭和24年の写真には、まだ「みその温泉」もありません。

諏訪神社(南方神社)の鎮守の森が、昭和24年から、だいぶ小さくなったようすも分かります。

 

日豊本線の踏切の形が、当時の面影を残しています。昭和24年の写真を拡大すると、人影が見えます。

昭和24年日豊本線の踏切

その白い人影は、旧制七高と新制鹿児島大学のはざまの時期にいた、父であってもおかしくありません。
今から70年前。そんな時期に撮影された写真です。

 

竹下宗夫さん撮影のものと思われる写真は、もう1枚あって、裏に「昭24・6・24 山形屋」とあります。

昭24・6・24 山形屋

山形屋デパートの北面が写っている写真は、珍しいような気がします。
隣に「福建公司」という建物があります。
この型の市電に乗ったことはありません。


同じような画角で、現在の山形屋を撮影してみました。

2918年9月山形屋01

2019年9月山形屋02

現在、山形屋の北面を撮影するの難しくなっていますが、どんな様子になっているのでしょう。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

ロビン・ヒッチコック(Robyn Hitchcock)とアンディー・パートリッジ(Andy Partridge)という、2人の1953年生まれのイギリスのおじさまが組んだ『PLANET ENGLAND』(2019年、APE)。4曲収録のCD。
新譜です。アナログ盤も出ています。
この盤では、リードヴォーカルは、ロビン・ヒッチコックがとっていますので、アンディ・パートリッジの歌声を期待する向きには物足りないかも知れません。ビートルズ様式としかいいようのない音づくりで、こじんまりした地方都市のパブに似合いそうな音楽です

 

『PLANET ENGLAND』(2019年、APE)

『PLANET ENGLAND』(2019年、APE)02

裏ジャケットの絵は、ヒルフィギュア(Hill Figure)とよばれる地上絵「サーンアバスの巨人(Cerne Abbas giant)」をもとにしています。
武器と思われる棍棒のかわりに酒瓶をもち、行儀良くパンツもはいています。


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281. 1947年の村松嘉津『プロヷンス隨筆』(2019年9月2日)

1947年の村松嘉津『プロヷンス隨筆』表紙

 

本が本を引き寄せることがあります。

このところの貧書生の愉しみは、古本屋の1冊百円の古雑誌です。

児玉達雄の書き込みのある雑誌もまだ出回っていて、けっこう拾いものがあります。そうして手にした雑誌のなかから『文芸』1969年5月号(河出書房)をパラパラ読んでいると、「名著発掘」という1ページコラムが目に付きました。
そこで、詩人の吉岡実(1919~1990)が、村松嘉津(1906~1989)の『プロヷンス隨筆』(1947年8月20日発行、東京出版)を取り上げていました。
「ワ」に濁点で、「ヴァ」です。

吉岡青年の、戦後のすさんだ食生活、「すさまじい餓鬼道の午さがり。魂なき人の群」のころ、「私の肉体の飢えをあたたかく鎮めてくれた」書物として紹介していて、俄然興味がわいてきます。

さっそく、日本の古本屋サイトとアマゾン・マーケットプレイスで調べてみると、いわゆる値のついていない本で、1947年版(裸本)と1970年新版をあっさり入手することができました。

書影も見ないまま購入したのですが、届いた2冊には驚かされました。

最初の驚きは、1947年版『プロヷンス隨筆』の表紙絵が、木下杢太郎(太田正雄、1885~1945)だったことです。

第241回 1942年の新村出『ちぎれ雲』(2018年7月23日)」で、木下杢太郎装幀の本について取り上げましたが、この本のことは知りませんでした。
本来なら木下杢太郎に装幀してもらいたかったのだと思います。すでに亡くなっていたため、その絵を表紙に使ったということだったようです。

 

『文芸』1969年5月号(河出書房)表紙

▲『文芸』1969年5月号(河出書房)表紙
『文芸』誌が年に1回行っていた現代詩特集の号。
児玉達雄旧蔵と思われ、赤ペンや鉛筆の書き込みがありました。

思えば、今から50年前の雑誌です。
ビートルズは『アビイ・ロード』を録音中で、キング・クリムゾンがライブ・デビューしたばかりのころです。

 

『文芸』1969年5月号(河出書房)目次01

『文芸』1969年5月号(河出書房)目次02

▲『文芸』1969年5月号(河出書房)目次
「詩と小説」と題された、中村真一郎・大岡信。入沢康雄・天沢退二郎・金井美恵子の対談は、『金井美恵子全短編』や講談社文芸文庫の年譜には掲載されていません。

 

『文芸』1969年5月号(河出書房)1ページコラム「名著発掘」の吉岡実

▲『文芸』1969年5月号(河出書房)1ページコラム「名著発掘」の吉岡実
吉岡実は冒頭「村松嘉津『プロヷンス隨筆』が出版されたのは、昭和二十二年八月二十二日である。」と書いていますが、『プロヷンス隨筆』奥付では、「昭和廿二年八月二十日發行」となっています。

 

1947年の村松嘉津『プロヷンス隨筆』扉

▲1947年の村松嘉津『プロヷンス隨筆』扉
入手したのはカヴァー(ダストラッパー)なしの裸本でした。
木下杢太郎の絵が使われたのは表紙だけのようです。
書影を検索しましたら、カヴァー(ダストラッパー)は、絵を使わず、文字組みでレイアウトされたもののようです。

 

1947年の村松嘉津『プロヷンス隨筆』扉の次ページ

▲1947年の村松嘉津『プロヷンス隨筆』扉の次ページ
表紙絵の木下杢太郎について、村松嘉津は跋文で「更に自分一番の喜びは、この小著が故太田正雄先生の御筆に成る草花の圖を以て飾られたことである。長く欽慕をつづけながら、つひに親炙する日の短かかつた身の不幸は、これに依つて半ば救はれた心地である。自分にこの喜びを許された御遺族の御親切に厚く御禮申上げる。」と書いています。

この書をわがエミイル・ガスバルドヌに捧ぐ」ということばは、村松嘉津の夫、フランスのヴェトナム史研究者エミール・ガスパルドヌ(Emile Gaspardone、1895~1982)に捧げられたものです。

 

