●my favorite things 446-450
my favorite things 446(2025年11月10日)から450(2026年2月8日)までの分です。 【最新ページへ戻る】
♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦
446. 1931年の秋朱之介宛て日夏耿之介のはがき(2025年11月10日)
447. 1979年の『IMPETUS』第9号(2025年12月2日)
448. 2026年の桜島(2026年1月1日)
449. 1934年の裳鳥会の読者カード(2026年1月25日)
450. 2026年の鹿児島雪景色(2026年2月8日)
♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦
450. 2026年の鹿児島雪景色(2026年2月8日)

雪の桜島。

雪の多賀山。日豊本線。

梅に雪。

紅梅に雪。

河津桜に雪。


高麗橋の午前と午後。
〉〉〉今日の音楽〈〈〈

今月もアンソニー・ムーア(Anthony Moore)の新譜を入手。
今回は、デヴィッド・ラーチャー(David Larcher、1942~2023)の実験映画『MARE'S TAIL』(1968-1969年)に続く第2作『MONKEY'S BIRTHDAY』(1975年公開)のサントラ盤(2025年、Paradigm Discs)。
前作に続いてアンソニー・ムーアが「音楽」を担当。
音の楽しみという意味では「音楽」ですが、いわゆる楽曲ではなく、「音の風景」―サウンドスケープが移動していく46分。
1975年以来50年目にして、初のレコード盤としてのリリースです。
First Editionは500枚で、ナンバリングされています。
残念ながら『MARE'S TAIL』も『MONKEY'S BIRTHDAY』も未見です。
『MONKEY'S BIRTHDAY』は6時間を超える作品で、デヴィッド・ラーチャーとその仲間の旅の映画だそうです。
1973年3月から1974年1月にかけて、ロンドンからミュンヘン、ウィーン、ハンガリー、ルーマニアのピアトラ・ネアムツを経てブカレスト、ギリシャのテッサロニキ、アレクサンドルーポリの海岸、トルコのイスタンブール、そして奥地のコンヤ、カッパドキアへと続く、最小編成の撮影グループでの車の旅。
もともとはイラン・アフガニスタンまで行く予定だったのが入国できずトルコで旅は終わっています。
アンソニー・ムーアもその旅に同行して、旅しながら「音楽」を作っていきます。
トラックの荷台に積まれたノイズの多い小型ホンダ発電機を電源にして、長いリード線で接続されたウーヘルのステレオテープレコーダーと2台のリーボックスのテープデッキで現地録音しながら、ループ、スプライシング、スピードシフト、オーバーダビングなどのテープ操作によって生み出された音が、映画のサウンドトラックになっています。


旅には、スラップ・ハッピーのダグマー・クラウゼとピーター・ブラグヴァドも同行していたようです。
レコードのラベルには、ブレグヴァドによる旅のスケッチが使われています。
ダグマー・クラウゼの聴き覚えのある声も使われていました。
アンソニー・ムーアの素晴らしいアルバム『FLYING DOESN'T HELP』(1979年、QUANGO)のSIDE 1の5曲目に収録されている「Caught Being In Love」という曲に不思議な女性の声が繰り返し使われているのですが、それが、もともと『MONKEY'S BIRTHDAY』で使われていたものだと初めて知ることができました。
「Caught Being In Love」は、ブライアン・イーノの「I'll Come Running」(1975年)と混じり合いそうなくらいキャッチーな曲でもありますが、「I don't care about the kids on the street」とか「I'm not proud to be a member of this race」とか、気分はとげとげしくポスト・パンク、1979年です。

1974年のカッパドキアは秘境だったのでしょうが、わたしが訪れた頃はすっかり観光地でした。
『MONKEY'S BIRTHDAY』のアルバム・ジャケットに使われたスーフィーの旋回舞踏もかつては秘儀だったのでしょうが、お土産屋さんの店頭にかわいらしく並んでいました。
♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦
449. 1934年の裳鳥会の読者カード(2026年1月25日)