1947年の村松嘉津『プロヷンス隨筆』目次

▲ 1947年の村松嘉津『プロヷンス隨筆』目次

 

1947年の村松嘉津『プロヷンス隨筆』奥付

▲1947年の村松嘉津『プロヷンス隨筆』奥付

 

1971年の村松嘉津『新版プロヴァンス隨筆』外箱と表紙

▲1970年の村松嘉津『新版プロヴァンス隨筆』外箱と表紙

『文芸』1969年5月号で、吉岡実は「私は美しい造本の再刊を待っている」と期待していましたが、翌年、『新版 プロヴァンス随筆隨筆』が、大東出版社から刊行されます。

『新版 プロヴァンス隨筆』の「序」で村松嘉津は、次のように書いています。

 著者は同書(『プロヷンス隨筆』)が出てほゞ半歳の後、一身上の都合により、進駐軍の特許を得て離國した。從つて同書に關する世の批評についてほとんど知る所がなかつたが、最近に到り、東大佛文教授井上究一郎氏が雜誌『文藝』(昭和四十三年八月號)の「名著発掘」欄に同書を「發掘」して下され、更に昨年四月二十八日の朝日新聞學藝欄「旧刊紹介」に、作家菊池重三郎氏が同書を擧げてをられる旨を他から知らされ、いづれにも意外な喜びを覺えた。
 ところで、井上氏はその文末に、同書が「もう一度陽の目を見ない」理由は、「かな使い用字において、著者が嚴格な純粹國語論者だからである」と、先づは同情的に書かれたわけだが、倖ひにして著者はその後、正漢字と歴史的假名遣ひの使用を敢てして、『新版プロヴァンス隨筆』を刊行しようという大東出版社主岩野喜久代女史を知るの幸運を得た。これ亦野田宇太郎氏の斡旋に負ふ所であり、同氏への謝意は言ふを俟たないが、特に岩野女子の寛量には感佩する所大である。

村松嘉津『プロヷンス隨筆』は、『文芸』誌の「名著発掘」欄で、井上究一郎と吉岡実のふたりが、この一冊を世に知らしめたいと「発掘」していたわけです。こんな本は、なかなかないのでは、と思います。

井上究一郎は、隨筆集『水無瀬川』(1994年8月25日初版第1刷発行、筑摩書房)に収録された「味覚の散文詩」(初出は、平凡社『太陽』1967年8月~12月連載)でも、《村松嘉津夫人の名著『プロヷンス隨筆』の一篇「愛の林檎」(ポム・ダムール)のなかには、そう呼ばれるトマトがプロヴァンスの食生活にいかになくてはならない野菜であるかが、じつに美しく語られている。》と書いていて、フランス料理についての文章の書き手として、絶大の信頼をおいていたようです。

 

1971年の村松嘉津『新版プロヴァンス隨筆』表紙

▲1970年の村松嘉津『新版プロヴァンス隨筆』表紙
1970年新版には、木下杢太郎の絵は使われていません。
見返しには自身の手になるプロヴァンス地方のスケッチが使われています。

 

1971年の村松嘉津『新版プロヴァンス隨筆』扉

▲1970年の村松嘉津『新版プロヴァンス隨筆』扉
木下杢太郎の表紙絵に続いて驚いたのは、アマゾンマーケットプレイスの最低価格で入手した新版が、献呈本だったことです。
きれいな本で、読まれた形跡はありません。

著者から「岡田茂様」に送られています。

たぶん、あの「女帝」ということばとともに世間を騒がせた1982年の「三越事件」で、三越社長を解任された岡田茂(1914~1995)です。

岡田茂と村松嘉津の関係を調べてみると、黛敏郎(1929~1997)らが1981年に発足させた「日本を守る国民会議」の「呼びかけ人」のなかに村松嘉津、「発起人」のなかに岡田茂の名前がありました。

古書は、有象無象いろんなものを引き寄せてしまうと、改めて思いました。
ちょっと怖いです。


1971年の村松嘉津『新版プロヴァンス隨筆』目次

▲1970年の村松嘉津『新版プロヴァンス隨筆』目次
「臓物料理」までは、1947年版と同じ並びですが、それ以降は、構成を変わっています。
最後に曾根正藏の詩「ガスパルドヌ村松嘉津夫人に贈る」が収録されています。
曾根正藏は太田正雄(木下杢太郎)のもとで医学を専攻したした人で、1948年に渡仏する村松嘉津に贈られた詩です。

1970年新版には木下杢太郎の絵はつかわれませんでしたが、木下杢太郎の存在は忘れられていません。
村松嘉津にとって、良き「日本」とは、木下杢太郎のような人がいるところ、だったのかもしれません。

 

1971年の村松嘉津『新版プロヴァンス隨筆』奥付

▲1970年の村松嘉津『新版プロヴァンス隨筆』奥付

ヴィシー政権のフランスと戦時下の日本は国交がありましたから、そういう日仏のつながりが続いていたことも、戦後のアメリカ的ものが日本にもたらしたものを嫌う心の持ちかたの根のひとつとして、あったのかなあ、と思います。

村松嘉津の「正漢字、歴史的假名遣ひ」への執着は、親仏嫌米のアメリカ嫌いみたいなところがあったのかも知れません。

 

以前、鹿児島のある学校の戦歿者を追悼する文集を読んでいましたら、弟さんが戦死した兄を追悼する文章のなかに、お兄さんから、仏領インドシナの大学への留学生の募集があって、留学すると兵隊にとられないと勧められて、弟さんは仏領インドシナの大学に留学した、という話を書いていて、そういう選択肢も実際にあったんだとびっくりしました。もちろん、戦後になってから日本への帰還はたいへんだったようですが。

 

〉〉〉今日の音楽〈〈〈

プロヴァンス地方の音楽盤が手もとにあれば、よかったのですが、ビゼーでもなかろうし・・・。
生活感がある、ということで思い浮かんだのが、フランスのトラッド系バンド、マリコルヌ(Malicorne)の第3作『ALMANACH』(1976年、hexagone)でした。
プロヴァンスからは、だいぶ北の音楽です。
Almanachは、歳時記・生活暦などと訳されますが、毎年繰り返される1月から12月まででの月ごとの楽曲12曲が収録されています。
8ページの歳時記ブックレットもきちんと編集されていて、一つの作品としてのアルバムづくりの見本のような作品です。