秋朱之介(西谷操、1903~1997)は、1934年9月1日発行『書物』9月号を最後に三笠書房を離れたあと、自身の裳鳥会で出版活動を続けます。
今まで裳鳥会で刊行した本の現物を1冊も持っていなかったのですが、三笠書房で秋朱之介が編集していた『書物』誌の続きのような雑誌『書物倶楽部』の創刊號(1934年10月5日發行、裳鳥会)と第二號(1934年11月25日發行、裳鳥会)を入手することができました。
『書物倶楽部』については、『書物関係雑誌叢書』第20巻(1993年、ゆまに書房)収録の「書物倶楽部」復刻版を使った「第256回 1934年の秋朱之介の裳鳥会刊『棟方志功画集』広告(2019年2月7日)」などでも書いていますが、改めて書くつもりです。
複製より実物がいいです。
今回取り上げるのは、その『書物倶楽部』創刊號にはさまれていた裳鳥会の読者カードです。
宛先の裳鳥会の書は、秋朱之介によるものと思われます。
この読者カードで、裳鳥会の正確な住所「東京市淀橋區角筈一ノ一 エルテルアパート第十三號室」を知ることができました。

エルテルアパートが新宿のどのあたりにあったかを調べてみると、Wikipediaに掲載された、社会学者、 湯沢雍彦(ゆざわ やすひこ、1930年8月25日~2023年9月8日)の項に、次の記述がありました。
「昭和5年、東京都豊多摩郡淀橋町角筈1丁目1番地(現在の新宿駅東口中村屋本店と高野果物店のすぐ裏、武蔵野館の目の前)にて生まれる。
実家は新宿の炭問屋一号店を営み、昭和に入ってからは、同地に貸店舗、貸アパート、自営の喫茶店『喫茶エルテル』を開ける。
母のいとこは、新宿炭問屋紀伊國屋(現在紀伊國屋書店)を創業した田辺茂一。」
新宿駅東口の武蔵野館の目の前に住んでいたわけです。
ちなみに、『書物倶楽部』創刊號の發賣所は紀伊國屋書店です。
理由は分かりませんが、第二號から紀伊国屋書店の名は消えています。
◆