フランスの伝統的な楽曲を演奏していますが、イギリスのフェアポート・コンヴェンションやスティーライ・スパンのように、アンプで増幅する電気楽器を使うトラッド・グループです。1970年代のフランスで結構売れていたようで、入手しやすい盤ですが、マリコルヌのレコードは、とても音が良いので、オーディオのテストにも使えそうです。

Malicorne『Almanach』(1976年、hexagone)のアルバムジャケット

▲Malicorne『Almanach』(1976年、hexagone)のアルバムジャケット
手もとにある盤は、 ヘキサゴン(hexagone)レーベルのフランス盤ですが、「Disc'Az」のロゴも加わっているので、1976年の盤ではなく、CDが出回る時代に少しの枚数作られたレコードではないかと思います。クレジットがないのではっきりしませんが。

いい音がするレコードです。

 

Malicorne『Almanach』(1976年、hexagone)ラベル Face A

▲Malicorne『Almanach』(1976年、hexagone)ラベル Face A

Malicorne『Almanach』(1976年、hexagone)ラベル Face B

▲Malicorne『Almanach』(1976年、hexagone)ラベル Face B

 

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280. 1938年のアーサー・ランサム『ツバメの谷(SWALLOWDALE)』(2019年8月31日)

1938年のアーサー・ランサム『ツバメの谷(SWALLOWDALE)』表紙

279. 1978年の天沢退二郎『オレンジ党と黒い釜』(2019年8月30日)

1978年の天沢退二郎『オレンジ党と黒い釜』見返しの地図

278. 1973年の天沢退二郎『光車よ、まわれ!』(2019年7月24日)

1973年の天沢退二郎『光車よ、まわれ!』見返し

277. 1937年のアーサー・ランサム『海へ出るつもりじゃなかった』(2019年6月29日)

1937年のアーサー・ランサム『海へ出るつもりじゃなかった』見返しの地図

276. 1930年のアーサー・ランサム『ツバメ号とアマゾン号』(2019年6月28日)

SWALLOWS & AMAZONS(1932年12月の新装画版第3刷)見返しの地図

275. 1931年のケネス・グレアム『たのしい川べ』E・H・シェパードさし絵版(2019年6月22日)

1931年のケネス・グレアム『たのしい川べ』E・H・シェパードさし絵版見返し

274. 1930年のエリック・ギル旧蔵『THE FLEURON』第7号(2019年6月18日)

1930年のエリック・ギル旧蔵『FLEURON』第7号

273. 2014年の津原泰水『音楽は何も与えてくれない』(2019年5月25日)

2014年の津原泰水『音楽は何も与えてくれない』

272. 1987年の『みなみの手帖』第51号(2019年5月9日)

1987年の『みなみの手帖』第51号~54号

271. 1971年の『みなみの手帖』創刊号(2019年5月9日)

1971年の『みなみの手帖』創刊号~4号

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270. 1913年のラルフ・ホジソン詩集『THE MYSTERY』(2019年5月8日)

1913年のラルフ・ホジソン詩集『THE MYSTERY』表紙

269. 1928年の『ザ・バーリントン・マガジン』4月号(2019年4月7日)

『Burlington Magazine(バーリントン・マガジン)』の1928年4月号

268. 1936年の井上和雄『寶舩考(宝船考)』(2019年3月19日)

1936年の井上和雄『寶舩考』長田神社にて

267. 1939年の井上和雄『書物三見』(2019年3月18日)

1939年の井上和雄『書物三見』長田神社にて

266. 1947年の『詩學』11・12月號(2019年3月7日)

1947年の『詩學』11・12月號

265. 1992年の『児玉達雄詩十二篇』(2019年3月3日)

1992年の『児玉達雄詩十二篇』と1994年『第二収』

264. 1958年の『森の泉 作品集 8』(2019年3月2日)

1958年の『森の泉 作品集 8』表紙

263. 1973年ごろの村 次郎詩集『風の歌』筆写版(2019年3月1日)

1973年ごろの村次郎詩集『風の歌』筆写版表紙

262. 1956年の『対話』(2019年2月27日)

1956年~1959年の『対話』

261. 1971年の『浜田遺太郎詩集』(2019年2月26日)

1971年の『浜田遺太郎詩集』箱表紙

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260. 1971年の福石忍詩集『遠い星』(2019年2月25日)

1971年の福石忍詩集『遠い星』箱表紙

259. 1961年の『詩稿』1号(2019年2月24日)

1961年の『詩稿』1号2号3号

258. 1966年の『詩稿』10号(2019年2月22日)

1966年の『詩稿』10号表紙

257. 1967年の『詩と批評』11月号(2019年2月21日)

1967年の『詩と批評』11月号表紙

256. 1934年の秋朱之介の裳鳥会刊『棟方志功画集』広告(2019年2月7日)

1934年の秋朱之介の裳鳥会刊『棟方志功画集』広告

255. 1934年の有海久門詩集『人生を行く』(2019年2月6日)

1934年の有海久門詩集『人生を行く』箱と表紙

254. 2018年の「言語と美術――平出隆と美術家たち」展のフライヤー・リーフレット(2019年1月21日)

2018年の「言語と美術――平出隆と美術家たち」展のフライヤー・リーフレット

253. 1981年の『浮世絵志』復刻版(2019年1月21日)

大曲駒村編輯の『浮世絵志』復刻版

252. 2019年1月1日の桜島

2019年1月1日桜島早朝a

251. 1942年の昭南書房版・石川淳『山櫻』(2018年12月16日)

1942年の昭南書房版・石川淳『山桜』表紙

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250. 1986年の『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 3』予約購入者へのおまけ(2018年12月5日)

1986年の『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 3』予約購読者へのおまけ

249. 2013年のサジー・ローチェ文/ジゼル・ポター絵『バンドやろうよ?』(2018年11月14日)

Suzzy Roche & Giselle Potter『Want To Be In A Band?』表紙

248. 1984年のNovember Books『The Christmas Magazine』(2018年11月12日)

1985年のNovember Books『Christmas Magazine』(1984年)広告

247. 1934年の倉田白羊『雜草園』(2018年10月24日)