田辺茂一『わが町・新宿』(1981年11月25日初版発行、旺文社文庫、元版は1976年サンケイ出版)
秋朱之介の裳鳥会の住所「東京市淀橋區角筈一ノ一 エルテルアパート第十三號室」関連で、そういえば、田辺茂一の『わが町・新宿』の旺文社文庫版を持っていたなと思い出し、小一時間探して、やっと掘り出しました。
喫茶エルテルについての言及もありました。
現在の三越支店の場所にあった、武蔵野館が、裏通りの角に移ったのは、昭和三年十二月だ。
(略)
歌舞伎町の繁華街が生まれないころの戦前の新宿は、現在の三越裏のカフェー街の一部とムーラン、武蔵野館の面した通りの界隈が、華やかさの中心地で会った。
当時はムーラン前に東京会館もあった。
新宿にはめずらしく、瀟洒で、上品な店で、私は、時折、金田一博士や今和次郎氏達とご一緒に、食事をしたりした。
ムーラン並びには、中国料理「大山」、日本座敷の大広間もあった料亭「宝亭」喫茶の「フランス屋敷」、すこし離れて同じく喫茶の「エルテル」などがあった。小さい店ではあったが、エルテルには、文学的な雰囲気もあり、石川達三さんの、第一回芥川賞受賞「蒼氓」の祝いの集いも、ここであり、海音寺潮五郎氏も駈けつけたりした。 (「武蔵野館界隈」から)
海音寺潮五郎と秋朱之介は、神田の正則英語学校に通っていたころ、神田の同じ下宿住まいだったので、何かと縁があります。
湯沢ビルというのがある。テナントとして、一、二階に、国際的デザイナー森英恵さんの店がある。彼女の発祥の地である。
このビルのオーナーである湯沢さんの先代も、元を洗えば薪炭問屋であって、私の家とは遠い姻戚関係になる。先代湯沢新二さんは、数年前に亡くなったが、野村専太郎さんとは、小学以来の同級生で、一緒に在郷軍人会の世話役で、戦時中は銃後の一切をとりしきっていたが、一方片手に、喫茶店「エルテル」などを経営していた。機関誌「ひろば」を出している国民懇話会理事長の湯沢光行君の令兄であった。光行君は、しばらくライオンズクラブの会長などもしていたが、両人とも、草深い新宿からの育ちだから、湯沢兄弟というのは、私にも兄弟のようなものであった。
紀伊国屋の田辺茂一も湯沢兄弟も新宿駅前の薪炭問屋の2代目。
薪炭というと紀州備長炭がまず思い浮かびますけど、紀州の人が薪炭を扱い慣れていたのでしょうか。
社会学者の湯沢雍彦は、「湯沢兄弟」の次の世代になるのでしょうか。
◆
恩地孝四郎編集『書窓』(アオイ書房)に寄稿した文章のなかで、秋朱之介はエルテルアパートについて、少し触れてています。
「夏蕎麥の花さくあたり 別れた人よ 大野川の村への道はながかつた――とわが良き詩人田中冬二さんはその第三詩集「山鴫」の中でうたつてゐる。
葉月八日立秋、十日西鶴忌、十四日の滿月も雨に曇つて、十九日愛宕山燈籠焚き、あーもう空には秋風が流れてゐる。
アパートの窓でしきりにベコニアの花が散る。新刊の頁でも切りたい、塵のつもつた机の前に座つて、インクの匂ひなつかしいまゝにペンをとつて座右の書物の讀後感を書きとめてをく。 」(『書窓』6 第1巻第6號 1935年9月10日發行 秋朱之介「詩集・山鴫・感」)
三笠書房から離れた秋朱之介にとって、新宿のエルテルアパートに構えた裳鳥会は、新しい始まりのはずでしたが、文章には憂鬱な気配がつきまとっています。
「ひいやりとする秋の肌寒は私の心を悲しくする。今日私は新宿のアパートの屋上に立つて澄みきつた武藏野の果を眺めてゐた。さうして私は思つてゐた。私は幾年小鳥をきかないだらう。私は幾年小川を見ないだらう――」(『書窓』7 第2巻第1號 1935年10月10日發行 秋朱之介「季節と詩心」)
エルテルアパートが何階建だったか分かりませんが、まだそのころは、エルテルアパートの屋上から、武蔵野が見渡せたのでしょう。
秋朱之介の新宿時代は短く、翌年には「京橋区銀座二ノ四」に移ります。
新宿で続けられなかった理由があったのかもしれません。
『書物倶楽部』も2号だけで終わり、裳鳥会として刊行予告を出していた、
城左門『詩集二なき生命』(昭和10年7月、版画荘から刊行。装釘は恩知孝四郎)
棟方志功画集
棟方志功版画集
アルチュウルランボオ全集全四巻
シヤルル・ボオドレエル 村上菊一郎訳『惡の華』 (昭和12年6月、版画荘から刊行。装釘は恩知孝四郎)
美術と文学と工芸の新雑誌『どくだみ』
といった書物は、裳鳥会から刊行されることはありませんでした。
〉〉〉今日の音楽〈〈〈
アンソニー・ムーア(Anthony Moore)のレコード・リリースが続きます。
びっくりです。
自身のHalf Cat Recordsから、2枚のアナログ盤が出ました。

レコード番号HC005は、アンソニー・ムーアのグループOBTRAM3の、HastingsとLondonでのライブ盤。
OBTRAM3は、
Anthony Moore ギター、ノイズ、フィールドレコーディング
Tullis Rennie トロンボーン、エレクトロニクス
Olie Brice ダブルベース
の3人。
ゲストに
John Butcher サキソフォン
Matthias Muche トロンボーン
即興演奏で、Hastingsは2024年7月3日、Londonは2024年7月4日の録音。


◆

レコード番号HC006は、OBTRAM3のスタジオ録音盤。
アンソニー・ムーアの楽器がHC005とは少し違います。
Anthony Moore ヴォイス、ピアノ、ギター、ユーロラックシンセ
Tullis Rennie トロンボーン、エレクトロニクス
Olie Brice ダブルベース