1934年の倉田白羊『雜草園』

246. 1980年の鈴木清順『ツィゴイネルワイゼン』(2018年10月4日)

1980年の鈴木清順『ツィゴイネルワイゼン』マッチ01

245. 1931年~1932年の『古東多万(ことたま)』目次(2018年9月29日)

『古東多万』の第一年第二號目次

244. 1931年『古東多万(ことたま)』第一號(2018年9月20日)

1931年『古東多万(ことたま)』第一號

243. 1931年~1932年の『古東多万』の紙ひも綴じと糸綴じ(2018年8月31日)

1931年『古東多万』第1号

242. 2018年の『PETER BLEGVAD BANDBOX』(2018年8月10日)

2018年の『PETER BLEGVAD BANDBOX』外箱01

241. 1942年の新村出『ちぎれ雲』(2018年7月23日)

1942年の新村出『ちぎれ雲』表紙

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240. 1935年の『The Dolphin』誌第2号(2018年7月23日)

1935年の『The Dolphin』誌第2号

239. 1960年の石邨幹子訳 マリイ・ロオランサン『夜たちの手帖』特製本(2018年7月13日)

1960年のマリイ・ロオランサン『夜たちの手帖』特装本と普通本

238. 1934年の木下杢太郎『雪櫚集』(2018年7月12日)

1934年の木下杢太郎『雪櫚集』

237. 1992年の岡澤貞行『日々是趣味のひと』(2018年6月22日)

1992年の岡澤貞行『日々是趣味のひと』箱表紙

236. 1981年の『清水卓詩抄』(2018年6月21日)

1981年の『清水卓詩抄』表紙

235. 1978年のゲーリー・スナイダー『亀の島』サカキナナオ訳 (2018年5月30日)

1978年のゲーリー・スナイダー『亀の島』サカキナナオ訳表紙

234. 1956年の山中卓郎『坂の上』(2018年5月11日)

1956年の山中卓郎『坂の上』表紙

233. 1936年の柳亮『巴里すうぶにいる』(2018年5月9日)

1936年の柳亮『巴里すうぶにいる』

232. 1956年の『POETLORE(ポエトロア)』第8輯(2018年4月30日)

1956年の『POETLORE(ポエトロア)』第8輯

231. 1960年の石邨幹子訳 マリイ・ロオランサン『夜たちの手帖』(2018年4月5日)

1960年のマリー・ローランサン『夜たちの手帖』

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230. 1983年の高野文子『おともだち』(2018年4月4日)

高野文子『おともだち』表紙とアンドレ・マルティ挿画の『青い鳥』

229. 1936年の堀口大學譯『マリイ・ロオランサン詩畫集』(2018年4月4日)

1936年の堀口大學譯『マリイ・ロオランサン詩畫集』

228. 1936年の東郷青児『手袋』(2018年3月27日)

1936年の東郷青児『手袋』

227. 1990年の江間章子『タンポポの呪咀』(2018年3月16日)

1990年の江間章子『タンポポの呪詛』

川内まごころ文学館「川内の生んだもう一人の出版人」秋朱之介関連新収蔵資料展示

226. 1934年の山口青邨『花のある隨筆』(2018年2月12日)

1934年の山口青邨『花のある隨筆』

225. 1934年の水原秋櫻子『定型俳句陣』(2018年2月12日)

1934年の水原秋櫻子『定型俳句陣』

224. 1934年の山口青邨『雜草園』(2018年2月12日)

1934年の山口青邨『雜草園』

223. 1933年の富安風生『草の花』(2018年2月12日)

1933年の富安風生『草の花』

222. 1943年の昭南書房版『かの子短歌全集 第一巻』(2018年1月28日)

1943年の昭南書房版『かの子短歌全集 第一巻』表紙

221. 2017年のピーター・ブレグヴァド『GO FIGURE』(2018年1月20日)

2017年のピーター・ブレグヴァド『Go Figure』

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220. 1990年のピーター・ブレグヴァド『King Strut』(2018年1月20日)

1990年のピーター・ブレグヴァド『King Strut』

219. 1983年のピーター・ブレグヴァド『The Naked Shakespeare』(2018年1月20日)

ピーター・ブレグヴァド『The Naked Shakespeare』

218. 鶴丸城跡堀のカワセミ(2018年1月1日)

鶴丸城跡堀のカワセミ01

217. 1936年の伸展社版『醉ひどれ船』ちらし(2017年12月30日)

1936年の伸展社版『醉ひどれ船』ちらし

216. 1869年の「稚櫻豊暐姫命塚」(2017年11月18日)

1869年の「綾御衣裏寧姫命塚」

215. 1813年の金剛嶺石碑(2017年11月18日)

1813年の金剛嶺石碑

214. 1667年のタンタドの観音石像(2017年11月18日)

1667年のタンタドの観音石像

213. 1981年のScritti Politti「The "Sweetest Girl"」(2017年11月6日)

1981 C81

212. 1903年の川上瀧彌・森廣『はな』(2017年10月29日)

1903年の川上瀧彌・森廣『はな』

211. 1982年のThe Ravishing Beauties「Futility」(2017年10月17日)

1982年Mighty Reel

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210. 1925年の西谷操「狼は吠える」(2017年10月8日)

1925年の西谷操「狼は吠える」

209. 1992年の『ホテル・ロートレアモン』(2017年9月15日)

1992年の『ホテル・ロートレアモン』

208. 1935年の堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』(2017年8月29日)

1935年の堀内敬三『ヂンタ以来(このかた)』

207. 2016年の『SELECTED SONGS by SLAPP HAPPY』 ILLUSTRATED by PETER BLEGVAD(2017年8月17日)

『SELECTED SONGS by SLAPP HAPPY』

206. 1931年の佐藤春夫『魔女』(2017年7月25日)

1931年の佐藤春夫『魔女』

205. 1985年の『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』の予約購読者へのおまけ(2017年6月27日)

1985年の『Rē Records Quarterly Vol. 1 No. 1』の予約購読者へのおまけ

204. 1985~1986年の『Rē Records Quarterly Vol. 1』(2017年5月28日)

Rē Records Quarterly Vol. 1 No.1 back

203. 1932年の池田圭『詩集技巧』(2017年4月27日)

1932年の池田圭『詩集技巧』表紙

202. 2011年の『Emblem of My Work』展カタログ(2017年4月3日)