HC006 OBTRAM3「OBTRAM3」(2025年)も、基本即興ですが、
6曲中2曲、朗読ものがあって、「Pulmonary Breath Sounds」では、医学生に、肺胞呼吸音・胸膜摩擦音・気管支肺胞呼吸音・死後喘鳴・エゴフォニー(山羊音)など肺のいろいろな呼吸音の聴取法を教えるテキストをそのまま読み上げています。
場違いなユーモアというかオノマトペ的な面白さがあるテキストの朗読になっています。
「The Benevolent Lieutenant」は、アンソニー・ムーアが見た夢でしょうか、戦場をかけめぐる騎兵が木の描写をする画家たちを観察しています。
ポール・ナッシュ(Paul Nash、1889~1946)の絵のなかに入りこんだような世界です。
◆
Half Cat Recordsのディスコグラフィーは、
HC001 Slapp Happy「EVERYBODY'S SLIMMIN'」(1982年)
HC002 Anthony Moore & Peter Blegvad「HUMAN GEOGRAPHY US I - VII」(2022年)
HC003 AKA「ELECTROMICS」(2024年)
HC004 Anthony Moore & The Missing Present Band「LIVE IN COLOGNE」(2024年)
HC005 OBTRAM3+2「Hasting London」(2025年)
HC006 OBTRAM3「OBTRAM3」(2025年)
HC003の入手法がいまだに分かりません。
「a dream-drenched soundscape of instrumental, electronic music lasting just short of 40 minutes」だそうです。
8分の抜粋は、Half Cat Musicのサイトで聴くことはできるのですが。
♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦
448. 2026年の桜島(2026年1月1日)

2026年元旦。
夏目漱石の先生だったジェームズ・マードック旧邸前から、2026年の初日の出を迎えました。



眼下の磯海水浴場の砂浜には大勢の人が集まっています。




♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦
447. 1979年の『IMPETUS』第9号(2025年12月1日)

1979年刊行の、イギリスの音楽誌『IMPETUS』第9号です。
表紙の写真が、いちばん好きな歌い手、ダグマー・クラウゼ(Dagmar Klause)ということだけで、もう十分うれしい1冊です。
写真は、Alain Disterによるもの。
ヘンリー・カウ(Henry Cow)を中心に集まった「ROCK IN OPPOSITION」(通称RIO、「反対派ロック」と訳されていました)に集まったグループ、 Henry Cow(イギリス)、Stormy Six(イタリア)、Salma Mammas Manna(スウェーデン)、Etron Fou Leloublan(フランス)、Univers Zero(ベルギー)が特集されています。
雑誌は30年経つと化けはじめると言います。
時を経ることで化けた雑誌を手に取ることができるのは、ほんとうに愉快なできことですが、1979年に手に取っていたら聴く耳も変わっていたかなと思わせる雑誌でした。

『IMPETUS』第9号の裏表紙
当時、Henry CowやArt Bearsのドラマーとして活動していたクリス・カトラーが、組合方式で立ち上げたレコードレーベル、RECOMMENDED RECORDSの広告。
ドイツのグループFAUSTのアルバム『FAUST』(1971年)『FAUST SO FAR』(1972年)の再発と『IMPETUS』誌の定期購読を組み合わせています。
RECOMMENDED RECORDSが、自分の雑誌『Rē Records Quarterly』をはじめるのは1985年からです。

『IMPETUS』第9号の目次
Rock In Opposition Introduction (Kenneth Ansell)
Nick Hobbs: Isntigator (Kenneth Ansell)
Henry Cow (Kenneth Ansell)
Stormy Six (Kenneth Ansell)
peter cutler discusses music and culture in italy with umberto fiori (Peter Cutler)
Samla Mammas Manna (Kenneth Ansell)
Etron Fou Leloublan (Kenneth Ansell)
Univers Zero (Kenneth Ansell)
RIO Brought Up To date (Chris Cutler)
Trackingon (Dave Preston, Paul Marker, Christopher Little and Kenneth Ansell)
45s & 7”s
Further Reading
24ページの「ROCK IN OPPOSITION」特集。
記事のほとんどは、編集長のKenneth Ansellが手がけています。
Stormy SixのUmberto FioriへのインタビューはPeter Cutler、特集をしめくくるテキストは、Chris Cutlerが書いています。
振り返れば、『IMPETUS』誌に掲載された記事やインタビューは、初期の『Fool's Mate』誌によく翻訳されていました。
ところで、VirginレーベルのXTCやヒューマン・リーグのアルバム・ジャケットをデザインしたKen Ansellという人がいます。
もしかして『IMPETUS』のKenneth Ansellと同一人物か?と謎でした。
しかし、Kenneth Ansellがはじめたレコード・レーベル「IMPETUS」のアマチュアな経営、ミュージシャンへの支払いに関する評判の悪さを知ると、同一人物のように思えません。
discogsサイトでも、Ken Ansellが手がけたレコードのなかに、「IMPETUS」レーベルのものも含まれていますが、まだ情報が整理されていないようです。
◆