2011年の『Emblem of My Work』展カタログ

201. 1928年の佐佐木信綱・佐佐木雪子『竹柏漫筆』(2017年3月17日)

1928年の佐佐木信綱・佐佐木雪子『竹柏漫筆』背

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200. 千駄木の秋朱之介寓居から小日向の堀口大學の家まで(2017年3月16日)

小日向の鷺坂

199. 2009年の『黒いページ』展カタログ(2017年2月14日)

2009年の『黒いページ』展カタログ

198. 1934年の『西山文雄遺稿集』(2017年1月31日)

1934年の『西山文雄遺稿集』

197. 1967年の『笑いごとじゃない』(2017年1月14日)

1972年の『笑いごとじゃない』

196. 2017年1月1日の桜島

2017年1月1日の桜島01

195. 1978年のキャシー・アッカーの声(2016年12月31日)

2016年Peter Gordon & David van Tieghem「Winter Summer」裏ジャケット

194. 1934年のポオル・ジェラルデイ著・西尾幹子訳『お前と私』(2016年12月19日)

1934年のポオル・ジェラルデイ著・西尾幹子訳『お前と私』

193. 1974年の富岡多恵子『壺中庵異聞』(2016年12月15日)

1974年の富岡多恵子『壺中庵異聞』

192. 1995年の峯村幸造『孤拙優游』(2016年11月30日)

1995年の峯村幸造『孤拙優游』

191. 1980年の今井田勲『雑誌雑書館』(2016年10月27日)

1980年の今井田勲『雑誌雑書館』箱表紙

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190. 1971年の『海』の表紙(2016年10月24日)

1971年の『海』01

189. 1975年の堀口九萬一著・堀口大學訳『長城詩抄』(2016年10月17日)

1975年の堀口九萬一著・堀口大學訳『長城詩抄』

188. 1936年の『木香通信』6月号(2016年9月26日)

1936年の『木香通信』六月号

187. 1936年のモラエス『おヨネと小春』(2016年9月4日)

1936年のモラエス『おヨネと小春』箱と表紙

186. 1927年の『藝術市場』―避暑地ロマンス号(2016年8月19日)

1927年の『藝術市場』

185. 1968年の天沢退二郎『紙の鏡』(2016年8月5日)

1968年の天沢退二郎『紙の鏡』

184. 1970年の天沢退二郎『血と野菜 1965~1969』(2016年8月4日)

1970年の天沢退二郎『血と野菜』

183. 1946年のダーウィン夫妻『イッシイブッシイとトップノット』(2016年7月29日)

1946年のダーウィン夫妻『イッシイブッシイとトップノット』

182. 1990年のジョン・グリーヴス『ローズ・セ・ラ・ヴィ』(2016年7月21日)

1990年のジョン・グリーヴス『ローズ・セ・ラ・ヴィ』

181. 1953年の片山廣子『燈火節』(2016年5月18日)

1953年の片山廣子『燈火節』

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180. 1907年の『シャナヒー』年刊版第2巻(2016年5月17日)

1907年の『シャナヒー』年刊版第2巻

179. 1906年の『シャナヒー』年刊版第1巻(2016年5月16日)

1906年の『シャナヒー』年刊版第1巻

178. 1904年の『アイルランドの丘で狩りをする妖精女王マブ』(2016年5月10日)

1904Queen Maeve

177. 1942年の野村傳四『大隅肝屬郡方言集』(2016年4月28日)

野村傳四『大隅肝屬郡方言集』表紙

176. 1926年ダックワース版のハドソン『緑の館』(2016年4月22日)

1926GreenMansions01

175. 1948年のバーナード・ダーウィン『のんきな物思い』(2016年3月17日)

1948Every Idle Dream

174. 1989年の天沢退二郎詩集『ノマディズム』(2016年2月23日)

1989年の天沢退二郎詩集『ノマディズム』

173. 1946年と1956年の『折々のナーサリーライム』(2016年2月18日)

1946年と1956年の『折々のナーサリーライム』

172. 1935年のダーウィン夫妻『トゥトロ氏と仲間たち』(2016年1月24日)

1935年のダーウィン夫妻『トゥトロ氏と仲間たち』表紙

171. 桜島雪景色(2016年1月24日)

2016年1月24日桜島雪景色

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170. 1927年のダーウィン夫妻『トゥトロ・トゥ』(2016年1月18日)

1927年のダーウィン夫妻『トゥトロ・トゥ』表紙

169. 1966年の天沢退二郎『時間錯誤』(2016年1月17日)

1966年の天沢退二郎『時間錯誤』表紙

168. 1925年のダーウィン夫妻『トゥトロ氏のおはなし』(2016年1月12日)

1925 The Rale Of Mr Tootleoo 表紙

167. 2016年1月1日の桜島

2016年1月1日桜島

166. 1964年のミス・リード編『カントリー・バンチ』(2015年12月31日)

1964 Miss Read Country Bunch

165. 1924年のジェフリー・ケインズ『サー・トマス・ブラウン書誌』(2015年12月12日)

A BIBLIOGRAPHY OF SIR THOMAS BROWNE

164. 1975年のAllen Toussaint 『Southern Nights』(2015年11月16日)

1975 Allen Toussaint Southern Nights

163. 1968年の松下竜一『豆腐屋の四季』(2015年11月11日)

1968松下竜一『豆腐屋の四季』

162. 1963年の天沢退二郎詩集『夜中から朝まで』(2015年11月10日)

天沢退二郎詩集『夜中から朝まで』

161. 1984年の品川力『本豪落第横丁』(2015年10月1日)

1984年の品川力『本豪落第横丁』

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160. 2015年のユニティー・スペンサー『アーチストになれて運がよかった』(2015年9月30日)

Unity Spencer『Lucky to be an Artist』

159. 1961年の天沢退二郎詩集『朝の河』(2015年8月30日)

1961年天沢退二郎詩集『朝の河』表紙

158. 1972年の『天澤退二郎詩集』(2015年8月29日)

1972天澤退二郎詩集外箱

157. 初夏の七郎すもも(2015年7月24日)

七郎すもも01

156. 1979年のPeter Gabriel「Here Comes The Flood」(2015年7月23日)