「TRACKINGON」はレコード評のページで、アルバムジャケットの写真などなく文字主体で、15ページにわたって、次のようなアルバムが取り上げられています。
各記事は無記名ですが、Dave Preston、Paul Marker、Christopher Little、Kenneth Ansellの4人でレビューしています。
MICHAEL BASS『PARCHESI PIE』(RRR)
DAVID BOWIE『STAGE』(RCA Records)
DAVID BOWIE『LODGER』(RCA)
LITTLE FEAT『WAITING FOR COLUMBUS』(Warner Brs)
FRANK ZAPPA『ZAPPA IN NEW YORK』(Discreet)
FRANK ZAPPA『SLEEP DIRT』(Discreet)
FRANK ZAPPA『ORCHESTRAL FAVOURITES』(Discreet)
FRANK ZAPPA『SHEIK YERBOUTI』(CBS)
UK『UK』(Polydor)
UK『DANGER MONEY』(Polydor)
BRUFORD『ONE OF A KIND』(Polydor)
NATIONAL HEALTH『OF QUEUES AND CURES』(Charly)
GILGAMESH『ANOTHER FINE TUNE YOU’VE GOT ME INTO』(Charly)
TELEVISION『ADVENTURE』(Elektra)
MAGAZINE『REAL LIFE』(Virgin)
MAGAZINE『SECONDHAND DAYLIGHT』(Virgin)
CAN『OUT OF REACH』(Lightning)
LA DÜSSELDORF『LA DÜSSELDORF』(Radar Records)
CLUSTER AND ENO『CLUSTER AND ENO』(Sky Records)
BRIAN ENO『MUSIC FOR FILMS』(Polydor)
DEVO『Q:ARE WE NOT MEN A:WE ARE DEVO』(Virgin)
ELVIS COSTELLO & THE ATTRACTIONS『THIS YEAR’S MODEL』(Radar Records)
ELVIS COSTELLO & THE ATTRACTIONS『ARMED FORCES』(Radar)
BRUCE SPRINGSTEEN『DARKNESS ON THE EDGE OF TOWN』(CBS)
BOB DYLAN『STREET LEGAL』(CBS)
THE JERRY GARCIA BAND『CATS UNDER THE STARS』(Arista)
BOB WEIR『HEAVEN HELP THE FOOL』(Arista)
DAVID GILMOUR『DAVID GILMOUR』(Harvest)
RICHARD WRIGHT『WET DREAMS』(Harvest)
KEVIN AYERS『RAINBOW TAKEAWAY』(Harvest)
SOFT MACHINE『ALIVE AND WELL』(Harvest)
TURNING POINT『SILENT PROMISE』(Gull)
PAZ『KANDEEN LOVE SONG』(Spotlite Records)
COINCIDENCE『COINCIDENCE』(Disques Tromblas)
MICHAEL ROTHER『FLAMMENDE HERZEN』(Sky Records)
MICHAEL ROTHER『STERNTALER』(Sky)
THE KLAUS LENZ BAND『WIEGENLIED』(Vinyl)
GOBLIN『SUSPIRIA』(EMI)
ILLUSION『ILLUSION』(Island Records)
ALVARO『DRINKIN’ MY OWN SPERM』(Squeaky Shoes Records)
EGBERTO GISMONTI『SOL DO MEIO DIA』(ECM)
JAN GARBAREK『PLACES』(ECM)
RALPH TOWNER『BATIK』(ECM)
KEN HYDER’S TALISKER『THE LAST BATTLE』(Vinyl Records)
THE CHIEFTAINS『CHIEFTAINS:7』(CBS)
THE CHIEFTAINS『CHIEFTAINS:8』(CBS)
BLUE NOTES『IN CONCERT VOL 1』(Ogun Records)
DUDU PUKWANA『DIAMOND EXPRESS』(Freedom Records)
ANDREW CYRILLE & MĀŌNŌ『CELEBRATION』(IPS)
ANDREW CYRILLE & MĀŌNŌ『JUNCTION』(IPS)
MILFORD GRAVES & BÄBI MUSIC『BÄBI』(IPS)
JOHN STEVENS『TOUCHING ON』(Vinyl Records)
SPONTANEOUS MUSIC ENSEMBLE『BIOSYSTEM』(Incus)
JOHN STEVENS/TREVOR WATTS/BARRY GUY『NO FEAR』(Spotlite Records)
この時期の音楽にどっぷりひたっていたので、わくわくするレコードが次から次に並んでいます。
女性の気配がうすいのも特徴かもしれません。
『IMPETUS』のバックナンバーを読めば、時間が溶けていきそうです。
古書価がそこそこ高いので、なかなか手が出せず、手もとにあるのはこの1冊のみ。
幸いというべきか。
◆






〉〉〉今日の音楽〈〈〈
![]()
アンソニー・ムーア(Anthony Moore)の歌ものの新譜が出ていました。
青天の霹靂というか、驚きました。
Anthony Moore with AKA & Friends『On Beacon Hill』というアルバムです。
AKAは、
Anthony Moore - Vocals, Guitar, Piano
Keith Rodway - Keyboards
Amanda Thompson - Vocals, Keyboards
の3人の頭文字をとったもの。男2人女1人のスラップ・ハッピー形態です。
Amanda Thompsonの歌い方は、ダグマー・クラウゼに通じるものがあります。
Friendsは、
Olie Brice - Double Bass
Tullis Rennie - Trombone
Richard Moore - Violin
Haydn Ackerly - Guitar on "It's Fear"
レーベルは、Drag City。レーベルに支持者がいるのでしょうか。
![]()
![]()
収録曲は8曲。
01 Caught(「Caught Being In Love」『Flying Doesn't Help』から)
02 It's Fear
03 The Argument (『World Service』から)
04 A Man of Custom(Rick Wrightに提供した「Woman Of Custom」)
05 No Parlez (『The Only Choice』から)
06 The Blistered Salver
07 World service (『World Service』から)
08 A Different Lie (『Home Of Demo』から)
若い頃の自作曲を、70歳代(1948年生)の今の声で歌っています。
このアルバムを聴きながら眠りについています。
内袋に歌詞が掲載されているのもありがたいです。
クレジットに「Recorded live in spring 2024 at The Beacon, Hastings, UK.」とあります。
♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦
446. 1931年の秋朱之介宛て日夏耿之介のはがき(2025年11月10日)

昭和6年(1931)10月、日夏耿之介(1890~1971)から秌朱之介(西谷操、1903~1997)宛てに送られたはがきです。
このころは「秋」ではなく、「秌」の字を使っていました。
横溝正史(1902~1981)が『悪魔が来りて笛を吹く』(1954)で主要人物「椿秌子」に使った字です。
少し前、日本の古本屋サイトをのぞいたら、日夏耿之介と田中冬二の秋朱之介(西谷操)宛てはがきが出ていました。
うーん、と考えました。昭和6年のはがきということが気になります。
すぐには手を出しませんでしたが、しばらくたっても売れている様子がありません。
余裕があるわけではないけれど、好奇心には勝てず、仕方ないなあと自分に言い訳しながら、入手。
これらのはがきは、秋朱之介が晩年、手持ちの書籍や資料を横浜の古書店に出したときのものが、また古書店に出てきたのではないかと思われます。
佐藤春夫研究家の牛山百合子さんが、佐藤春夫の秋朱之介宛て書簡を見出したのも横浜の古書店からだったのではないでしょうか。
このとき古書店に出された書簡類がまとまって残されていればと思わずにはいられません。
はがきの表は次のように読めます。はがき1銭5厘の時代です。
[昭和6年(1931)10月26日消印]
横濱市本牧宮原八九九
秌朱之介殿
杉並町馬橋三六〇
日夏耿ノ介
二十六
「横濱市本牧宮原八九九」は、秋朱之介が五十澤二郎のやぽんな書房(横濱市東神奈川立町1717)に居候していたあと、移り住んだ場所です。
「横濱市本牧宮原八九九」のあったあたりは、第二次大戦中空襲があり戦後はアメリカ軍に接収された地域なので、その場所の正確な位置は不明です。