1979 Peter Gabriel Here Comes the Flood

155. 1940年の松崎明治『ANGLING IN JAPAN (日本ノ釣)』(2015年6月18日)

1940 ANGLING IN JAPAN Cover

154. 2000年のクリンペライ『不思議の国のアリス』ジャケット(2015年4月25日)

2000 Klimperei Alice au Pays des Merveilles

153. 2012年のデヴィッド・アレン『サウンドバイツ 4 ザ レヴェレイション 2012』(2015年3月18日)

soundbites 4 tha reVelation 2012_cover

152. 2012年のダンカン・ヘイニング『トラッドダッズ、ダーティボッパー、そしてフリーフュージョニアーズ』(2015年3月16日)

Trad Dads, Dirty Boppers And Free Fusioneers

151. 1976年のキリル・ボンフィリオリ『Something Nasty In The Woodshed』(2015年1月29日)

1976Bonfiglioli_Something Nasty

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150. 1949年の七高文藝部『啓明』最終刊号(2015年1月18日)

1949年の七高文藝部『啓明』最終刊号

149. 1995年ごろの片岡吾庵堂さん作「翔び鶴」(2015年1月10日)

片岡吾庵堂さんの翔び鶴

148. 1937年のダグラス・コッカレル『製本』(2015年1月5日)

1937Douglas Cockerell_Bookbinding01

147. 2015年1月1日の桜島

2015年1月1日桜島01

146. 1984年のジョージ・オーウェル『1984年』ファクシミリ版(2014年12月30日)

1984Orwell_dustwrapper

145. 1974年の天澤退二郎詩集『譚海』(2014年12月29日)

1974天澤退二郎詩集『譚海』

144. 2001年の岩田宏『渡り歩き』(2014年12月26日)

2001年岩田宏『渡り歩き』

143. 1980年の岩元紀彦監修『追悼文集 伯父 岩元禎』(2014年12月1日)

岩元紀彦監修『追悼文集 伯父 岩元禎』

142. 1985年のエドワード・リア回顧展カタログ(2014年10月7日)

1985Edward Lear01

141. 1977年の辻邦生『夏の海の色』(2014年8月29日)

辻邦生『夏の海の色』

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140. 1974年のロバート・ワイアット『ロック・ボトム』(2014年7月26日)

1974Wyatt_Rock Bottom01

139. 1998年の『河原温 全体と部分 1964-1995』展カタログ(2014年7月16日)

1998河原温_表紙

138. 1913年の半仙子『日當山侏儒戯言』(2014年6月30日)

1913半仙子『日当山侏儒戯言』表紙

137. 1917年の加藤雄吉『尾花集』(2014年6月27日)

1917加藤雄吉_尾花集_表紙

136. 1929年の島津久基『羅生門の鬼』(2014年6月12日)

1929島津久基_羅生門の鬼_箱

135. 1943年の『FLEURON』誌刊行20周年記念に催された食事会のメニュー(2014年4月25日)

1943年『Fleuron』誌20周年昼食会メニュー01

134. 1995年の平田信芳『石の鹿児島』(2014年2月27日)

平田信芳_石の鹿児島

133. 1983年のリチャード・カーライン回顧展カタログ(2014年2月8日)

1983Richard Carline_catalogue

132. 1971年のリチャード・カーライン『ポストのなかの絵』第2版(2014年1月26日)

1971Carline_Post

131. 1994年のウィリー・アイゼンハート『ドナルド・エヴァンスの世界』(2014年1月7日)

1994DonaldEvans_cover

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130. 1978年の雅陶堂ギャラリー「JOSEPH CORNELL展」カタログ(2014年1月5日)

1978Cornell_雅陶堂_cover

129. 2014年1月1日の日の出(2014年1月1日)

2014年1月1日桜島の日の出01

128. 2010年の『クラシック・アルバム・カヴァー』(2013年12月11日)

2010Classic Album Cover_Royal Mail

127. 1934年の『藝術家たちによる説教集』(2013年12月1日)

1934Sermons by Artists_表紙

126. 1926年の南九州山岳會編『楠郷山誌』(2013年11月27日)

1926楠郷山誌_箱表紙

125. 1924年の第七高等学校造士館旅行部『南溟』創刊号(2013年11月26日)

1924南溟_表紙

124. 1974年の講談社文庫版『復興期の精神』(2013年11月17日)

1974年_花田清輝_復興期の精神

123. 1924年の箱入りの志賀直哉『眞鶴』と木村荘八『猫』(2013年11月9日)

1924志賀直哉_真鶴_木村荘八_猫_箱と表紙

122. 1912年ごろのスレイド美術学校のピクニック集合写真(2013年10月17日)

1912 Slade picnic

121. 1929年のアーサー・ウェイリー訳『虫愛づる姫君』(2013年10月8日)

1929Wale_The Lady Who Loved Insects_cover

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120. 2004年の『妄想フルクサス』(2013年9月30日)

2004Mousou Fluxus_cover01

119. 1937年のアーサー・ウェイリー訳『歌の本』(2013年9月22日)

1937_54_Waley Book of Songs

118. 1984年のガイ・ダヴェンポート『「りんごとなし」とその他の短編』(2013年9月12日)

1984Davenport_Apples & Pears

117. 1953年のゴードン・ボトムレイ『詩と劇』(2013年9月10日)

1953GordonBottomley

116. 1905年のゴードン・ボトムレイ『夏至の前夜』(2013年9月9日)

1905MidsummerEve_cover

115. 1985年の『さようなら、ギャングたち』(2013年7月31日)

1985So Long Gangsters

114. 1972年の島尾敏雄『東北と奄美の昔ばなし』(2013年7月14日)

1972東北と奄美の昔ばなし詩稿社

113. 1976年の『ジョセフ・コーネル・ポートフォリオ』(2013年7月4日)

1976Joseph Cornell Portfolio01

112. 1958年のエリナー・ファージョン『想い出のエドワード・トマス』(2013年6月26日)

1958Farjeon_Thomas_Oxford

111. 1887年のローレンス・オリファント『ファッショナブルな哲学』(2013年6月15日)

1887Oliphant_Fashionable Philosophy_cover

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110. 1938年の『聖者の物語』(2013年6月12日)