御手紙拜見、僕は先月初脳充血で
仆れまだ臥たり起たり、從つて佐藤
には逢はぬ故何も聞いてゐません、
魔女も拜見したし、詩集の原稿も
出来てをり、叢書も約二十種ほど陣
立ての準備が出来た故水曜日(二十八日)
夜その方の者數名參る故御相談し
ますから是非御光來下さい。以上
文面は、このように読めます。読み違いと思われる個所があれば、ご指摘ご教授ください。
秋朱之介は自身の以士帖印社から、佐藤春夫(1892~1964)の『魔女』(川上澄生装画)を、昭和6年(1931)10月5日に発行したばかり。
日夏耿之介と詩集や叢書などを企画していたみたいですが、それは実現されませんでした。
昭和6年10月28日水曜日の集まりでどんなことか語られたのか、想像だけがふくらみます。
◆
秋朱之介は、昭和8年(1933年)、書林オートンヌ(「オートンヌ」はフランス語で秋)から、日夏耿之介訳のエドガー・アラン・ポー『大鴉』の刊行を準備しますが、未刊に終わりました。
秋朱之介が編集していた『書物』葭月號(1933年11月1日發售、三笠書房)に、その版のために用意された日夏耿之介のテキストが掲載されています。

その後、日夏耿之介訳『大鴉』は、野田書房から昭和10年(1935)3月に刊行されます。
◆

田中冬二(1894~1980)の西谷操宛てはがき
[昭和9年(1934)5月13日消印]
東京市淀バシ
区戸塚町
一ノ四四九
三笠書房
西谷操様
範賴の墓 雨し
めやかに
花菖蒲
修善寺にて
五、一二、雨
田中冬二

「〔伊豆修善寺名勝〕源範賴公之墓」(NISSHINSHA TOKYO)絵はがき
田中冬二と西谷操の2人は、堀口大學(1892~1981)と日夏耿之介がかかわった文芸誌『パンテオン(Panthéon)』〔第一書房、昭和3年(1928)~昭和4年(1929)〕、『オルフェオン』〔第一書房、昭和4年(1929)~昭和5年(1930)〕に寄稿していたので、少なくともそのころからの知人と思われます。
修善寺からの絵はがきは、三笠書房の西谷操(秋朱之介)に送られています。
西谷操(秋朱之介)は、三笠書房では田中冬二の本を出していませんが、三笠書房で編集していた『書物』誌には書いてもらっています。
『書物』花月號(1934年2月1日發售)に、田中冬二「メーゾン鴻の巣の灯」が掲載されています。「暗い堀割に映るメーゾン鴻の巣の灯を、私達その頃の文學少年はどんなに憧れたらう」というエッセイです。
また、『書物』蒲月號(1934年5月1日發售)にも、「水郷」と題して3句寄稿しています。
昭和11年(1936)7月、昭森社から刊行された田中冬二の詩集『花冷え』の制作には、間違いなく西谷操(秋朱之介)が関わっています。
国会図書館蔵の『花冷え』書癡版冒頭には、田中冬二の手で「花柚子や雨となりたる修善寺」の句が書かれていて、西谷操宛ての絵はがきとのつながりを感じます。
〉〉〉今日の音楽〈〈〈
フレネシが活動を再開したようです。
2009年から2013年にリリースされたアルバムを並べてみます。


ささやく歌声、ウィスパリング・ヴォイスというのは、マイクを使った録音ならではのもので、20世紀が残してくれた遺産と思います。