1938Marty_Histoire Sainte_cover

109. 1975年のハットフィールド・アンド・ザ・ノース『ザ・ロッターズ・クラブ』(2013年6月4日)

1975Hatfield and the North_The Rotters' Club

108. 1982年のアン・テイラー『ローレンス・オリファント 1829-1888』(2013年5月26日)

1982Anne Taylor_Laurence Oliphant

107. 1971年のドナルド・バーセルミ『ちょっとへんてこな消防車』(2013年5月16日)

1971Barthelme_fire engine

106. 1991年のウィリアム・ギブスン&ブルース・スターリング『ディファレンス・エンジン』(2013年5月10日)

1991THE DIFFERENCE ENGINE

105. 1992年の『五代友厚・寺島宗則・森有礼』(2013年5月8日)

1992reimeikan_mori arinori

104. 1957年の木山捷平『耳學問』(2013年4月28日)

1957Kiyama Shouhei Mimigakumon

103. 1924年のエドワード・ゴードン・クレイグ『木版画と覚書』(2013年4月23日)

1924 Gordon Craig Woodcuts cover 01

102. 1957年のエドワード・ゴードン・クレイグ『わが生涯の物語へのインデックス』(2013年4月17日)

1957Index_Gordon Craig

101. 1900年ごろのホフマン『英語版もじゃもじゃペーター』(2013年4月8日)

1900Struwwelpeter_cover

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100. 1959年の『グウェン・ラヴェラの木版画』(2013年3月26日)

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99. 1977年の『レイノルズ・ストーン木版画集』(2013年3月24日)

1977ReynoldsStone_titlepage

98. 1981年の『九百人のお祖母さん』(2013年3月23日)

1981_900grandmothers

97. 1938年の『風車小屋だより』(2013年3月19日)

1938Daudet_Moulin_cover

96. 1935年の『薩藩の文化』(2013年3月13日)

1935Satsuma_bunka_cover

95. 1981年の『土曜日の本・傑作選』(2013年3月12日)

1981SaturdayBook_wrapper

94. 1975年の『土曜日の本』(2013年3月11日)

1975SaturdayBook_wrapper

93. 1973年の『土曜日の本』(2013年3月10日)

1973SaturdayBook_wrapper

92. 1972年の『土曜日の本』(2013年3月9日)

1972SaturdayBook_box_wrapper

91. 1971年の『土曜日の本』(2013年3月8日)

1971SaturdayBook_wrapper

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90. 1970年の『土曜日の本』(2013年3月7日)

1970SaturdayBook_wrapper

89. 1969年の『土曜日の本』(2013年3月6日)

1969SaturdayBook_box_wrapper

88. 1968年の『土曜日の本』(2013年3月5日)

1968SaturdayBook_box_wrapper

87. 1967年の『土曜日の本』(2013年3月4日)

1967SaturdayBook_wrapper

86. 1966年の『土曜日の本』(2013年3月3日)

1966SaturdayBook_box_wrapper

85. 1965年の『土曜日の本』(2013年3月2日)

1965SaturdayBook_wrapper

84. 1988年のケヴィン・エアーズのライブ(2013年3月1日)

1978KevinAyers_RainbowTakeaway

83. 1964年の『土曜日の本』(2013年2月28日)

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82. 1963年の『土曜日の本』(2013年2月27日)

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81. 1962年の『土曜日の本』(2013年2月26日)

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80. 1961年の『土曜日の本』(2013年2月25日)

1961SaturdayBook_box_wrapper

79. 1960年の『土曜日の本』(2013年2月24日)

1960SaturdayBook_wrapper

78. 1959年の『土曜日の本』(2013年2月23日)

1959SaturdayBook_box_wrapper

77. 1958年の『土曜日の本』(2013年2月22日)

1958SaturdayBook_box_wrapper

76. 1957年の『土曜日の本』(2013年2月21日)

1957SaturdayBook_box_wrapper

75. 1956年の『土曜日の本』(2013年2月20日)

1956SaturdayBook_box_wrapper

74. 1955年のオリーヴ・クックとエドウィン・スミス『コレクターズ・アイテム』(2013年2月19日)

1955CollectorsItems_wrapper

73. 1955年の『土曜日の本』(2013年2月18日)

1955SaturdayBook_box_wrapper

72. 1954年の『土曜日の本』(2013年2月17日)

1954SaturdayBook_box_wrapper

71. 1953年の『土曜日の本』(2013年2月16日)

1953SaturdayBook_wrapper

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70. 1952年の『土曜日の本』(2013年2月15日)

1952SaturdayBook_wrapper

69. 1951年の『土曜日の本』(2013年2月14日)

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68. 1951年の『現代の本と作家』(2013年2月13日)

1951ModernBooksWriters_cover

67. 1950年の『土曜日の本』(2013年2月12日)

1950SaturdayBook_wrapper

66. 1949年の『土曜日の本』(2013年2月11日)

1949SaturdayBook_wrapper

65. 1948年の『土曜日の本』(2013年2月10日)

1948SaturdayBook_wrapper

64. 1947年の『土曜日の本』(2013年2月9日)

1947SaturdayBook_wrapper

63. 1946年の『土曜日の本』(2013年2月8日)

1946SaturdayBook_wrapper

62. 1945年の『土曜日の本』(2013年2月7日)

1945SaturdayBook_wrapper

61. 1944年の『土曜日の本』(2013年2月6日)

1944SaturdayBook_cover

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60. 1943年の『土曜日の本』(2013年2月5日)

1943SaturdayBook_wrapper

59. 1942年の『土曜日の本』(2013年2月4日)

1942SaturdayBook_cover

58. 1936年の『パロディ・パーティー』(2013年2月3日)

1936ParodyParty_cover

57. 1941年の『土曜日の本』(2013年2月2日)

1941SaturdayBook_rapper

56. 1953年ごろの『スティーヴンス=ネルソン社の紙見本帖』(2013年1月31日)

1953Specimens_cover

55. 1945年の岸田日出刀『建築學者 伊東忠太』(2013年1月29日)

1945Kishida_Ito Chuta

54. 1912年のチャールズ・T・ジャコビの『本と印刷についての覚書』(2013年1月27日)

1912CTJacobi_Books and Printing

53. 1903年の岡倉覚三『東洋の理想』(2013年1月26日)

1903Okakura_The Ideals Of The East

52. 1895年のウィリアム・モリス『世界のかなたの森』(2013年1月25日)

1895Morris_WoodBeyondTheWorld_title

51. 1969年ごろの『モノタイプ社印刷活字見本帖』(2013年1月23日)

1969MonotypeSpecimen

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50. 1958年の小沼丹『黒いハンカチ』(2013年1月22日)

1958OnumaTan_BlackHandkerchief

49. 1902年のゴードン・ボトムレイ『夜さけぶもの 一幕劇』(2013年1月21日)

1902Bottomley_Crier_cover

48. 1955年の『詩人と画家 ゴードン・ボトムレイとポール・ナッシュの往復書簡』(2013年1月20日)

1955Bottomley_Nash_Correspondence

47. 1945年のトム・ジェントルマン『ブラエ農場』(2013年1月19日)

1945BraeFarm_cover01

46. 1957年の岩波書店版『漱石全集 書簡集一~五』(2013年1月18日)

1957Souseki_letters

45. 1980年のノエル・キャリントン『キャリントン 絵・素描・装飾』(2013年1月17日)

1980Noel Carrington

44. 1970年の『キャリントン 手紙と日記抜粋』(2013年1月16日)

1970Carrington

43. 1892年のマードック,バートン,小川『アヤメさん』(2013年1月15日)

1892Ayame-san01

42. 1910年のポンティング『この世の楽園・日本』(2013年1月14日)

1910Ponting_ LOTUS-LAND JAPAN

41. 1987年のデヴィッド・マッキッタリック『カーウェン・パターン紙の新見本帖』(2013年1月13日)

1987_A New Specimen Book of Curwen Pattern Papers

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40. 1969年の『岩下壮一 一巻選集』(2013年1月12日)

1969IwashitaSoichi

39. 1860年のモクソン版『アルフレッド・テニスン詩集』(2013年1月11日)

1860Moxon_Tennyson

38. 1980年のヤング・マーブル・ジャイアンツ『言葉と絵』(2013年1月10日)

1980YMG

37. 1927年の『七高さん』(2013年1月9日)

1927_7kousan

36. 1936年のグウェン・ラヴェラ『逃亡』(2013年1月8日)

1936Runaway_Raverat

35. 1899年のメアリ・フェノロサ『巣立ち』(2013年1月7日)

1899OutOfTheNest

34. 1906年のメアリ・フェノロサ『龍の画家』(2013年1月6日)

1906DragonPainter

33. 1961年のジュニア鹿児島編『ニコニコ郷土史』(2013年1月5日)

1961niconico_history

32. 1940年のジョン・ファーリー『刻まれたイメージ』(2013年1月4日)

1940JohnFarleigh

31. 1939年と1946年の『トワエモワ』(2013年1月3日)

1939ToiEtMoi

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30. 1963年の『シルヴィア・ビーチ 1887-1962』(2013年1月2日)

1963SylviaBeach

29. 謹賀新年(2013年1月1日)

2013HappyNewYear

28. 1984年のカトラー文・ベンジ絵『ニワトリになったハーバートくん』(2012年12月31日)

1984Cutler_Benge

27. 1970年のアーサー・ウェイリー『Madly Singing in the Mountains』(2012年12月30日)

1970ArthurWaley

26. 1925年のウェイリー訳『源氏物語』(2012年12月29日)

1925Genji_Waley

25. 1931年のウィリアム・ローゼンスタイン『人と思い出』(2012年12月28日)

1931WillRothenstein

24. 1949年の梅花艸堂主人『夢』(2012年12月27日)

1949Baikasodo_yume

23. 1947年の加藤一雄『無名の南畫家』(2012年12月26日)

kato_mumeinonangaka1947

22. 1963年の岩本堅一『素白随筆』(2012年12月25日)

sohakuzuihitsu1963

21. 1978年のブライアン・イーノ&ピーター・シュミット『オブリーク・ストラテジーズ』(2012年11月2日)

Oblique Strategies1978

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20. 1982年のロバート・ワイアット『シップビルディング』(2012年10月30日)

Wyatt_Shipbuilding1982

19. 2000年のピーター・ブレグヴァド『リヴァイアサンの書』(2012年10月29日)

Blegvad_leviathan2000

18. 1910年のジェームズ・マードック『日本史・第一巻』(2012年10月27日)

Murdoch_Japan1910

17. 1903年のジェームズ・マードック『日本史』(2012年10月26日)

Murdoch_Japan1903

16. 1861年のエドモンド・エヴァンス『THE ART ALBUM』(2012年10月24日)

Evans1861_Art Album

15. 1898年のカーライル『衣装哲学』(2012年10月23日)

Sartor Resartus

14. 1861年のジョン・ジャクソン『木版論』(2012年10月22日)

Jackson_Chatto_Wood Engraving

13. 1937年のフランシス・ブレット・ヤング『ある村の肖像』(2012年10月21日)

Young_Hassall_Portrait of a Village

12. 1974年の坂上弘『枇杷の季節』(2012年10月20日)

坂上弘_枇杷の季節

11. 1952年のグウェン・ラヴェラ『Period Piece』(2012年10月19日)

Raverat_Period Piece

10. 1919年の『ルパート・ブルック詩集』(2012年10月16日)

Rupert Brooke Raverat

09. 1942年の松崎明治『釣技百科』(2012年10月14日)

matuzaki_tyougyo1942

08. 1966年のキース・ロバーツ『パヴァーヌ』(2012年10月11日)

impulse1966

07. 1983年の島尾ミホ『海嘯』(2012年10月11日)

simaohiho_kaishou

06. 1933年の内田百間『百鬼園随筆』 (2012年10月11日)

hyakkienzuihitu

05. 1964年のケヴィン・エアーズ最初の詩集(2012年10月10日)

1964Ayers_Bookle

04. 1936年の「国際シュルレアリスト広報」第4号(2012年10月9日)

1936SurrearistBulletin

03. 1921年のクロード・ローヴァット・フレイザー(2012年10月8日)

The Luck of the Bean-Rows

02. 1899年と1904年の『黄金時代』(2012年9月26日)

1904年の『黄金時代』表紙

01. 1945年の『青い鳥』(2012年9月22日)

青い鳥01